癒しの魔法で僕にできる事とは?

KAZUO

第1話 港と緑色の光

 ああ、波が心地いい。


 僕は死んだのだろうか?


 肌や手に砂と水の感触があるので砂浜に倒れているような感じだけど、あの火の中で助かるわけがない。目を開けても何も見えないということは、もしかしたら死後の世界に来てしまったのかもしれない。そんなことをぼんやりと考えていたら目の前に緑色の光が見え始めた。


 この光は魔法の光に似ている。ミドルクラスの医者が施す癒しの魔法もこのような緑色の光を放つ。ロークラスでは金銭的に癒しの魔法を浴びる事は出来ないが、医者が魔法を使うところを見たことがある。


 緑色の光の効果だろう、少しずつ視力が戻り夜空が見えるようになってきた。更に首も動かせるよになったので周囲を見渡してみると他にも何人か浜に打ち上げられているようだ。


「この光があの人たちにも届きますように」


 自然と出た声にこたえるように緑色の光は徐々に広がり、打ち上げられた人たちに降り注いだ。僕たちロークラスに癒しの魔法を使ってくれる人はいないと思うので勘違いだろうが、なぜだか僕も他の人たちも回復するような気がする。


 体中が痛くて起き上がる事は出来ないので、砂浜に横たわりながら今日の出来事を思い出してみた。


 僕は朝から仕事に出かけた。船から荷物を降ろす仕事は賃金は安いし日払いの仕事なので収入は安定しないが、特別な技術を求められないのが良い。健康な体があればなんとかなる仕事だ。だから近所の人たちの多くが港で働いている。


 この国の民の多くは僕たちのような貧民で、国民の二割程度を占めるお金持ち達に雇われて生活している。更に上には特権を持った人たちがいる。


 国を支配しているのは特権を持ったハイクラスの人たちで、ハイクラスの思いひとつで命すら奪われしまうため、お金持ちのミドルクラス達もハイクラスには逆らえない。


 僕たち一般貧民のロークラスは黙々と働くしかない。


「さあ、始めるぞ」


 この仕事を取り仕切っている班長が膝をパチンと叩きながら、勢いよく立ち上がった。


 海岸付近はロークラスが多く住むエリアなので、船が港に着岸すると仕事を求めてどこからともなく人が集まって来る。船が港に到着する時間は早朝だったり深夜だったりとまちまちだが、荷物を積み降ろして良い時間が決まっているため、船の周りで雑談したり座り込んだりしながら作業開始を待つ事になる。


 班長は今日の作業員をリストに書き込んで管理したり手当を支給するなど、作業全般を管理する人なのでロークラスの中でもかなりミドルクラスよりな立場だ。


「ギリギリセーフですよね」


 隣人のギルが走りながらやって来たが、もうすでに作業員は足りている。人数が不足している時なら雇ってもらえるが今日は無理そうだ。


「遅いよ。もう仕事は無い。また明日な」


 班長はギルに眼を向ける事もなく答え、作業員を指揮して船と岸壁の間に板を渡す。班長は渡した板に乗り、安全を確認すると役人を呼んだ。


 密輸チェックのため役人が作業開始時と、終了時に船に乗り込んで荷物を確認することになっているが、少しお金を渡せば無理を聞いてくれるという噂だ。役人はミドルクラスの職だが現場に来るような役人はロークラス寄りの貧乏ミドルクラスが多いらしい。そう考えるとお金で解決できる事もあるのだろう。まあ、その人次第だろうが。


 少しすると役人から作業開始の許可が出たので僕たちは一斉に船へと乗り込んだ。


「赤い札が付いている荷物だけを降ろすように」


 船はいろいろな港を回って荷物を運んでいる。そのため他の港に運ぶ荷物も一緒に乗せられている。船員の指示が無いと僕たちではどの荷物を降ろせばいいのか分からない。いつもなら船員にいちいち確認を取る事になるのだが、この船は赤い札という分かりやすい目印を付けてくれているので作業が早く終わりそうだ。


 皆で黙々と荷物を運び出す。麻袋に入れられている荷物は独りで運べるが、木箱は2人で運ばないと重すぎる。木箱が重いといっても積んだ人間がいるのでほとんどの場合は人力で何とかなるものだが。


「この木箱は重すぎて運べない。魔法積みしたんだろうな」


 荷降ろし班の誰かが声を上げたので、赤い札が付いた大きな木箱を前に僕たちは手を留めた。これは班長に魔法使いを呼んでもらうしかないだろう。


 僕がいつも所属している荷降ろし班と、荷物を積む荷積み班はすでに港に揃っているが魔法使いは近くのミドルクラスから借りてくるしかない。


 班長が港を管理しているミドルクラスの家に話をつけに出かけて、かなり時間が経った。他の荷物は全て降ろしたので、これさえ降ろせば終了だが待つしかない。


 このあと荷積み班が荷物を積み込む事になっているが、こちらの仕事が終わらない限り始められないルールになっている。荷物の積み間違いなどのミスを減らすための対策だ。


 かなり待たされている荷積み班の1人がイライラを募らせて船に上がってきた。


「木箱を開けて、中身を運び出して丘で木箱に入れればいいだろう」


 この男の言い分も分かる。中身だけなら人力で運べるかもしれないし、中身の無い木箱ならどうにか運び出せるだろう。だが木箱を開けてしまうと中身が紛失する危険が出てくる。そもそも僕たちは中身を把握していないので紛失したかどうかも分からない。何も紛失しなかったとしても、言いがかりをつけられたら反論できないので箱は開けられない。


