第17話 事実と運命と俺と
ここまできといて何だけど、これから見る実写化映画B級のにおいしかしねぇ。
ポスターがもう、既にアウトな気がする。
「絶対原作信者は阿鼻叫喚だな。」
仮に俺がこの作品を知っていて仮に好きだったとしたら、多分絶対否定的な意見を持ってるし、もしかしたら見ることすらしないかもしれない。
「しっかし、本当にデートとは……。」
ポップコーン販売の列に並ぶ宮島さん。ちらちらとこちらに視線を送ってくる。
決して俺にその気はないけど、まぁ、微笑ましいことに違いはない。俺にその気はないけどな。
大事なことだから二回言わせてもらう。
「あれー、カズくんじゃん。」
社会人になる前によく聞いていた声が耳をよぎる。この声は……
「…松永さん?」
中途半端に脱色された派手な髪色に、少しの嫌悪感を覚える。
彼女は松永 小鳥、所謂俺の元カノの女友達だ。
「久しぶりじゃん。何してんのこんなところで。」
松永さんは友達と一緒に映画見に来た口か。しかしそれにても最悪だ、最悪のタイミングだ。よりにもよって今は宮島さんと一緒にいるのに。
「暇だから映画でも見ようかなって思って……。」
なんでこのタイミングのこの場所で、しかも松永さんに会うんだよ。宮島さんの事がばれたら、絶対あることないこと元カノに言われるに決まってる。
「一人で寂しく?マジ笑えるんだけど。ボッチじゃん。」
笑われるのは不本意だが、宮島さんの事が知られるよりはずっといいか。
まぁ別に何て言われようが今更関係ないから、別に隠す必要もないんだけど。
「つーか、千咲と別れたから言えるけど、カズくんの私服って絶妙にダサいよね。何て言うかさ、似合ってない。」
私服がダサいのはこの際別にどうでもいい。
けどそれをわざわざ絡んできてまでそれを言う必要はあるのか?
「そ、そうかな。」
本当ならとっくのとうに怒ってる。
けど元カノという存在が、俺には大きすぎて何も言えない。これだから出歩くのは嫌だったんだ………。
「千咲もそれが嫌だったんじゃないの~?」
「あ、それあるかもね。あはははは………。」
耳障りな声で笑う松永さんと松永さんの友達。
なんでここまで馬鹿にされないといけないんだ?俺が松永さん達に何かしたか?
いや、何もしてないはずだ。元カノと付き合ってた時から、基本的に関わらないようにしてたし。
それとも馬鹿にしないと気が済まない生き物なのか?最近の女の子は。
分からんねぇ、本当分かんねぇよ!
――――――一君、ポップコーン塩味でよかった?」
うつむき加減な一雪を拾い上げるようにして、声をかける宮島さん。
一瞬誰なのか理解できず、顔を見てようやく宮島さんだと理解する。
「は、誰?おばさん、カズくんと知り合いなんですか?」
「知り合いと言えば知り合いだし、知り合いじゃないと言えば知り合いじゃないかな。だって私達デート中だし。ね、一君。」
嘘ではない、が………別にもう隠さなくてもいいか。
「はぁ?カズくんって、もしかしておばさん趣味?」
どうしてこいつらはあって間もない年上の女性をおばさんなんて言えるんだろう。俺にはその神経が不思議で仕方がない。
「あなたたちみたいなガキは嫌なんだって。」
宮島さん、怒っていいんだぞ?そこまで真面目に相手してあげる必要なんか全くないんだぞ?
「ガキって……私らもう21なんですけど。ちゃんと知ってから言ってくれます?」
それはただ積み重ねた年数であって、決して年齢ではないからな?ただ積み重ねるだけだったら、今時猿でもできるんだから。
「へぇ~、その割には初対面の年上に敬語は使えないんだね。てことはあなた達のお父さんお母さんも猿なのかな?」
にっこり笑顔で恐ろしい言葉を口にする宮島さん。
宮島さん……それは思ってても……言っちゃいけないやつだよ……駄目だ、笑い堪えらんねぇ……。
「はぁ?どうなったらそうなるわけ?」
「ねぇねぇ一君。申し訳ないんだけど、彼女達の言葉訳してくれる?私にはちょっと難しくて理解できなくて。」
捲し立てる松永さんを他所に、宮島さんはああしらうようにからかい続ける。
……もぅ……最高だな、宮島さん。
「すみません……僕にもちょっと……分からないです。」
「は、はぁ?ちょっと、何調子のってんの、千咲に振られたくせに。」
徐々に顔が赤くなっていく松永さん。
なんかもう、何言われても笑えてくるから、何も言わない方がいいと思うぞ?
「あいにくだけど、私も一君も普通の人間だからごめんね。行こ、一君。」
そうして俺の手をとり歩きだす宮島さんは、御満悦の様子だ。
楽しかったんだろうな、よっぽど。
「ちょ、待ちなさいよ。なに勝手に逃げてんのよ!」
引きとめようと声に出してはいるが、松永さん達の足は動かない。
ご愁傷さま、松永さん達が宮島さんに叶うわけもないのに。
「ありがとうございます、宮島さん。」
手を取られたまま、お礼を伝える。
「別にいいよ。私ちょっと楽しかったし。」
振り返ってにっこり笑う宮島さん。
確かに、俺も少し楽しかった。
「一君も付き合う人は選んだほうがいいよ?」
「はい。分かりました。」
そうして座席につくころには、もやがかかっていた心はすごくすっきりしていた。
「なんか…やっぱりびみょーだったね。」
思ってても言わないようにしてたのに、宮島さんがそれを言うんですか。
「そうですね。何と言うか、配役ミスというか……。」
勿論見た目を完璧に真似できないことは仕方がない。でも似せようって気がないと駄目だろ、実写化ってのは。
完全オリジナルで脚本書くにしても、結局原作を基にしてることは変わらないんだし。
「これからどうするんですか?時間的には丁度お昼ですけど……。」
「パンケーキ、パンケーキ食べに行こ。」
パンケーキ?あれじゃお腹は膨れないぞ?もうちょっと栄養のあるもん食べたほうがいいんじゃないのか?
