# 23

 本番まで、あと3日。


 緊張感をもって、家を出た。今日は通し稽古、ゲネプロだ。


 本番と同じ衣装を身につけ、本番と同じホールに入る。


「ちょっと緊張してる?」と志波ちゃん。


「大丈夫、ここまで来たんだから」と私は返す。


 そういえば、志波ちゃんは大貴くんとのこと、どこまで知ってたんだろ。ふと思った。


 まあ、どうでもいいや。


 ◆


「もう、生きていてもしょうがない」


 暗く、でも決然とした声。田中さん、上手になったなあ。


 ここまで、長かったんだなあ。


 ◆


 カイと2人、スポットライトを浴びる。言葉を取り戻したあとの、数少ない台詞に思いを込める。


「あなたも私と同じ。呪いをかけているのは自分自身なのよ」


「どういうことだ?」


「あなたは、自分が身近な人を傷つけたことを知って、心を痛めた。もう大切な人を傷つけたくない。でも自分が変わるのは嫌だ。だから、自分の大切な人がどこにもいない、遠い世界に行ってしまえばいい。その心が、あなたをこの地に飛ばしたのよ」


「俺の、心が……」


 カイは崩れるようにしゃがみこみ、がっくりと項垂れた。私は、彼の隣にしゃがんで、そっと背中に手を当てた。


「逃げないで、怖がらないで、向き合うのよ。でも大丈夫、そんな大層な覚悟は必要ないわ」


 私は声に笑みを混ぜた。


「私だって、あなたに無理やり手を引かれて、仕方なくお兄ちゃんのところに行ったんだもの」


 カイは、ゆっくりと頭を上げ、立ち上がる。


「あなたなら、きっと元の世界に戻れるわ」


 私は、カイの顔を見つめて、言い放った。


「もう、お別れね」


 ◆


「中村、喉の調子悪いの?」


 マスクをして、控えめの声で接客をしていたら、オーナーに気づかれてしまった。


「すみません。セーブしてました。明日に向けて」


 きれいな声だ、という台詞に恥じないよう、前日に声を枯らす訳にはいかない。店員として褒められた行為ではないが。


「そっか。明日、がんばってね。俺は行けないけど」


 それだけ言い残すと、オーナーは店を後にした。いろんな意味で拍子抜けした。


 ◆


 眠れなかった。予想外に身体が重い。


 なんとかしなきゃ。駅前のコンビニで栄養ドリンクを買った。


 でも、一気飲みしたのが良くなかった。ただでさえお腹が弱いのに。慌てて駅のトイレに駆け込んだ。


 乗り換えの駅にある薬局で、お腹の薬を買った。


 今度は、その副作用で、口が渇く。


 会場近くの駅で、ガムを買った。それをずっと噛み続けている。


 けど、“一度に多量に食べると体質によりお腹がゆるくなる”の表示を見て、慌てて吐き出した。


 何をやっているんだろう、私。


「別にいーじゃん、アンタ台詞少ないんだからさあ」


 星川さんに笑われた。私も笑った。


 ◆


 気がついたら、舞台袖にいた。


 魔女が舞台袖に戻る。もうすぐマーシャの出番だ。


「志波ちゃん」


 私は、志波ちゃんだけに聞こえる声で、囁いた。


「ん?」


「今まで、いろいろありがとね」


 魔女は志波ちゃんの顔に戻った。そっとほほ笑んで、私の肩をぽんと叩いた。


 さあ。


 ここまで来たら、もう逃げも隠れもできない。


 私は、ステージに向かって、一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る