ぼくらのスケルトン戦争

雪芝 哲

第1章 北海道

第1話 深夜に妹が素っ裸で部屋にやってきた

「兄貴、ちょっといいか」


 青島太一の自室のドアがノックされ、妹の里奈が声をかけてきた。

 就寝中だった太一は目を覚まし、枕元のスマホで時刻を確かめる。

 すると時刻は深夜の一時を少し過ぎていた。

 中学生の妹が、高校生の兄のイカ臭い部屋を訪れるような時間ではない。

 それに里奈は思春期真っただ中の生意気盛り。

 太一は道端に落ちている犬のクソのごとく避けられていた。

 だからこそ、この深夜の訪問は理解に苦しむところだ。

 それでもなにか用があるのかと、太一はベッドに寝たままで訊いてみる。


「どうした里奈、こんな時間に」

「は、話があるんだけど……入ってもいいか……?」


 声音はかわいらしいのだが、里奈の言葉づかいは男に近いものがある。

 そして中二チックなその口調には、やや緊張の色がふくまれていた。

 これはなにかあるなと思い、太一は立ち入りを許すことにした。


「よし、速やかに入れ」

「わ、わかった……」


 ドアノブをガチャリと回し、里奈は室内に足を踏み入れた。

 カーテンの隙間からは月明かりが差し込んでいる。

 その光源に映し出される里奈ではあるが――。

 頭から足元まですっぽりとシーツをかぶっていた。

 それが意味することは、恥ずかしいから体を隠しているということだ。

 上体だけで身を起こし、ドギマギしながら太一は問う。


「り、里奈……もしかして……裸、なのか……?」

「シ、シーツの下には、なにも着てねーよ……」


 太一の予感はズバリ的中した。

 里奈はかつての妹路線を大幅に変更し、禁断の兄妹愛を求めている。

 ズッコンバッコンを覚悟で、こんな時間にスッポンポンでやってきたのだ。

 だがしかし、実の妹とそのようなことは許されない。

 それが許されるのは、十八禁のエロゲかエロアニメの世界だけである。

 ゆえに太一は世俗の倫理観に従うことにした。


「里奈、俺もおまえのことが好きだ。でもそれは家族として好きなんだ。だからその気持ちを受け入れることはできない。悪いが自分の巣に戻って、ナニナニして寝ろ」

「兄貴、そうじゃねーんだよ」

「いや、そうだ。俺は自分の気持ちに嘘はついてない」


 一年前までAカップにも満たなかった里奈のおっぱい。

 それが今ではFカップにまで成長を遂げた。

 太一は隠れてブラジャーを見たので、正確なバストサイズを把握している。

 そんな妹のけしからんおっぱいを、拝みたい気持ちがないわけではない。

 むしろツンツンしてアンアン言わせてみたい。

 中学の文化祭の美少女コンテストで、三位の実績を持つ里奈である。

 実の兄でもイタズラしたくなるというのが世の常だ。

 だが妹が道を踏み外さぬよう、太一はあえて家族愛を貫き通した。


「だから、そうじゃねーんだよ、兄貴」

「何度も言わせるな。俺はおまえのおっぱいに興味はない。雀の涙ほどにもな」

「だから、ちがうって言ってるだろ」

「ちがうもなにも、おまえはスッポンポンじゃねーか。世界中どこ探したってな、真夜中に素っ裸でトランプやりにくるバカな妹はいねーんだよ」

「ったく、しかたねーな……」


 すると里奈は呆れたようにため息を漏らし――。

 頭からかぶったシーツをするりと脱ぎ捨てた。


「――ッ!!」


 太一はもちろんガバっと身を乗り出した。

 眼球もズボっと突き出し、妹の裸をマジマジとガン見したところ――。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 太一は人生最大のボリュームで絶叫し、首がもげそうな勢いで上体をのけ反った。

 なぜなら、骸骨がそこに突っ立っているからだ。

 頭からつま先まで骨だらけ、スケルトンの化け物が目の前にいる。


「兄貴、静かにしてくれよ! 近所の人にバレたらどうすんだよ!」


 顎骨をカタカタ揺らすようにして、スケルトンの里奈が小声でたしなめる。

 いつもアホ毛が飛び出たセミロングの髪はない。

 あのクリリとした飴玉のような瞳もない。

 おっぱいどころか、そこに見えているのは不気味なあばら骨。

 身の丈百五十センチほどの全身骸骨が、里奈の言葉を話しているのだ。


「お、おまえ……本当に里奈なのか……?」

「そうだよ。でもあたいはスケルトンになっちまったんだ――」


 里奈は悲しげな声色をこぼし、カタリと骨を鳴らして肩を落とした。


「目ん玉もないけど……おまえ、見えてるのか……?」

「ああ、見えてる。なぜだかわからないけどさ」

「おしっことか……ウンコとかはどうなってるんだ……?」

「バカ兄貴、問題はそこじゃねーよ」

「そ、そうだったな……」


 里奈の言うとおりだ。

 生理現象の疑問はさておき、まず訊かねばいけないことがある。

 だから太一は動揺する心を静めて質問を続けることにした。


「なんでスケルトンに転職しちまったんだ? せめてエルフとか猫耳娘とか、ほかに選択肢はなかったのか? 今からでもジョブチェンジしたほうがいいんじゃね?」

「兄貴、ゲームじゃないんだから、そんなことは無理だって。それにあたいは望んでスケルトンになったわけじゃねーよ」

「のっぴきならない事情があるみたいだな。よし、詳しく話を聞かせてもらおうか」


 太一はベッドから起き上がり、勉強したこともない勉強机のイスに腰を落とした。

 里奈はカタカタと全身の骨を鳴らしてベッドに腰かける。

 そして妹は、きれいに生え揃う白い歯を剥き出したまま、その口を静かにひらいた。


「あたいがこうなったのは、ピーちゃんのせいなんだ」

「なに言ってるんだ。ピーちゃんはただのペットだろ」

「ちがうよ。ピーちゃんは遠い銀河からやってきた宇宙生命体なんだ」

「マジかよ! ピーちゃんは宇宙生命体だったのかよ!」


 ピーちゃんというのは、去年の夏祭りに太一が出店ですくってきた一匹の金魚だ。

 ごく普通の赤い金魚で、リビングに置かれた金魚鉢で飼育している。

 それが謎の宇宙生命体だったとは、さすがに太一も驚いた。


「それであたいは、ピーちゃんと契約を結んで魔法少女になったんだ」

「マジかよ! おまえ魔法少女だったのかよ!」

「兄貴、いちいち驚くなよ。話が進まねーよ」

「す、すまん……続けてくれ……」


 太一は浮かせた腰をイスに戻し、里奈の話に耳をかたむける。


「一つだけ願い事を叶えてやるから、その代わりに魔法少女になってくれって、ピーちゃんに頼まれたんだ。それであたいは魔法少女になる道を選んだのさ」

「それがなんで、スケルトン少女になっちまったんだ?」

「じつは、あたいはピーちゃんに騙されてたのさ――」


 悔しさを滲ませるように、里奈は事の経緯を詳しく語った。

 ピーちゃんはスケルトン星からやってきた、スケルトン生命体とのことである。

 不思議な力で金魚の振りをしているが、真の姿は魚版のスケルトンであるらしい。

 地球へも謎の力を使い、ご近所感覚でやってきた。

 そんなピーちゃんが里奈に契約を進めた理由。

 それはスケルトン生命体の力の源である、エナジーを集めるためだ。

 エナジーを集めるためには、妖魔獣という化け物を倒さなければならない。

 人々の負の感情から生み出される闇の化身が幼魔獣とのことである。

 ピーちゃんだけでもそれを倒すことは可能だ。

 しかし魔法少女に戦ってもらうほうが手間が省ける。

 ゆえにピーちゃんは里奈に契約を迫ったのだが、重大なリスクを隠していた。

 魔法少女の力はやがて枯渇し、それに伴い契約者はスケルトンと化す。

 スケルトン生命体の干渉を受けたことによる同化現象だ。

 そのような大事な情報を隠し、ピーちゃんは里奈と契約を結んだ。

 これはたちの悪い詐欺である。

 最新のゲーム機の箱をチラつかせ、その中身と当たりくじは存在しない、お祭りの出店以上にたちが悪い。


「くっそ! あのクソ金魚! 今すぐぶっ殺してやる!」

「ダメだ、兄貴! ピーちゃんは不思議な力を持った宇宙生命体なんだぞ! 逆に兄貴のほうが殺されちまうよ!」


 太一が怒りに勇んで立ち上がると、里奈は慌ててそれを制止した。

 よくよく考えれば妹の言うとおりだ。

 ピーちゃんは謎パワーを使い、遠い銀河から地球までやってきた。

 もはや人知を凌駕する神にも等しい存在。

 あの魚の目玉から、レーザービームが飛び出すことすら考えられる。

 毎日エロに明け暮れる十七歳の少年に、勝てる相手ではないのだ。

 太一はそう思い、敗残兵のごとく肩を落としてイスに座り直した。


「くっ……里奈を人間に戻す方法はないのかよ……」

「その方法がないわけじゃないんだ。でもそれを実現するのは不可能に近いのさ。だからあたいは困ってるんだ」

「マジかよ! 方法はあるのかよ! いいから早く、それを教えてくれ!」


 おはようの挨拶すらしてくれなかった里奈が、こうして救いの手を求めている。

 それだけ窮地に追い込まれているということだ。

 だからこそ太一は協力を惜しまない。

 守らなければいけない大切な家族がここにいる。


「その方法ってのは、渋谷スクランブル交差点の真ん中で、朝まで月の光を浴びることさ。そうすれば、あたいは人間に戻ることができるんだ」


 里奈は自身の手の骨に、くぼんだ眼窩を落とし解決方法を述べた。

 太一はそれを聞き、飲みかけた牛乳を吹き出す気分で立ち上がる。


「バカも休み休み言え! ここは北海道だ! そして渋谷は東京だ! どこの世界に飛行機に乗るVIP待遇のスケルトンがいるんだよ! おまけに渋谷スクランブル交差点で月の光を浴びるとか、無理ゲーにもほどがあるだろ!」

「落ち着けよ兄貴。これはあたいが決めたことじゃなくて、ピーちゃんが決めた制約なんだから――」


 里奈の話によれば、その制約を実現できなかった魔法少女はたくさんいるという。

 彼女たちは地球での居場所を失い、スケルトン星に移住を余儀なくされた。

 毎年、何十人もの少女が行方不明となっているのは、それが原因とのことだ。


「くそ……俺はなんつー金魚をすくってきちまったんだ……」


 金魚すくいが苦手な太一でも、唯一ゲットできたのがピーちゃんである。

 それだけに意図してすくわれた可能性は捨て切れない。

 おちょぼ口のアホな金魚だと思っていたが、やることは狡猾であり醜悪だ。

 それでも太一は負けない覚悟だった。

 かならず里奈を人間に戻してみせると心に誓った。


「あきらめるな、里奈。俺がきっとなんとかしてやる」


 太一はひとつうなずき、妹の鎖骨に力強く手を置いた。

 すると――。


「兄貴! あたいにさわったらダメだって!」


 里奈は慌てた様子で立ち上がり、部屋の隅っこへと退いた。

 どうしたのかと疑問符を浮かべる太一だが――。

 とんでもない異変が自身の体にあらわれた。

 里奈の鎖骨にふれた手の皮膚が、かすむようにして消えていく。

 脈打つ血管が露出されるが、それもまた同じように霧消する。

 その進行はとどまらず、筋細胞までもがあっという間に失われてしまった。

 そこに残されたのは、肉ひとつないガラガラの骨だけだ。

 手だけではない。

 Tシャツの袖から覗く両腕すらも、完全に骨と化していた。


「ま、まさか……」


 太一は骨となった手で恐る恐る頭部を確かめた。

 すると髪の毛のすべてが消失し、頭蓋骨だけの状態となっている。

 目ん玉に指を突っ込むが、ぽっかりと穴が空いており眼球もない。

 なぜか視野のある眼窩で体を調べると、全身がスケルトンに変わり果てていた。


「ど、どうしてこうなった……」


 太一は顎の骨をカタリと揺らし、震える声をか細く漏らす。

 それと同時に、寝間着であるトランクスがパラリと床に滑り落ちた。

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