第18話 完全無欠少女、架け橋!

『おお、やはりミエリィであったか!

 たまたま近くを通りかかったら知っている魔力を感じたのでな。

 元気にしておったか?』


「ええ、とっても元気よ!」


『ほほ、そうかそうか。

 まあ、そなたの元気を損ねることなど例え不治の病や魔王でさえ無理であろうがな』


 俺は目の前の光景を素直に受け入れることができなかった。


 なぜマイリングは竜と親しげに話しているんだ?


「お、おいマイリング。

 その竜は知り合いなのか?」


「ええ、そうよ。

 クロは私の友達なの!」


『我を捕まえて友達などとのたまうのは、世界広しといえどもミエリィだけであろうな』


 愉快そうに笑う竜とその頭に飛び乗って撫でているミエリィ。


 人と魔物が、それもただの魔物ではなく災厄とも例えられる竜が仲良くしているなど、実際に目にしても信じることができなかった。


「マイリング、その竜に危険はないのか?」


 口にした瞬間、竜がその鋭い眼光で俺のことを睨み付けた。


 しまった、失言だった!


 竜を前にして聞くことではなかった。


 だが、一度口にした言葉が戻ることはない。


『ミエリィよ、この人間はこう言っているがどうなんだ?

 我は危険か?

 確かにこいつらの血肉を喰らえば、多少は我の糧となるかもしれんと思うが』


 自らをエサとしか見ていない竜の発言に、生徒たちはその場に崩れ落ちた。


 もはや逃げる気力も湧いてこないほど圧倒的な強者にエサだと言われ、それを本能が受け入れてしまっていた。


 俺自身こんな奴を足止めしようとしていただなんて、片腹痛い。


 仮に挑んでも生徒たちが一歩逃げ出す時間すら稼げなかったであろう。


 今この瞬間、俺を含めた皆の命を握っているのはこの竜であり、その竜を止められる可能性があるのはマイリングだけだ。


 俺はすがるような思いでマイリングのことを見つめた。


「そんなことをないわよ。

 だってクロが好きな食べ物はシアの作ったアップルパイだもの。

 私、人は食べたことないけど、シアのアップルパイはそれより絶対美味しいと思うわ!」


 マイリングの言葉を聞いて俺の頭は真っ白になった。


 ああ、こいつは現状を理解していない。


 俺たちの命がこの竜の気分次第で散らされるということをわかっていない。


 真偽はわからないが、この竜と友達だというマイリングだけが俺たちの生命線だというのに。


 それなのにアップルパイだと!


 魔物が味で獲物を選ぶものか。


 生き物の血肉から魔力を吸収することで、より強力な存在へと昇華する。


 それが魔物というものだ。


 魔物がアップルパイを食べてどれだけの魔力を得られるというのか。


 もちろんアップルパイだって元を辿れば植物なので多少は魔力が含まれているだろうが、その量は人間と比べるまでもない。


 アップルパイが好きだから人間を襲わないなんてそんなわけ……。


『確かにアップルパイは旨いな。

 パイのサクッとした食感と、リンゴの甘酸っぱさが堪らん。

 それに比べ人間の肉ときたら、筋張っていて雑味も多くて食えたもんじゃない。

 アップルパイの方が何倍も良いわい』


 そんなわけあった?!


 いや、どうやら過去には人間を食べたことがあるようだが、今は食べないのか?


 マイリングは何も考えていない奴だと思っていたが、しっかり俺たちを食べさせないように話を誘導してくれていたんだな。


 俺はマイリングのことを誤解していたのかもしれない。


 これからはもっとマイリングの発言についても精査して考える必要がありそうだ。


「そうだわ、クロ!

 今日、私たちは魔物さんたちと遊ぶために、ここまでピクニックに来たの。

 せっかくだからクロもみんなと遊びましょう!

 きっとすごく楽しいと思うわ!」


 違った。


 俺の勘違いだった。


 マイリングの奴は何も考えていない!


 竜と遊ぶだと!?


 俺たちを殺す気か!


『ほう、魔物である我と遊ぶというのか』


 目を細め、俺たちの方を見つめる竜。


 あれは捕食者の目だ。


 この竜はわかっている。


 マイリングの'遊ぶ'という言葉の意味が、魔物を倒しに来たのだということを。


 同じ魔物として同族意識があるのかもしれない。


 もしそうなら俺たちはその仇だ。


 このまま流されて遊ぶなんてことになったら、確実に喰われる。


「マイリング、今日の授業はもう終わりだ。

 帰りが遅いと学院の先生たちが心配するぞ」


「あら、そうなの?

 それなら仕方ないわね」


 ふう、どうにかなりそうだ。


 後はこのままこの場を離れることさえできれば。


『まあ待て。

 学院というのはあっちにあった人間の街のことだろう?

 これくらいの距離ならば、我とミエリィがいれば一瞬で帰れるぞ。

 少しくらい遊んでも問題あるまい』


「確かにそうね!

 それじゃあみんなで遊びましょう!」


「しかし、マイリング。

 みんなも疲れているし、勝手に予定を変えるのは……」


『くどいぞ、人間』


 竜のその一言で俺の虚しい抵抗は一蹴された。


 無力な俺にできることは、ただ無事を祈ることだけだった。


 ◇


「おい、なんだこれは……!?」


 兵士の1人が呟いた。


 どうやら彼らは俺たちが演習をしている方へ竜が飛んでいったのを見て、心配して来てくれたようだ。


 まあ、結果から言うと彼らの心配は杞憂だったわけだが。


「うおーっ!

 高えー!」


「見てみて!

 あんなに遠くまで見えるわ!」


 兵士たちが戸惑うのも仕方ないだろう。


 なぜなら竜が生徒たちを背中に乗せて空を飛び回っているのだから。


 どういうわけか竜は本当に生徒たちと遊び始めた。


 文字通りの意味で。


 初めは戸惑っていた生徒たちだったが、マイリングが両者の仲介をすることで次第に距離が縮まり、今では竜の背中に乗る順番待ちの列ができているほどだ。


 俺は今まで魔物は全て敵だと思っていた。


 例え話せるだけの知性がある魔物でさえ、人間と顔を合わせればすぐに襲ってくる。


 それが常識であるし、今でもそれが正しい認識だと思う。


 だが、こうして人間と魔物が共に遊んでいる光景も悪くないと思う自分がいる。


 俺はさっき竜にこっそり言われたことを考えていた。


『人間よ。

 我はミエリィが友と呼んでくれる限り、奴を悲しませるようなことをするつもりはない。

 だが、勘違いをするなよ。

 我が特別なだけであって、他の魔物は人間を襲う。

 お前は見たところ他のものを導く立場にあるであろう?

 ならばこいつらがむざむざ魔物に殺されたりしないよう導くことだな。

 こいつらのことはどうでも良いが、こいつらが死ねばミエリィはきっと悲しむだろう。

 我はそのようなことは望まん。

 精々頑張ることだな』


 竜は自分のことを特別だと言っていたが、俺からしたら同じ魔物だ。


 そんな竜を友と呼ぶマイリングならば、他の魔物とも仲良くできるのではないか。


 人間と魔物の架け橋になれるのではないか。


 ふと、スライムと戯れていたマイリングの姿を思い出した。


 あの光景が、今目の前に広がるこの光景が当たり前になる日がいつか来るのかもしれない。


 だからこそその日が来たときに、その光景の中にみんながいることができるように教え導かなくてはいけない。


 楽しそうな生徒たちと魔物の姿を目に焼き付けながら、ロイスは決意を新たにした。


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