第11話 (ミライ)

 さっきの人、ジンのお父さんだったのか。世間狭いな。

 お父さんはジンを睨みつけて、剣の柄に手をかけた。

「今度こそ逃がさんぞ」

「死ぬのはてめえだクソ親父」

「相変わらず乱暴な物言いだな」

 ジンが、見たことないような怖い顔をしている。手に持っている見慣れない鉄の塊を、お父さんの方へ突きつけた。

「なんだそれは」

「銃っていうんだってよ」

 軽くジンの指が動く。パンッと乾いた破裂音がして、棚の木材が突然割れた。反動の衝撃なのか、ジンがはじかれたように一歩後ずさる。破片が飛び散って、お父さんに降りかかる。

「チッ、外したか」

「なんだ! 妖術か!?」

「さてね。あたしも知らない」

 よくわからないけど、あれはどうやら人を傷つける武器のようだ。いつの間にそんなもの手に入れたんだろう。

 もう一度大きな破裂音が聞こえた。火薬の匂いが地下室に漂う。ジンのお父さんは一瞬ひるんだけど、すぐにこっちへ向かってきた。

「負けるものか! 絶対にお前だけは打ち倒してみせる!」

 ジンの手元から、パンパンと何度も音が聞こえる。その度に、鎧に何かがぶつかっているのか、金属が固い物にぶつかる高い音がする。しかし、お父さんは止まらずにどんどんこっちへ向かってくる。

