そのフラグをへし折って

サンドリオン

このフラグをへし折って

「俺この戦いが終わったら結婚するんだ」


マンガとかでこの言葉を聞くと見ている人はこのキャラがこの戦いを乗り切ることはないと確信する。いわゆるフラグというやつだ。

しかし…しかしながら俺は宣言しようと思う。

「この戦いを生き抜いて必ず結婚する」

フラグとか関係ない。絶対生き残ってやる!

「どうしたんだ相棒?急に喋り出して」

そう話しかけてきたのは俺の相棒(バディ)。

こいつとは長い付き合いでこの仕事でも一緒のチームを組んでいる。

何か言いかける俺を押し止めてバディはいう。

「いや、そうか…そうだよな。明日…結婚式だもんな」

「わかってるならわざわざ言わないでくれよ」

「ははっ。悪りぃ悪りぃ」

ちっとも悪びれた様子もなくバディは言う。

「しかしよかったな!お相手はあの子だろ?うちの紅一点だったもんな。狙ってるやつも多かったと聞くぜ」

「ああ…正直俺もびっくりしてる。お前も仲良かったじゃんか」

「おお…。まぁでも気の強い子だから俺にはな。……それより、聞いたか?これ」

そういうとバディは新聞の一面を見せる。

「ああ。極秘で研究されてた個体が研究所から逃げ出したんだろ?」

「獰猛で薬も効かないし、簡易な檻ぐらいならすぐに壊しちまう……らしいぜ」

「そいつは厄介だな…」

「もしかしたら今回の任務の相手かもな」

「おいおいやめてくれよ。そりゃいつかは戦うことになるが、今日は死んでもごめんだ」

「冗談だって!それに今回は数が多いが、比較的危険度は低いやつだ」

そんな話をしていると警報のアラームが鳴る。

「来たな」

「じゃあ、サクッと倒しちまおうぜ!相棒!」

バディは屈託無く笑った。


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出会いは最悪だったんだと思う。

彼女がチームに来た時、目を奪われた。

「綺麗だ…」

思わずそんな言葉が出てくる程だ。だが、次に飛んできた蹴りがそんな気持ちを吹き飛ばした。

「色目を使わないでくれます?気持ち悪い」

とにかく彼女は気が強く、さらに毒舌だったのだ。


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縦一閃。

目の前のバッタのような化け物は左右に泣き別れた。

『後ろから飛んできます!』

耳にオペレーターの声が響く。

声に反応して振り向きざまに斬り裂く。

「ふぅ…」

剣を地面に突き立てて一息つく。

「大丈夫か?相棒」

「ああ。やっと新しいオペレーターとの呼吸もあってきて、前よりは危険が減った」

「そいつは良かった」

「とはいえまだ完全にあったとは言えないけどね」

「相棒は厳しいね。前任の彼女との相性がバッチリだったからなおさらか。……しっかしこいつらはなんなのかね」

バディはさっきのバッタの化け物の死体を見つめながらいう。

「さあな。わかってることは人間を襲う昆虫型の化け物、名称は蟲ってことだけだろ」

「今時そんなことはガキだって知ってるぜ。俺が言いたいのはこいつらはなんでこんなことをするのかってことだよ」

「それを解明するために研究所で今も研究が進められてるんだろ」

「相棒は堅いねぇ。総理大臣とかの会見でならその回答は満点だ」

「堅くて悪かったな。そういうお前はどう考えてんだよ」

「さあな。俺には分からん。でもこいつらのお陰で俺たち駆除班が出来て食わせてもらってるのも事実だとするとこいつらは俺たちにとって商売道具も同然ってことか」

「なんじゃそりゃ」

そんな会話をしているとふたたびオペレーターの声が響く。

『南南西の方向に集まり始めています。至急そちらへ!』

「ったく休む暇もねぇな」

バディは悪態を吐く。


その場所へ行くと沢山の蟲が群がっていた。

「た、助けてくれ!」

悲鳴が聞こえる。

「!!あそこに人が!」

指をさした方向には今にも蟲に襲われそうな人が腰を抜かしている。

だが、人に襲いかかる蟲へは今から走っても間に合わないだろう。

「距離があるな…この場合は…」

「手前だろ?」

すぐに前へ飛び出し、手前の一匹を斬り裂く。

蟲の口が人に迫る。

瞬間。

無数の発砲音が響いた。

人に襲いかかろうとしていた蟲は蜂の巣となって沈黙した。

「ナイスだ相棒!」

