第21話 完全無欠少女、正体!
ルヴィリアの朝は早い。
日課であるミエリィの部屋の天井からの覗き、もとい観察を終えたルヴィリアはある場所へと向かった。
それは学院の図書館である。
優秀な魔術師を育成するため、ローランド魔術学院には世界各地からあらゆる魔術書が集められている。
そして一部の禁書に指定されている魔術書を除き、その全てが図書館に納められており、生徒の閲覧が自由になっている。
蔵書の数は世界最多であり、ローランド魔術学院を世界最高峰の学院足らしめる一端を担っていた。
ルヴィリアが図書館を訪れたのには理由がある。
それはある魔術を身につける為だ。
それは所謂千里眼といわれる魔法である。
大気中に存在する魔力に干渉し、対象物の姿を離れたところからでも見ることができるというものだ。
この魔法の難しいところは自身の魔力だけでなく、大気中の魔力に干渉する必要があることである。
自身の魔力は己の一部であり、訓練こそ必要ではあるが慣れれば誰でも呼吸をするように自在に操ることができるようになる。
だが、大気中の魔力となるとそうはいかない。
自分が使いやすいよう最適化されている自身の魔力とは異なり、常に変動的でそれを捉えるのは至難の技だ。
例えるなら自身の魔力の行使を蛇口を捻って水を出す行為だとしたら、大気中の魔力に干渉することは霞を手でつかんで水にするといったところだろう。
更に千里眼の場合、対象物の周囲の魔力にまで干渉する必要がある。
大気中の魔力への干渉は距離が離れるほど難易度が上がる。
使用する魔力は増加し、より繊細な魔力操作の技術が求められる。
それが千里眼の使用者がほとんど存在しない理由である。
ではなぜルヴィリアがそれほど使用難易度の高い魔法を身に付けようと思ったのか。
それは現状のミエリィ観察環境改善のためである。
これまでは記録水晶を用いてミエリィの盗撮、もとい観察を行っていたが、授業中の水晶の行使を教員に咎められてしまった。
まあ、私としても記録水晶を用いた観察には限界を感じていたので丁度良かったともいえるが。
記録水晶の欠点として、事前にミエリィが来るであろう場所に水晶を設置する必要があるのである。
場所が事前にわかっている授業などはいいが、それ以外の行動を盗撮、もとい観察するのは現実的ではなかった。
学院の各所に記録水晶を設置してみたが、ミエリィの行動の全てを辿るには至らなかった。
そこで思い出したのが千里眼だ。
もしこの魔法を使いこなすことができれば、好きなときにいつでもミエリィを観察することができる。
現状使用者がいないと言われるほど難易度の高い魔法であるが、過去には使えたものが実際にいたのだ。
その程度の魔法を使いこなせないようではミエリィに追い付くことなど夢のまた夢だ。
私は図書館で千里眼の魔術書を入手すると早速訓練を始めた。
幸いこの魔法は使用場所を選ばないため、いつでも訓練をすることが可能だった。
ほんの一寸先の様子を観るだけでも多くの魔力と集中力を必要とする千里眼だったが、ミエリィをいつでも観たいという貪欲な執念がルヴィリアの成長を急速に促進した。
その結果、僅か数日で使用者のいないとされる千里眼を使うことができるようになったのだ。
使用中は一切動くことができないし、自身の周囲に注意を払うことができないため無防備になってしまう。
更に有効範囲は学院内程度ととても千里を観ることはできないが、それでもミエリィを覗く、もとい観察するには十分だった。
千里眼を会得したルヴィリアは教室に来るなり自分の席で目をつむり、ミエリィを観察するようになった。
絶えず消費する魔力をポーションで補いながら、日がな一日ミエリィの覗きに耽るルヴィリア。
常時魔法を使用することによる疲労で顔色が白くなり、常に瞳を閉じている彼女。
その姿は元の容姿が優れていることもあり、まるで絵画を抜け出してきたかのような美しさを醸し出していた。
深窓の令嬢を思わせる佇まいはBクラスの生徒たちを魅了していたが、ミエリィを覗くことが忙しいルヴィリアがその事に気がつくことはなかった。
◇
ミエリィを観察していたある日、彼女の動きに異変があった。
友人を引き連れた彼女は私の教室の様子を伺っているようだ。
今まで彼女がBクラスを訪れたことはない。
いったいどうしたのだろうか。
誰か知り合いでもいるのだろうか。
私が彼女を観察してきた限りでは、Bクラスにそれほど親しい相手はいなかったはずだが。
不思議に思いながら観察を続けていると、友人を置き去りにして一人で教室へと入ってくるミエリィ。
彼女は軽やかな足取りで教室を進む。
そして私の席の前で足を止めると言った。
「こんにちは!
あなた、もしかして幽霊なのかしら?」
幽霊?
いったいなんのことだろうか。
それよりどうして私のところに。
隣室ではあるが、普段交流はしていない。
話しかけられるような関係ではないはずだが。
ルヴィリアは千里眼を切ると瞼を開いた。
するとそこには視界いっぱいに広がるミエリィの顔があった。
長い睫毛にエメラルド色の瞳、透き通るような白い肌が目の前に!
いつも天井裏や水晶や千里眼で見ていたがまさか肉眼で、それもこれ程至近距離で見ることになるだなんて!
顔が熱くなるのを感じる。
きっと今の私の頬はリンゴのように赤く染まっているのだろう。
同性であることは理解しているが、この胸の高鳴りはいったいなんなのだろうか。
せっかくミエリィの方から話しかけて来てくれたというのに、緊張でとっさに言葉が出なかった。
私が沈黙していると、廊下に取り残されていた彼女の友人たちが慌てて教室に入ってきて「申し訳ありませんでした!」といいながらミエリィを連れて去っていった。
まるで嵐のような出来事に教室内は暫しの間静寂に包まれていた。
◇
「ああ、思わずミエリィちゃんを無理やり連れ出しちゃったけど、あれって無礼だったよね!?
どうしよう、私みたいな庶民があんなことしたら処刑されてもおかしくないよ~……」
「まあ落ち着け、エル。
ルヴィリア様が暴君であるという話は聞いたことがない。
それほどひどいことにはならないはずだ。
いざというときは私も微力を尽くすから心配するな」
「エリスさん~!」
「よくわからないけど、彼女とはきっと良い友達になれると思うわ!」
「ミエリィちゃんが皆と仲良くなりたいっていうのは良いことだと思うけど、心臓に悪いからほどほどにして欲しいかな……。
それにいくらなんでもルヴィリア様はハードル高すぎるよ。
さっきだってミエリィちゃんに話しかけられて顔を真っ赤にして怒っていたし」
「そうかしら?
いつも天井裏でかくれんぼしているし、よく私に魔法を使ってくるから私とお友達になりたいんだと思っていたわ!」
「?
よくわからないけど、ミエリィちゃんは段階を踏んで友達になることを覚えた方が良いと思うよ……」
「そういうものかしら?
それなら次からは段階を踏むようにするわ!」
「その顔は絶対わかってないよ~」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます