天使の瞳は未来を見るか

ラウンド

第1話 ゆりかごの守護天使

 時は遥かな、それでいて近しい風景の残る未来。

 人類は思いもよらない脅威との遭遇によって、嘘のように生活圏を狭めていた。

 それは、栄華を極め、その版図を広げようと、太陽系外宇宙への進出を進めていた時に起こった、ある事件が発端だった。

『コンタクト・デビルス』『厄災との接触』『逢魔が時』

 今を生きる人々は、人類の快進撃に待ったをかけた事件のことを、そう呼ぶ。

 呼び方は様々だが、そこに大した違いはないし記号以上の意味もない。しかし、事の真相を端的に表現するには、これ以上ないほどに役立っていた。

『第五惑星における悪魔の如き生物との敵対的接触』

 公的な報告書では、この事件はそのように記述されている。

 人類が、宇宙に進出した結果、空想や信仰上で語られる、いわゆる『悪魔』のような外観を持つ生物に遭遇。その驚異的な能力によって、版図の拡大はおろか、生存をすら脅かされることになってしまったのである。

 しかしある時、人類は緩やかな敗北を経験していく中で、後退を食い止める糸口を掴むことになる。

 これは、その「糸口」の一つ。悪魔たちから人類の生活圏「ゆりかご」を護る役目と力を与えられた不滅の守護者たち、通称「天使」たちの話である。


 軍服のような制服に身を包んだ少女が独り、三方を壁に囲まれた無機質な空間に存在している。壁の無い場所からは空が見え、少し視点を下ろせば草原も見える。

 その、部屋と呼ぶには広大過ぎる空間には、他にも専用の土台に支えられた一丁の重厚な狙撃銃と、空間に似つかわしくない一脚のリゾート用チェアーとテーブルがあった。

「よっこいせ、っと」

 少女は、寝転がっていた椅子から体を起こし、立ち上がる。

 その際、周囲の無機質さからすれば、リゾート用家具よりも異質に映る、鮮やかな赤い髪が揺れた。

「そろそろ、お仕事の時間かな」

 呟くと、彼女は狙撃銃を軽々と持ち上げて構え、装着してある拡大鏡を覗き込む。拡大された視線の先には、巨大で赤黒い体に獣のような手足と毛を持つ、頭部に角の生えた人型の存在が居た。

 大型の獣が歩くように土煙を上げながら動くそれは、真っ直ぐに少女が居る場所へと向かっており、明らかな敵意を周囲に発散している。

「おー、おー。今日もまた良い感じに雁首揃えたってカンジ? 今日も良い日だ狩り日和ってね」

 誰に聞かせるでもない軽口を口にしながらも、少女は、拡大鏡の照準を人型存在の頭部から外すことはない。狙撃手がそうするように、じっと時を待っている。

 すると。

『……ミカ、聞こえる?』

 少女が着けているインカムのイヤホン部に、一瞬だけ軽いノイズが走った後、若い女性の声が放送された。

「ほいほーい、聞こえてるー。今日も澄み切った良い声で安心するよ、イクス」

 声の主からミカと呼ばれた少女は、それに対して揶揄からかうように応じつつ、狙撃銃を持つ手に力を込める。

『それ皆に言ってるでしょう? 後輩が惚気てたよ。まあ良いか。もう見てると思うけど、ミカの守護する壁に悪魔デモニックが十匹、接近中。撃破をお願い』

「オーケー。倒しちゃって良いってことね?」

『捕獲はしないみたいだから、残弾を気にせず、徹底的にやって良いわ。相手が増えたらナビゲートするから、そこは任せて』

「ほーい。それじゃあ、また後でっ!」

 言葉を終わると同時に、ミカが狙撃銃の引き金を引いた。

 銃口から赤白い光が迸る。ほぼ同時に重量のある銃声が周囲に轟き、その数秒後には、拡大鏡で照準していた人型存在の頭が爆ぜて消滅した。

「まず一つ」

 ミカは、跳ね上がった銃口を落ち着かせつつも、隣の人型存在へと照準をつける。そして、頭への狙いが定まると同時に発砲する。

「二つめ!」

 最初と同じように、頭部が爆ぜて消滅する人型を確認した彼女は、そこからは流れ作業のように、照準の移動から、頭部へと狙いを定めて狙撃するという動作を、人型存在が完全に消滅するまで繰り返した。

「これで最後っと!」

 迎撃戦の開始から何度目かの、銃口からの光と轟音が空間に満たされる。

 ミカが覗く拡大鏡の向こうでは、背を向けて逃げようとしていた人型存在が、後頭部に巨大な穴を穿たれて消滅していく様子が見えた。

「よしよし。楽勝、楽勝。終わったよ、イクス」

 それを見届けたミカは、狙撃銃を専用の土台へと載せてから、インカムのマイク部分に声を入れた。

 すると、直ぐにイヤホン部分に軽いノイズが入り、程なくイクスの声が放送される。

『お疲れ様、ミカ。こっちでも消滅を確認したわ。増援も無いから、取り敢えず終わりということで、大丈夫ね』

「ほーい。あ、そうだ。イクスは今日の夜、空いてる?」

『どうしたの? 突然。空いてるけど』

「それじゃあさ。今日のお務めが終わったら、久しぶりにご飯食べに行こうよ。良いお店見つけたんだ。誕生日のお祝いも兼ねてさー」

『わ、覚えてたの? なら、事務仕事が終わったら連絡するって感じで良い?』

「オーケー。ならそれで」

 慣れゆえか、ただ気にしていないだけか。戦闘直後とは思えないような、のんびりとした会話を繰り広げる二人。待ち合わせの約束を交わした後も、二人は世間話を続けた。

 数分後。

『あ、ごめん! 緊急よ。少し離れた場所に、さっきのと同じ奴らが十匹出てきたみたい。迎撃をお願い』

「え、また? 了解。ちゃちゃっと片付けるよ」

 話の終わりに、椅子に腰かけようと構えていたミカは、行為の当てが外れて少し不満げな表情を浮かべる。しかし、直ぐに表情を引き締めて狙撃銃のもとへと向かうのだった。

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