 剣が振り上げられた。ジンの目が恐怖で見開かれる。私は、お父さんの前に飛び出して両手を広げた。大丈夫。私は死なない。

「やめて! ジンは人間だよ!」

「邪魔をするならお前からだ!」

 肩に衝撃が来て、遅れて痛みを認識する。胸のあたりまで刃が食い込んだ。多分骨が砕けている。

「なんで疑うの! ひどい!」

「信じられるものか! そいつは我々を傷つける!」

 信じてもらえないのは悲しい。頑張らなくちゃ。困った時に手助けするのが友達だ。私はジンを助けたい。

 剣が体から抜けていく。逃しちゃいけない。ここにとどめておけば、この人から武器を奪える。

「そんなつもりはないの! ね、ジン、そうでしょ!?」

「違うね! あたしはそいつをぶち殺したい! そのクソ親父の言う通りだ! もう、そういうことでかまわねえ!」

 もう一度、パァンと乾いた音がして、ジンのお父さんの頬に切れ目が入った。チッ、と舌打ちをしてから、もう一度銃を突き出す。

「無駄だ。そいつはあたしを信じないし、あたしもそんな奴のこと信用できねえよ」

 私を挟んで、二人はにらみ合う。

 なんでだ。生き物の親子は仲がいいものって、本で読んだ。どうしてこの二人はそうじゃないんだろう。

 グリッと、私の胸の中で剣が動いた。引き抜かれてしまいそうだ。痛い。体が裂けそうだ。

「やめて!」

「離せ! 化け物め!」

 血走った目で、睨みつけてくる。負けてたまるか。

「あなたがきちんとジンの言い分聞くまで、絶対離さないから!」

「ほざけ! 聞くようなことは何もない!」

 くそ、やっぱり腕力じゃ敵わない。なんとかしないと。

「本当に、なにもないんですか?」

 戸棚の向こうから、聞き慣れた声がした。レンだ。来てたんだ。無事でよかった。私を切ったおじさんに連れて行かれて、どうなったのか心配だった。

「レン! 大丈夫!?」

「君が大丈夫!?」

 確かに、思いっきり剣が刺さってる私がこんなこと言うのも変か。

 血を見たせいか、レンの顔色が悪い。冷や汗をかいていて、立っているのがやっとって様子だ。

「なにをしに来られた。屋敷で休んでいてください」

「あなたに聞きたいことがあって」

「後にしてもらえるか」

「なぜ、そこまでその子を恐れるのですか」

「恐ろしいに決まっているでしょう! この子は妖精! 呪われた子だ!」

「少しの間その子と行動を共にしましたが、おかしなところはありませんでした。ジンは普通の子です」

 あれ? 思い出したんだろうか。

 今にも叫び出しそうなジンのお父さんを制して、レンは話を続ける。

「これを」

 そう言って差し出したのは、緑色の液体が入った小瓶だ。

「あなたにもらった妖精が嫌うという薬です。あなたに飲んでもらいたい」

「私は人間だ!」

「ジンも人間です。そして僕には、あなたが幼子をいたぶる怪物に見える。疑わしい者に飲ませればよいのでしょう?」

 なるほど。あれは、飲めたもんじゃないすごくまずいものらしい。妖精じゃなくたってあれは飲めないって分かってもらえば、ジンの疑いは晴れる。

「侮辱する気か!」

「おや、飲みたくないと。では、あなたは妖精だと言うことでよろしいか」

 苦虫を噛み潰したような顔をして、しばらく思案してから、ジンのお父さんは私に刺さった剣から手を離し、ツカツカとレンに歩み寄る。

「いいでしょう! その程度のことで身の潔白が証明できるなら!」

 一気に薬を煽った。ごくごくと喉がなって、瓶の中の液体が減っていく。私の背後で、ジンが息を飲んだのが分かった。

 瓶が床に落ちて、割れた。ジンのお父さんはうめき声をあげてその場に手をつき、苦しみ始める。粘ついた嗚咽と共に、胃の中のものが口から溢れ出す。薬の匂いだろうか。くどいくらいの甘い匂いと、ツンと鼻にくる刺激臭がする。

「そんな、バカな。私は人間だ」

「ええ。それはまともな人間にはとても飲めたものじゃない、毒草の煮汁ですよ。あなたは間違った方法で人間と妖精を判別していた」

「嘘だ……。ではなぜあの子は私を殺そうとするのだ」

「人間の敵はいつだって人間ですよ」

 レンは、倒れているジンのお父さんをそのままに、急いでこちらにやってくる。

「大丈夫かい?」

「うん!」

「……そうは見えないけどね」

 そっと、私に刺さった剣が抜き取られる。慎重にやってくれてはいるけど、派手な傷口はいじられるとやっぱり痛い。抉れた肉の隙間から、砕けた骨の破片が転がり出た。

「どうする? 君の潔白は証明された。報復をしたいと言うのなら止めはしない」

 レンは、ジンにそう聞いた。ジンは、レンとお父さんを交互に見てから、自分の手元に目を落とす。

 お父さんは相変わらず苦しんでいて、立ち上がるのも無理そうだ。ジンの手には、銃がある。

 ジンは、どうしたものか考えあぐねているのか、その場で立ち尽くしたままだ。

「あたしが人間だって、信じる気になったか?」

 ようやく出て来た質問に、お父さんは息も絶え絶えになりながら答える。

「分かった。私が間違っていた。すまない」

 よろよろと身を起こして、お父さんはこっちへ向かってくる。吐瀉物で汚れた手が、伸ばされた。

 これで一件落着するかと思ったけれど、ジンは小さく悲鳴をあげた。

「来るな!」

 パァン! と乾いた音がして、お父さんの右手の人差し指が吹き飛んだ。

「なにを……」

「来るなって言ってるだろ!」

 一目でわかった。怖いんだ。じっとお父さんの方を睨みつけている目が揺れている。

「あたしに近づくな!」

「そうだ。お前は昔から乱暴者だった。妖精ではないと言うのなら、なぜだ。なぜ暴力を好む。なぜ、お前の母のような淑やかな娘になってくれなかった」

「知るかよ、そんなの」

「剣や戦いよりも、草花や宝石を愛でる子であったなら、私は安心できたのに。なぜだ」

 ジンは、少しの間固まってから深くため息をついて、銃を下ろした。

「あんたみたいになりたかったんだよ。小さい頃は、あんたは自慢の父さんだった。悪い妖精から姫様を助けた騎士に憧れてた。バカみたいだろ」

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