バディの声が聞こえる。

その声を受けながら人の元へ急ぐ。

「大丈夫ですか!?はやく安全なところへ!」

「は、はい…」

立つのを手伝うと安全な方向へ促す。

その間二人を襲おうとした蟲がいたが、もれなくバディの弾の餌食となった。


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彼女のオペレーターとしての才能は光るものがあった。

「右から来るわよ。避けなさい」

「その先にいるわ。……え?いない?じゃあ空か地面でしょ!ちゃんと見なさい!」

ただ言い方がきついふしがあった。だから…

「そんな言い方ないだろう!」

「事実じゃない!それを言われて返せないからって逆ギレ?」

こういう風にぶつかることも少なくなかった。

犬猿の仲となっていた彼女と俺だったが、遂に転機が訪れる。


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「これで終わりだ!」

叫ぶと同時に空に飛び上がる。

それを見た蟲は囲うように飛び上がる。

空中での方向転換は不可能。斜め後ろの二匹には俺からできる攻撃の術がない。

この状況は絶体絶命だ。

………というのは俺だけならの話だ。

目の前の一匹を一閃。

一呼吸おいて蟲は縦に別れた。

後ろの二匹だが、その間に急に入ってきた弾が大きく爆発し、二匹を爆炎が包む。

「うっ!」

爆風にうまく合わせてその場を抜け、地面に着地する。

「大丈夫か?」

後ろからバディが走ってくる。

「もうちょっと遅かったらベストだった」

着地の時に少し無理をしてしまった足に怪我がないか確認しながら言う。

『すいません…。僕がもう少し早く気づいていたら…』

「いやいや、お前は十分によくやってるよ。俺が撃つのが遅れたんだ。すまねぇ」

バディは申し訳なさそうに頭をかきながら手を差し出す。

「いや、怪我はないみたいだ。大丈夫。ありがとう」

バディの手を取るとスッと立ち上がる。

「これで晴れて結婚式が出来る…」

「いや…ここで案外…とかありえるかもよ」

「変なこと言うな」

ピシャリと言うとバディは舌を出した。

『それでは二人とも帰還して………ん?この反応は!?』

「どうした?」

『一匹の蟲が急速に接近中。すごい強い反応です!』

「なんだと!?」

二人で空を見上げるとさっきの蟲よりも一回り大きい蟲が降り立つ。

「おいおいこれって…」

「あの大きな角…カブトムシみたいなシルエット……間違いねぇ。研究所から逃げ出したやつだ!」

蟲は大きく咆哮する。

「お前が言うから余計なのが本当に来ちまったじゃねぇか!」

「これは驚いた…。だが大丈夫だ!俺たちのチームならこいつに勝てる!そうだろ?」

思わず笑ってしまう。

「全く…お前の言うことは本当になっちまいそうだから困る!」

そういうと蟲へ斬りかかった。


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「何!?基地に蟲の大群が!?」

その知らせが届いたのはちょうど最期の蟲を葬った後だった。

「さっさと戻るぞ!」

「ああ!」

二人は基地へ急いだ。が、二人が基地についた時にはもう手遅れだった。基地はほぼ壊滅し、ほとんど蟲たちはどこかへ飛び去った後だった。

「きゃあーーー!」

そこへ今まで懐かしいほど聞いた、しかし決して聞いたことのない声が響いた。

「あそこに!」

その先にはむしの残党たちに囲まれている彼女の姿があった。

そこから先はあまり覚えていない。ただただ必死に蟲を駆除し続け、その手には気絶した彼女の姿があった。

「ん……」

彼女は目を覚まし、自分の状況を確認すると顔を真っ赤にして飛び起きた。

「ななななな!」

バグったように彼女が震えている。

そこからだろうか。俺と彼女が仲良くなったのは……


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肩で呼吸する。

最初こそ勢いで押していたものの敵もなかなかのもので五分五分になってきた。

だが、戦いはもう長引くことはない。

奴の硬い装甲にはヒビが入っている。

「ちっ!弾が切れた!」

バディが叫ぶ。こちらも立っているのがやっとだ。

すなわちお互いに満身創痍だった。

「いくぞ」

