第13話 大人になるということ
「おはようございま~す……。」
出勤して早々にだるそうな一雪。まぁそれも仕方ない。なぜなら今日は土曜日で、本来ならば休みだからだ。
「ったく、なんで俺が休日出勤なんか……。」
早々に愚痴をこぼしてしまう。
というのも、ここ最近例の絆プロジェクトの会議やら書類やらで、自分の本来の仕事が全く出来ていなかった。ほぼ毎日会議は行われるし、そのたびに俺は資料作りをしないといけないし、でも自分の本来の仕事は変わらずあるし……時間が明らかに足りてない。
「だーれもいねぇな。」
それもそのはず。うちの会社は土日は普通に休みだし、わざわざ好きこのんで出勤する奴なんかいない。出勤してるのはだいたい、仕事が終わってない奴だけだ。
「はぁー……昼までには帰りてぇなぁ~。」
もちろん休日手当はつくし振り替え休日もつく。けど正直なところ、どれだけ稼いでも今は使い道も思いつかないし使えるほど暇じゃないから、ついたところで使えるのはいつの事やら……。
勘違いしないでほしいが、うちの会社は全然ブラック企業では無い。完全週休二日制だし、今年の年間休日数は驚くなかれ、130日を超えている。それにプラスして有休消化率も高いのだから、まごうことなきホワイト企業だ。
「まぁ俺の能力不足だから仕方ない、か。」
残業代だってちゃんとつく。今時のご時世にだ。
他の会社なんて、基本残業代ははなから給料に組み込まれてるとこばかりだ。
だからこうして休日出勤をしてても、その理由は会社にではなく俺にあるのだ。
「……ふぅ、やるか。」
どれだけ不満をこぼしても仕事は片付いてくれない。俺の仕事なんだから俺がやらないと前に進まない。当たり前のことだ。
「あれ、一君も出勤してたの?」
ちょーっと待ってくれ。流石にそれは聞いてない。
「宮島さん…。」
なんで宮島さんまで出勤してるんだ。勘弁してくれ。
「あぁ、一君もプロジェクトメンバーになってから仕事溜まってるって口?」
言ってもないことをべらべらと。
何これ、俺もしかして今日、宮島さんの相手もしないといけないの?
「まぁはい。なかなか終わらなくて……。」
「わっかる~。私も売上処理たくさん残ってて~……。」
いや、別に宮島さんの事は聞いてないんだけど。てかそれなら早く席戻って仕事した方がいいんじゃないですか?わざわざ俺と話す必要もないし。
「あ、私コーヒー飲むけど、一君も飲む?」
いやぁいらないし関わりたくないし、早く自分の席戻ってくれないかなぁ……なんて、思うだけで言えるわけがない。
「あ、はい。いただきます。」
「りょーかい。ちょっと待っててね~。」
待ちたくないしもう来なくていいし仕事したいんだけど……無理か。
はなから俺にそんなこと言える勇気があるわけでもなければ、宮島さんがあっさり話してくれるわけもないし。
「はい。」
訂正。昼までには終わりません。もしかしたら定時になっても帰れないかも……。
はぁ、本当なんだって俺はいつもこんな目に。どうしてなんだだろう?そういう運命なのか?俺は。でも昔はもう少し思い通りに事が運んでいたような………。
「いつからだっけ、こんなに諦めて受け入れるようになったの。」
少なくとも高校生までは何でも思い通りに事が運んでいた覚えがある。けどそれがだんだんうまくいかなくなって、元カノにも振られて……駄目だ!
今考えることじゃない。
けどこれが大人になっていくって事なんだろうか?
少しづついろんなことを諦めるようになっていって、周りに合わせるような生き方を覚えていって……。
窮屈な世界なんだな、大人の世界ってのは。
こんなんことをしていれば、枯れていくし頭も禿げてくる。幸い俺はまだ禿げてないだけましってことか。
「学生の頃に戻りてぇなぁ……。」
絶対にあり得ないことだけど、そんな絶対にありないことを考えることでしか、自分の心の隙間を隠すことは出来なかった。
「一君、お昼どこ食べに行くの?」
意気揚々と話しかけてくる宮島さん。
どこからそんな元気が湧いてくるんだ?俺はもう帰りたくて帰りたくて仕方がないんだが。
「特に考えてはないですけど、まぁラーメンですかね。」
さっさと食べて仕事に戻って、さっさと終わらせて帰りたい。そのためには提供が早くて腹も膨れて、すぐ食べ終えれるラーメンが適していると思う。
「じゃあ私もラーメンにしよっと。一緒に行こ!」
いやぁ出来れば昼休憩ぐらいは一人でいたかったんですけど、まぁ無理ですよね。
うん、知ってました。
「じゃあ、はい。行きましょうか。」
ん?待てよ。よくよく考えれば宮島さんと二人でいるのは、なんだかんだ初めてじゃないか?二人でランチ(仕事中でラーメンだけど)。
そう考えると、急に緊張してきた。だってこれ、周りから見ればカップルみたいなもんだろ……。
「何してるの?早く行こ。」
あぁやばい。元々顔が可愛いだけに、余計緊張してしまう。
落ちつけ俺、宮島さんはどうしようもなく面倒くさい奴で、俺の最も苦手なタイプだ。
そう、落ち着くんだ、俺。
「は、はい。」
しかし一度意識してしまったことを、今更訂正するのも難しく自身による書き換えはうまくいかない。
そんな俺が、この後まともにラーメンの味を楽しむなんてことが出来るわけもなかった。
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