「それは無理だ。分かっているだろ」


 誰かが声を上げた。


 それにこの大きな木箱は普通ではない。装飾も施されているし表面も滑らかで艶がある。密閉度も高そうな、いかにもハイクラスが関わっている木箱だ。これを開けるなんて命に係わる。


「じゃあ俺が開けてやる」


 乗り込んできた男は止まらない。躊躇なく木箱の封を切ってしまった。


 ヤバイ。これは大問題だ。全員が処刑されることもありえ・・・


 頭が痛い。異常事態に脳が勝手に反応した。処刑されてしまうという未来予想が頭痛により強制的に停止させられて現状把握に切り替わった。


 たぶんガスが漏れたんだ。


 重たい荷物を衝撃から守る緩衝材に干し草などを使うとガスが発生する。長い航海で蓄積された箱の中のガスが漏れ出したのだろう。ガスが出るような荷物は人がいない広い場所でガス抜きしないといけないのに。


 ガスの影響で頭がクラクラする。僕は立っていられなくなって倒れ込んだ。僕が倒れ込んだとほぼ同時に爆発も起きた。漏れ出たガスに引火してしまったのだろう。船上の物や人が吹き飛ばされた。僕は倒れていたため吹き飛ばされなかったが、大きな石のような物と甲板に挟まれて身動きが取れない。もがく力も出ない状態なのに船上に火の手が上がり始めた。


 船は勢いよく燃えた。他にもガスが溜まった荷物があったのかもしれない。燃え上がる船の上で、温度を上げる背中の石に身体を焦がされるところで記憶は終わっている。それ以降の事は思い出せない。


 その後の事は推測だが、船は燃え落ちて沈み、爆発で飛ばされた人達や僕は流されて浜に打ち上げられたのだろう。


「あっちに打ち上げられているぞ」


 遠くで人の声がした。すでに緑色の光は消えてしまったが、身体はかなり回復したようなので、ゆっくりと体を起こして声のする方へ手を振った。


「生きているぞ」


 僕たちを発見したのは港で働く人たちだった。もう夜なのに生存者を探し歩いてくれていたようだ。やさしい大勢の人たちのおかげで僕たちは助かった。


 爆発から数日が経ち、事故の調査結果がまとめられた。ラジオ放送によると死者3人負傷者8人の大事故だったようだ。船は燃えて沈み、その残骸が船の入港を妨げているため港は今も使用できない状態だそうだ。


 問題を起こした男は爆発で死亡し、身寄りもなかったためお咎めを受ける人がいない。大きな損失を出したミドルクラスの船会社が怒りをぶつける先を探してピリピリしている。そのため港周辺のロークラス達はひっそりと息をひそめている。


 僕は大火傷したはずだが、なぜか皮膚も正常に回復していた。他の負傷者も同様に回復しているらしい。


 奇跡的に回復した僕たちを見て町の人たちは、誰かが癒しを行ったのか、神の気まぐれなのかと話題にしているが真相は分からない。こんな奇跡的な話題は、いつまでも語り継がれるだろうと思っていたが港が使えず仕事も無い状況の方が勝った。


「これからどうしよう」

「港以外の仕事を探さないと」


 という切実な話題が奇跡的な話題を消し去った。


 僕も街に仕事を探しに行かないと生きていけない。食糧もほとんど残っていないので重い腰を上げた。扉を開けて外に出ると、隣人のギルと2人の警備役人が話している。


「なにかあったの?」


 ギルに話しかけると、警備役人の一人が振り返った。


「船の事故で奇跡的に助かったのはお前だな。やっと見つけたぞ。一緒に来い」


 事情徴収というやつだろう。僕は役人に腕を掴まれながらミドルクラス街に連行された。


「事故の時、おまえが癒しの魔法を使っていたという目撃情報がある」


 連行されたミドルクラスの屋敷で見知らぬ男に尋問されている。


「緑の光は見ましたが、僕が癒しの魔法を使えるわけがありません」


 机を挟んで向かいに座る男は身なりも良く、部屋の内装も豪華なのでかなりの高級役人なのだろう。この人に睨まれると無事では済まない気がする。


「申し訳ございませんが、僕には魔法の素質はありません」


 魔法を使えるロークラスはほとんどいない。まれに魔法の素質を持って生まれてくる子もいるが、そういった子はミドルクラスの養子として育てられる事になっている。もし魔法の素質を隠していると判断されてしまうと死刑を宣告される事もあるのでどうしても誤解は避けたい。


 必死に言い訳を考えている僕を見て、目の前の高級役人は少し砕けた表情で身を乗り出した。


「おまえが魔法の素質を持っていなかったことは分かっている。だが船の事故により魔法の素質を手に入れたのかもしれない。」

「ですが・・・」

「まあまあ、目撃証言や打ち上げられていた人たちの回復状況を見ると素質があるかもしれないではないか。それも癒しの魔法だぞ。もしそうなら絶対にその力を伸ばしたい。」


 高級役人は僕の手を両手で握り、少し強い表情になった。


「これから半年の間、この島唯一の癒しの魔法使いに弟子入りして修行するように。半年で何も魔法が使えないようならば開放する。その間の食費は出してやる。」


 かなりの無茶ぶりだけど、半年間も安定した生活がおくれるのなら悪い話でもない。少し頑張ってみよう。

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