小さく呟くと構える。

動きが遅れればやられる。

大きく一歩を踏み出した。

…が

「っ!!」

足に鈍い痛みが走る。さっきの着地が響いてきたようだ。

『前!』

オペレーターが叫ぶ。しかし一呼吸遅い。

前を向いた瞬間に走馬灯が走る。

あ、死ぬ。

そう思った時だった。

「相棒!!!!!」

バディは手に持っていた銃そのものを投げつける。

もちろんダメージはほとんどないが、蟲の注意がそちらへ向いた。

「いまだぁぁぁぁ!」

横へ一閃。蟲の装甲が完全に壊れる。

だが、奴には刃が届いていない。

敵意に満ちた目がこちらに向けられる。

とっさに剣を投げた。

投げた先には………バディがいた。

「こっちだよ」

寒気がするほど冷たく言い放ったバディの一振りが蟲を切った。

蟲の体が崩れ落ち、完全に沈黙する。

「やった…!倒した!フラグをへし折った!」

思わず歓喜の声を上げた。


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そしてその日はやってくる。

おそらく今までで一番「最悪」の日だ。

その日は雨が降っていた。酷いくらいの土砂降り。

「俺と結婚してくれ」

指輪を差し出す。

彼女はそれを見て…そして言う。

「ごめんなさい」


「え?」

相棒は俺が彼女からの回答を聞いた時と同じ間抜けな声を出した。どちらも同じくありえない状況への戸惑いの声だ……と思う。

自身の握りしめた剣は相棒の体を貫いていた。

「フラグっていうのは……簡単にへし折れないからフラグなんだろ?」

自身でも震えるぐらい冷たい声で言う。

「どうして…」

次の言葉を待たずに剣を引き抜く。最後に血を吐いて相棒は動かなくなった。

『何が起こったんですか!?状況を……』

連絡用の小型機を引き抜き、踏み潰す。

「俺はさ。ずっとお前に勝ってきた。どんな成績だってお前より上を取るんだって必死だった。俺…知ってたんだよ。お前が彼女を好きだってこと。だから彼女と付き合えた時、またお前に勝ったと思ったんだ。でもあの日…俺はお前に負けてたんだ。それからだったかな……。いつもみたいに笑えなくなったのは。お前…気づいてなかったんだろ?俺がずっと本気で笑ってないこと」

もはや誰もこの声を聞くものはいない。だが、相棒の死体に刻み込むように言う。

「まだ言ってなかったな。結婚おめでとう。でも悪いな…式は祝えそうにない。新郎が死んじまってんだから」

そう言い終わると静かに自身の連絡用小型機のスイッチを入れる。

「…………相棒が………やられた……」


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その日、結婚式前日に私の婚約者は亡くなった。

元々危険の多い仕事なのだ。死んでしまうことは別に何ら不思議なことはない。しかし…

「なんでよりにもよってその日なのよ!」

拭えない理不尽に夜通し泣き続けた。

そんな私を慰めたのは彼の相棒、私が数年前にフった男だった。

そこからは多くを語る必要はあるまい。

いけないと思いながらも結局は彼のプロポーズを受けることにした。

「どうしたの?」

後ろから「新しい」婚約者が声をかける。

「いいえ、何もないわ」

私は涙を見せないようにわざと明るい声で答える。

「そうか…とても綺麗だよ」

そう言う婚約者の顔は笑っている。

けれど、私にはわかっている。彼が本気で笑ってないことを。

それはきっと数年前のあの日、私が婚約を断った時からなのだろう。

基地襲撃事件の時、薄っすらと記憶がある。襲われる寸前に入ってきた影が危機を救ってくれたのだ。私はその背中に惚れた。そして私はそれが彼だと信じて疑わなかった……あの映像を見るまでは。

それはたまたまだった。前の基地のカメラ映像が机に置いてあるのを見つけてしまったのだ。

映像には私の前に入って蟲を「斬る」彼の相棒の姿が映っていた。

フった日から彼の本当の笑みは消えた。そして、彼が相棒をなくしたその日からさらに本当の顔で笑わなくなった。

多分彼の相棒の死に何かがあったのだろう。

「もうすぐ始まるね…結婚式」

「ええ」

だけど私は待っていようと思う。彼が話してくれるその時まで。

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