鉱物の魔王物語~異世界転生して鉱物になったと思ったら、いつの間にやら最強魔王へ!?~

緒方理

第1話 プロローグ


 腕時計を見ると、時刻は19時ちょうどだった。

 

「よお、兄貴! ごめん、待たせたか?」


 久しぶりに聞いた、弟・石動祐紀いするぎゆうきの声に呼び掛けられて、俺は時計に落としていた視線を前方へ向ける。


 目の前には上質なダークスーツに身を包んだ、いかにも仕事できます風な男が爽やかな笑みを浮かべて立っていた。


 くっ、相変わらず俺の弟とは思えないほどのリア充オーラ……。目が潰れてしまいそうだ……! 


 俺は今にも後光が差してきそうな弟の雰囲気にクラクラしつつ、平静を装って返事をする。


「おー、俺も今来たとこ」


「悪いな、急に呼び出しちゃって」


「ああ」


 俺は返事をしながら、祐紀の隣に立っている女性をチラリと見る。


「あ。この人が電話でも話した清水彩しみずあやさん、俺の彼女」


 俺の視線に気付いて、祐紀がさらっと彼女を紹介する。こういう所もソツなくスマートな我が弟にまたもや目がくらむ。


「清水彩です。初めまして」


 目鼻立ちのくっきりした美人さんは俺に向かって丁寧に頭を下げた。


「は、初めまして」


 最近、職場以外で女性と話していない俺はドギマギしながらペコリと頭を下げた。




「俺、結婚するんだ」


 祐紀からその報告電話がかかってきたのは、つい先日だった。


 もうお互いの両親にも挨拶をしたから、改めて俺にもきちんと彼女を紹介したい、と言うことで三人で会うことになったのだ。


「祐紀に先越されちゃったなー」


 なんて電話の時は冗談めかして話していたが、まあ、子供の時からモテモテだった祐紀と彼女いない歴37年の俺である。


 祐紀が先に結婚することなど当然の帰結であり、何の驚きも無かった。


 強いて言うなら、意外に祐紀の結婚が遅かったことか。祐紀はこの間32歳になったばかりなのだが、俺はなんとなく祐紀は20代で結婚するような気がしていたから。




「店、予約してるんだ。立ち話もなんだから、まずはそこに行こう」


 祐紀がそう言って、挨拶を済ませた俺達を促した。

 

「おう」


 俺は返事をして、祐紀と彼女の後についていく。

 

 しかし、この美男美女カップルの後ろに付いて歩くのはなんだか気が引ける……そんなことを考えながら、無言で歩く俺。


 そんな兄貴に気を使ってなのか、祐紀がわざわざ振り返って俺に話し掛けてくる。


「兄貴は相変わらず仕事忙しいの?」


 デキる弟は兄に対しても気配り上手なのだ。


「うーん。年中忙しい」


 ぶっきらぼうな俺の答えを聞いて、祐紀は苦笑する。


「過労死する前に、転職したほうがいいんじゃないか?」


 まあ、外コン勤務の弟にそんな心配をされる程度には、わが社がブラックであることは認めよう。


 なんなら今日も祐紀達とのこの面会が終わったら、また会社に戻るくらいには仕事が終わっていない。そして俺が夜中に戻ったとしても、弊社のオフィスフロアには煌々と明かりが灯っていることだろう。


「まあ、そのうちな」


 俺はお茶を濁すようにそう言った。


 激務&ストレスで心を病んでしまい、会社に来れなくなっちゃう人が続出する弊社では慢性的に人手不足なのである。


 今、俺が辞めちゃったら、炎上プロジェクトが更に大炎上して皆焼死しちゃうかもしれないなぁ……なんて、ぼやけたことを考える。


「あんまり無理すんなよな……。あ、そこのビルの店だ」


 祐樹は俺の答えにまた苦笑しながら、予約した店の看板を指さす。




 ……しかし、俺達は結局その店にたどり着くことは出来なかった。




 直後、突然の轟音とともに大型の砂利トラが俺達が歩いている歩道に突っ込んできたのだ。


 その光景はまるでスローモーションのように見えた。


 ……これが噂のアレか!? なんとか現象か!? そう考えを巡らせるくらいには全てがスローモーションだった。


 やばい! このままだと俺だけでなく、祐紀達も轢かれる!! 


 俺はスローモーションの中で咄嗟にそう思い、前に立っていた祐紀と彼女を両手で突き飛ばし、トラックの直線上から二人の体を外した。


 その後は激しい痛みを感じたような気もするが、すぐに意識が遠のいてしまった。







 ◇








 ここはどこなんだろう?



 ……意識はあるのに体が動かない。



 生きてはいる……よな?



 真っ暗闇の中で俺は現在の状況をずーっと考えていた。


 濃厚な説は二つ。


 まず一つ目。『認めたくない、認めたくないが、もしかしてトラックに轢かれて植物状態?』説。


 二つ目。『トラックに轢かれたよね? もしや、これぞライトノベル!? 社畜がチートで異世界転生しちゃったぜ!』説。


 すまん。二つ目は個人的な希望だった。全然濃厚じゃない。だって、動けないし。神様の声も聞こえないし。

 

 いや待てよ? 諦めるのはまだ早い。こちらから呼び掛ければ、神様的な声が答えてくれるのではなかろうか?



 ……あー、メーデー、メーデー。神様、神様。聞こえますか? どーぞ?



 ……



 ……



 ……だよね。ある訳ないよね。うん、知ってるって。トラック転生ラノベが流行ったのはちょっと前でしょ。分かってるって。



 はぁ……、やっぱ1の植物人間説か。へこむなー。結局37年間、彼女も出来なかったし、楽しいこともそんなになかったし、パッとしない人生だったな……。




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