ラーメンとかラーメンとか。
「それがお昼御飯ですか?」
「そうだよ?」
別にパンケーキが嫌いってわけじゃないんだけど、今の気分的には正直ラーメンが食べたい。ラーメンのスープを飲み干して煙草を吸って、一息つきたい。
「お腹足りますかね?」
「足りるよ~。結構サイズ大きいし。」
いくら大きくても、結局パンケーキはパンケーキだからあんまり変わらない気がするんだが……まぁいいか。
「それにデートだしね。お洒落にいきたいじゃん。」
あぁそうだった。今日は、デート、だったんだ。
「なーに?まだなんか文句あるの?」
あーあ、もう全部筒抜けだよ。
「いや、ないですよ。行きしょう、僕結構甘いもの好きなんです。」
どうだ?結構上手に誤魔化せたんじゃないか?
「そっか……ならよかった。」
なになに?もしかして俺が甘いもの嫌いなんじゃないかって心配してた?苦手って言えば変更きいてた?
「それじゃあ、手。手出して。」
きいてたっぽいな……。
後悔しながら言われるがままに、ポケットから右手を出す。
「よし。じゃあ行こっか。」
え?なんで俺の手を握る必要があったんですか?あれですか?デートだからですか?
そうだとしたら、まぁ……はい。かしこまりました!
「……仕方ないですね。今日はデートなんですもんね。」
「うん。だったら手ぐらい繋がないと、変でしょ。」
まぁ、助けてくれたしな……それぐらいは受け入れてやるか。まさか助けてくれるなんて思ってもなかったから、正直嬉しかった。
だから今日ぐらいは別にいいだろ、宮島さんのしたいように付き合っても。
そうして俺は、俺と宮島さんは、残りのデートを楽しんだ。
「今日はありがと。正直断られるかなって思ってたから嬉しかった。」
デートも終わり、俺は宮島さんを送るべく駅に向かって歩いていた。
断る?断れないように仕向けたのは宮島さんなのに?
「いえ、僕も楽しかったです。今日は誘っていただいてありがとうございました。」
嘘じゃない、本当に感謝している。今日の宮島さんとのデートは、俺の凝り固まっていた部分を、なかなか進めなかった一歩を踏み出せた気がする。
「そっか……よかった、そう思ってもらえて。」
これでまた、俺は少しづつ成長していけそうだ。
「明日からまた仕事かぁ~……。」
結局、この土日の二日間はほぼ宮島さんと一緒にいたな。
最初こそ、面倒くさく思ってたけど、今考えれば意外と悪くなかった。
もちろん全部が全部じゃないけど。
「あぁ~あ、楽しいと一日経つのって早いね。」
本当だな。
前から思ってるけど、何で時間て気持ちや環境によってこうも感覚が変わるんだろうな。終業前の30分なんて特に長く感じる。
「明日からまたよろしくね。」
「はい。」
きっと多分、宮島さんは俺が思って以上に色々考えてて、たくさん悩んでいるんだろう。それこそ俺の悩みなんて些細に思えるほどに。
だからこそ今日俺が松永さんにからまれてた時に、ああいうことを言えるんだろうし行動に起こせるんだろう。
「じゃあ……ここでいいよ。また明日会社でね。」
「はい、お疲れ様です。」
目的の駅についた。宮島さんは遠慮気味に手を振りながら改札へと向かって行く。
「俺も帰ろ。」
ある程度、宮島さんが改札に近づいたのを確認して、帰宅の方向へと振り返る。
結局なんだかんだで、俺も楽しんでたな。
最初こそ雨の降りそうな空模様に不安しか感じなかったけど、終わってみれば結局ずっと晴れていたし………。
きっと多分、松永さんは今日の事を元カノに言うんだろう。でもそんなこと、放っておけばいい。
彼女達が今更何を思って何を言っても、それは俺には関係のないことだし、既に終わったことなんだから。
まだ完全復活には程遠いかもしれないけど、それでも俺はそう思えるようになろうと、宮島さんのおかげで進歩できた。
きっと多分、今日の事は宮島さんだからこそ、出来たんだろうな。
そんなことを考えながら帰路につく一雪。そんな一雪を引きとめるかのように、大きな声で宮島さんは一雪の名前を呼ぶ。
「一君!」
ぐんぐん近づいてくる宮島さん。
なんだ?何か忘れ物か?
「……忘れてた。」
一つ大きく深呼吸をしてそう告げる宮島さん。
やっぱりそうか、と安堵した瞬間だった。
「……!!!」
キスされたのだ。胸元のシャツを引っ張るように自分に近付けて。
突然の事に思わず思考が一瞬止まる。
「……やっぱりデートの最後はキスだよね。じゃあ今度こそバイバーイ。」
「は……え………えぇえ!?」
呆けている間にさっさと帰っていってしまう宮島さん。
今、俺キスされた!?なんで?訳が分からない!
今日のデートはあくまでもデート(仮)じゃなかったのか?
「なんで……。」
まだほんのり宮島さんの熱が残る唇を指でなぞる。
考えても考えても、結論が出ることはなく、そのまま俺はその場から10分程動けずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます