6

「おはようございます!」


 翌朝。ホテルのロビー。松島さんは満面の笑顔で、何事もなかったように挨拶する。


「……おはよう」


 俺は寝不足のどん底のテンションで応える。


 信じられん。


 こいつのメンタルは鋼……いやカーボンナノチューブで出来ているのか?


 それに比べてこの俺は……彼女を深く傷つけてしまったことに悩んで、昨夜はほとんど眠れなかった。


 だけど、彼女だって何もダメージがなかったとは思えない。きっと元気なフリを装っているだけだ。そう考えると、俺の心は激しく痛んだ。


 ---


 しかし、松島さんのカラ元気はその後何日も続いていた。彼女は相変わらず俺に対してまっすぐ好意を向けてくる。あれだけはっきり拒絶された、というのに。他の男に走ればいいものを、とも思うのだが、周りの男たちからのアプローチは依然として回避しまくっている。


 かえって俺の方が辛くなってきた。何でこんな罪悪感に苛まれなくてはならんのだ。もしかして、それも含めて彼女の戦略なのだろうか……


 まあでも、彼女の教育期間もほとんど終わりだ。もうすぐ彼女に関わることもなくなる……なんだか、それはそれで、寂しいような気もするが……気のせい、だよな……


 そして今日、彼女の教育期間の総仕上げとなる、応援販売が終わった。彼女ももう一人で問題客に十分対応できる。随分成長したものだ。


「神谷内さん、お腹空きましたね。ご飯食べていきましょうよ」


 相変わらず、屈託のない調子で彼女が言う。


「ああ、そうだな」


 俺はあっさりとうなずく。いつもなら彼女からのこの手の誘いは大抵断るのだが、最後くらいは付き合ってもいいだろう。それに、俺自身の心の中でモヤモヤしているものも、この際はっきりさせておきたかった。


 ---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る