再生の技法
岡田 浩光
第1話 構造体における歯車の力
「今の子供達は一人一つの核兵器を持っている時代」
そんな風に学者が語ったのはいつ頃だったろうか。遺伝子操作技術の発展の末デザインチャイルドは初期の段階では批判の嵐ではあったもののその効果、さらにαゲノムの発見により不可欠なものとなった。
αゲノム・・・人間の持つこの世の物理現象を無視するゲノム型エンジン
αゲノムを発現するに至った子供達は古い時代のSFが夢見た超能力なるものを持つに至った。超能力のカスタマイズはまだできず個人により能力は違う、しかしそれがあるなしでは子供の将来約束されるものが違う。
なんていうのは前時代的な考えである。誰もが自分の特性を考えず夢を追いかけることを推奨されていたカオスな時代。それはそれで楽しかったであろうが、ある一点の頂点を生み出すためにどれだけの土台が必要だったのか。土台になった人々は一体どんな思いだったのか。
現代ではマザーの適応診断によりその人の特性に一番あった職業を割り当てられる。強大無比なAIの演算により、かつては均質化することでくみ上げられていた社会がそれぞれの個性を残したまま巧に形成されるに至っている。
マザー、そうマザーだ。全人類の知識の集大成。至るべき道の果て。マザーブレイン。
2000年代、急速に発展していったAIは人間の思考速度を遥かに超える進化を遂げマザーブレインと呼ばれるシステムに集約していった。
最初予期されていたのはAIが単純労働を駆逐するであろうという意見だったが。
それは間違いであった。
AIが駆逐していったのは金融、政治、裁判などの人間が行うべきだとだれもが考えていた仕事を奪っていった。幾たびの反発もあった。しかし、我ら人類が自ら生み出した人工頭脳がそれらを軽々と打ち破り我らの上に君臨するに至った。
我らはマザーブレインの吐き出す計算結果をそのまま行う、「全人類単純労働作業者」の時代がやってきたのだ。
昔の創造性などの人類しか持ちえないと思われていた価値は消え去り、いかにマザーブレインの指示通り動けるかが優秀な人間とそうでない人間を分けるようになった。
「伊藤君聞いていますか?」
しまった今は授業中である。子供たちが恐るべき超能力を持つに至った現在、教師というのは選りすぐりの「エリート」しか務まらない職業である。彼らは子供たちの一挙一動見逃すことはない。ぼーっと窓の外を眺めている生徒を無視したりはしない。
「はい、すいません聞いてませんでした」
「それはいけませんね」
先生は皆を見回しながら、微笑む聖職者の様に、全てを知るプログラマーの様に言い放った
「皆さんどうするべきだと思いますか」
即座に隣の席の女子が立ち上がった
「はい。授業に集中しないのは良くないことだと思いますがでもその日の体調などそれができない状況もあると思います。そんな時は私たち周りの人が注意してあげるべきだと思います」
後ろの席の男子も立ち上がった
「はい、僕も伊藤君が窓の外を眺めていることを知っていたのに注意してあげることができませんでした。ごめんね伊藤君」
先生は満足そうにうなずいて僕に話しかけた
「そうですね。伊藤君は確かに授業に集中しておらず良好な生徒とはいえませんでした。しかし、完璧な人間などはいません。それでも」
僕は分かっている。先生は1秒間をとる。
先生は1秒間をとった後かみしめるように言った。
「完璧な集団になることはできます」
ここで笑ってしまうと特別講義を受けることになるので僕は申し訳なさでどうしようもない顔を作っておく。
「分かりますね、伊藤君」
僕は立ち上がり家でひそかに練習していたセリフを放つ。
「はい。分かります。僕は皆さんの貴重な時間をいただいてしまいここは謝るべき場面だと思います。しかし、僕はあえて言わせていただきます」
ここで一呼吸
「ありがとうございます」
みんな真剣な顔で僕を見つめ話に耳を傾けてくる。
まいった
「今僕の胸にあふれる気持ちは感謝です。僕の周りにはこんなにも自分のことを思ってくれる人がいるなんて。僕は皆さんに誓います。完璧な集団を構成する一人となることを」
その瞬間教室は拍手に包まれた。
これが完璧な集団、完璧な社会、完璧な個人。
完璧な歯車。
今まさに俺はこの集団に完璧な歯車として組み込まれた。
その時、俺の目の端にはその様子を冷めた目で見ている女子がいた。
その馬鹿にしたような目を見たとき、俺は救われるような気持ちがする。これまでの悲しみ、苦しみがその海のような目に溶け込んでいく気がする。
俺はその目をとても美しいと感じたんだ。
君はどう思っているのだろう。もう気づいているだろう。この異常事態が永遠に続き、普遍へと変化した事態に。気づいてないとは言わせない。
言わせないさ。
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