1・ 悲劇の雨
1・コートの女
雨が降り注いでいた。
それでも、雨の夜を照らすようにネオンが輝いていた。
行きかう人々は傘をさしながら、繁華街を思い思いの場所へと向かっていく。
その中で一人の女は、まだ残暑の厳しい季節だというのにコートで身を覆った状態で雨に濡れながら歩いている
帽子とコートの裾で己の顔を隠し、その瞳がキョロキョロと周囲を警戒しながら歩きづつけている。
通行人のだれかとぶつかる。その通行人の傘が地面に落ちた。
「なにするんだよ」
通行人は怒鳴り声をあげながら彼女の顔を見る。帽子の隙間からかすかに見える彼女の瞳に通行人は言葉を失う。
「今度から気を付けろよ」
それだけ告げると通行人は落ちた傘を拾って歩き出した。
通行人はもう一度だけ彼女のほうを振り向く。彼女が通行人のことなどまったく気にした様子もなくフラフラと歩いていく姿が見えた。
「関わらないほかが身のためだ」とつぶやくと今度こそせを向けて歩き出した。
女はそんな通行人のことなど気にした様子もなく、周辺を用心深く見つめて歩いていく。やがて、見つけた路地の中へと駆け出した。
路地へ入った彼女はもう一度通行人が行きかう大通りのほうを振り返った。
そこには彼女の存在などまったく気づかない人々が傘をさして行きかう姿が見えてくる。
彼女はコートで自分の体を隠しながら、しばらくじっと大通りを見つめていた。
多くの人たちが行きかう中で、ふいに通行人の間に一つの影を確認した。
それを見た瞬間に彼女の顔が青ざめる。
そして、路地の奥のほうへと走り出した。
「た……たすけて……」
か細い声が漏れた。
しかし、 走る速度はだんだんと遅くなっていき、彼女の身体が壁へと寄りかかる形になった。足元には赤い液体が流れていく。
その液体は彼女の身体の至るところから落ちていった。
震える足を引き摺るようにして、壁を杖代わりにしながら止まることなく歩いていく。
風が吹く。
彼女の長い髪が揺れると同時に彼女の身体は前方へと倒れた。
コートが取れ、彼女の傷だらけの身体が露わになる。
どうにか四つん這いになることはできたが、それ以上立つことができなった。
肩が揺れ、荒らす息が口からもれてくる。
「鬼ごっこは終わりだよ」
その声に彼女の背中が凍り付く。動くこともできない。ただ全身の震えがとまらない。
「た……助けて……」
尻もちをついた形で彼女は、後方を振り返る。
そこには人影が一つ。
女は青ざめた顔でそれを見て後退る。
「見逃して……お願い」
彼女の眼から涙が流れる
必死に自分を追いかける人物に懇願した。
「だめだよ~。君の……はもらうぞ」
逃げる間もない。彼女の首がわしづかみにされ、身体が上へと持ち上げられた。必死にもがく彼女をあざ笑う声が漏れる。
助けてと叫びたくても叫ぶことすらできなくなった。
瞳孔は開かれ、必死に自分に首に絡みつく手を振りほどこうする。
「無駄だよ。無駄」
その手に力が籠められ彼女から喘ぐ声がもれたかと思うと、彼女の手がストンと落ちた。
もうすでに動かなくなったことを確かめると、その手が離され、彼女の身体が地面に落ちる。
彼女の眼は見開かれたまま。
すでに息絶えていた。
それを見た人影の口元に不気味な笑みが浮かんでいた。
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