ディストピア忘年会

ちびまるフォイ

けして逃げられない会

「くっ! ダメだ! もう回り込まれている!」


「非常口は!?」

「そっちもダメだ!」


「早くタイムカードを切らないと逃げられないぞ!」


西暦2019年。


行き過ぎた機械化による弊害は人とのコミュニケーションを失わせ、

やがて人はお互いにどうやって仲を深めていくのかがわからなくなった。


その結果で招いたのが「忘年会戦争」である。


「うあああああ! 誰か! 誰かぁぁ!!」


「しまった! 営業の佐藤が捕まった!」

「あいつ、上司との席が近いから!」


「嫌だァァーー! 家に帰らせてくれぇーー!!」


『コレモ社員トノ親睦ヲ深メルタメダ・・・』


「単に仕事をネタに酒が飲みたいだけじゃないかぁぁーー!」


「佐藤ォーーッ!!」

「よせ! もう助からない! 俺たちも捕まってしまうぞ!」


なおも上司たちは逃げ惑う社員たちの逃げ道を塞いでいく。


「今のうちに早くタイムカードを切るぞ!

 会社の外にさえ出てしまえば、忘年会を知らなかったと言い訳がつく!」


「バカ! そっちは……」


『今日、行クヨネ?』


上司の眼前だった。

その赤き単眼には明らかに断る可能性を廃した光がある。


「あ……ああ……」


『目上ノ人間ガ誘ッテイルンダヨ……?

 君ヲネギライタインダ』


「谷口! 体調不良バリアを使え! 早くしないと手遅れになる!」


体調不良バリアは時間を置くほどに効果が薄れていく。

聞かれたときに口ごもれば「わざとらしさ」が出てしまうのだ。


「俺……ちょっと今日は体調が……」


『……ヘェ』


「病院の予約もあるので……」


年上で、立場が上の人間に自分の事情を話すことは

宣戦布告を伝えるほどの勇気がいる行為だった。



『……デモ、今日元気ダッタヨネ?』



「ぐああああーーー!」

「谷口ィーーーッ!!!」


そして、そのかぼそい宣戦布告は圧倒的な強者により抹殺されてしまう。

年功序列という名の魔城は雑兵の反乱ごときにびくともしない。


ついに残ったのは俺ひとりだった。


「使うか……この切り札を……」


この日のために用意していた伝説の剣「アルハラ」。


かつてはヴァルハラに封じられていた聖剣であったが、

現代の悩める社会人が公然と上司の依頼をぶった切るために天界より使わされた名刀。


しかし、その凄まじい切れ味ゆえに大地と社内環境を一刀両断。

「あいつは絡みづらい」などと思われて避けられてしまうという副作用を持つ。



(どうする……このために使うべきか……)



上司は逃げるウサギを追う狼のごとく、オフィスに残る社員に目をつけた。


『ホラ、ソロソロ行クゾ』


「ぐっ……!」


すでに「全員参加」という神話を信じて疑わない声音。

アルハラの剣を構えるが副作用が脳裏にチラつき剣を抜けない。


「どうして……」


『ン?』


「どうしてわざわざ飲み会なんですか!?

 コミュニケーションはわざわざ場を用意しないとできないんですか!?」


『ドウシタ急ニ』


「子供の頃は飲み会なんかしなくても自然と友達ができたじゃないですか!

 なのに、大人になったら酒を経由しないと親睦が深めないなんておかしい!」


『……』


「親睦を深めるのなら、毎日少しづつでいいじゃないですか!

 軽く挨拶したり、ちょっとした時間に話したりもできるはずです!

 時間と金と手間をかけて飲み会をセッティングすることに意味があるんですか!?」


俺は剣を抜くことができなかった。

それでも俺の心の剣で切りかかった。


上司はうんうんと頷いてから即答した。



『 そういうものだから 』



俺の心の剣はいとも簡単に折られた。

数十年も続けていた年中行事をたかだか俺ごときの反論で閉じることなど無い。


城の外壁に馬糞を投げつけた程度で攻め落とすことなどできはしなかった。


『ジャア行クゾ。遅クレルト、店ニモ迷惑ガカカル』


「うあああーー! いやだぁぁ! 助けてぇぇーー!」


頭の中ではドナドナの曲と、蛍の光が渾然一体となって流れ続けている。

襟首を掴まれた俺はもはや抵抗することはできなかった。


『ナニ!? 中止ニナッタ!?』

「え!?」


『予約ガ失敗? 他ノ店モ忘年会デ使エナイ、ダト?』


そのとき、空を覆っていた暗雲が一気に晴れた。

青空の下には虹がかかり、天使がラッパを吹いている。


俺の首と足にかかっていた奴隷の足かせは砕け散り、

背中からは自由へと羽ばたくための天使の羽が生える。


「やった! やったぁぁぁ!!!」


たとえ、馬糞レベルの抵抗であったとしても

やがては大きな結果をもたらすことがあるのだ。


頭の中には帰宅してからの時間の使い方で夢が広がる。


貯めていたゲームをしようか。

友達を誘って食事に出かけようか。


上司はニコリと笑った。





『忘年会ハ中止ニナッタケド、次ノ新年会ハ絶対ヤルゾ』

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