第16話 完全無欠少女、野外演習!

「今日は学院都市の外へ出て、魔物を相手にした実技演習を行う」


 Aクラスの面々を前にロイスが言葉を発した。


 魔物。


 それは世界各地に存在する魔力溜まりと呼ばれるスポットから自然的に発生する、限りなく生物に近い魔力の塊である。


 生き物はそれぞれ大なり小なり魔力を保有しており、魔物は生き物の血肉から濃厚な魔力を摂取することでより高位の存在へと進化するといわれている。


 進化した魔物には知性が芽生えることもあり、中には人の言葉を話す魔物も存在するらしい。


 魔物は当然のことながら魔力を持つ人間を襲うため、魔術師の仕事の中には魔物討伐も含まれている。


 ちなみに魔族は血肉の通う生物であり、魔物とは全くの別物である。


「お前らの中には既に魔物を倒したことがある奴もいるだろう。

 今日は学院都市近郊に出現する比較的弱い魔物を討伐するだけだが、だからといって油断はしないように。

 人はナイフ1本で簡単に死ぬ生き物であることを忘れるなよ」


 生徒たちは皆真面目にロイスの話を聞いていた。


 険のある視線を向けてくる者はいるが、見下したり馬鹿にしたりする者はいない。


 平民の出身ではあることは癪だが、魔術師としてのロイスは認められたということだろう。


 真剣な表情の生徒たちを見て、教員として嬉しい気持ちが込み上げる。


(こいつらはきっと良い魔術師になるぞ)


 心なしかロイスの表情が柔らかくなる。


 だが、そんな中に1人、明らかに様子の異なる生徒がいた。


「……マイリング、俺の話を聞いていたか?」


「ええ、これからみんなでピクニックに行くのよね!」


「お前は何を言っているんだ!

 魔物討伐だ、魔物討伐!」


「そういえば魔物さんたちって紅茶好きなのかしら?

 口に合うと良いのだけれど」


「知るか、そんなこと!

 いくら実力があるとはいえ、油断して困るのはお前だぞ。

 分かっているのか」


「そうね、魔物さんに美味しいって言ってもらえるよう、手によりをかけて振る舞うわ!」


「何もわかってない!

 ……はあ、お前は大人しくしていろ」


 ロイスとてミエリィがこの辺りにいる魔物にやられるとは思っていない。


 だが、いくら強いからといっても所詮人間だ。


 無防備なところを襲われれば、ゴブリンの錆びたナイフでだって命を落とす。


 自分より強い相手とはいえ、ミエリィはロイスの生徒だ。


 危険な目に遭って欲しくはないし、危機管理をして欲しいところだが、どうすればその事を理解してくれるのかがわからない。


 ただの野外演習のはずが、どうにものが重いロイスだった。


 ◇


 本日の演習場所に選んだのは学院都市から少しのところにある草原だ。


 街道から離れているため人通りが少なく、見晴らしが良好なので魔物の接近にも気がつきやすい。


 初めての演習なのだからこれくらいが丁度良いだろう。


 いきなり森なんかで演習をすると慣れない内は魔物の接近に気がつくことができず、余計なリスクが伴ってしまう。


 優秀な生徒たちだが、だからこそ命の危険があることに関しては一歩ずつ段階を踏んでいくべきだろう。


「今日はここで魔物討伐の演習を行う。

 それぞれ散開して訓練に当たってくれ」


 ここらにいる魔物はスライムなどの知性が低い魔物だ。


 集団で近づいても警戒されて逃げられるなんてことがないので、最初の訓練にはもってこいだ。


「先生、確かに油断は禁物だと思いますが、流石にスライムでは訓練にならないと思います」


 確かにスライムは物理耐性はそれなりにあるがそれでも中心にある核を壊せば倒せるし、魔法耐性に関しては紙並みなため、生徒たちには容易い相手だろう。


 移動速度も遅く攻撃も基本的に体当たりが中心なので、襲われても回避しやすい。


 唯一相手を包み込んで体内の酸で溶かす攻撃が厄介と言えば厄介だが、それほど強力な酸ではないので落ち着いて対処すれば問題ない。


「お前の言う通りだろう。

 簡単な訓練かもしれないが、そこから何かを見いだせるかはお前たち次第だ。

 例えば乱戦になったことを想定して近くにいる仲間を巻き込まないような魔法の制御ができるか、あえてスライムに捕まりその際に冷静に対処できるか。

 どんなことにでも言えることだが、基本は大切だ。

 基本を試す相手としてスライムほどうってつけの的はないだろう。

 まあ今日は初回だからな、我慢してくれ。

 心配しなくても次からは少しずつレベルを上げていく予定だから気を引き締めておけよ。

 他にはないか?

 なら各自始めてくれ」


 それぞれ散らばってスライム相手に魔法を試す生徒たち。


 俺はそれを見て回りながら、気がついたことがあればアドバイスをして回った。


 それらしいことを言って誤魔化したが、やはり所詮はスライムだ。


 どうしても退屈な授業になってしまうが、それでも生徒たちは各々のやり方で退屈の中に意義を見いだしていた。


 ひたむきに頑張る生徒の姿を見るのはやはり心地良い。


 これが親心なのかと独身ながら感じていると、1人の生徒で目が止まった。


「……おい、マイリング。

 いったい何をしているんだ?」


「この子たちに紅茶を振る舞っているのよ!」


 目の前には円テーブルを囲むように椅子に乗せられた数体のスライムと、スライム相手に紅茶を振る舞うミエリィの姿があった。


 ふと目の前の光景に違和感を覚える。


 もちろんスライムに紅茶を振る舞っていること自体違和感の塊だがそうではない。


 スライムたちが大人しいのだ。


 いくらスライムの知性が低いとはいえ、人が近づけば襲ってくる。


 このように椅子に大人しく乗っているなんてことありえない。


「マイリング、なぜこいつらはじっとしているんだ?」


「この子たちすごく元気が良いから、紅茶を振る舞っている間は大人しくしてもらっているの」


 何か恐ろしい言葉がさらっと聞こえたが、気のせいだろうか。


 魔物を大人しくさせる?


 いくら相手がスライムとはいえ、そんなこと簡単にできるはずがない。


 どうなっているんだ?


「でもそうね、無理やり紅茶を振る舞われても美味しく飲めないわよね。

 それならしばらく一緒に遊びましょう!」


 ミエリィの言葉と共に身動きひとつしなかったスライムたちが一斉にミエリィを襲いだした。


「マイリング!?」


 思わずスライムたちに押し倒されるようにして地面に転がるミエリィに声をかける。


「あははっ、くすぐったいわ!

 それにしてもあなたたちプニプニしていて気持ちいいわね」


 だが無駄な心配だったようで、スライムに襲われているというのに、ミエリィは子供のように目を輝かせてスライムをつついて感触を楽しんでいた。


 スライムを抱き締めたり、撫で回したりと人形を貰った子供のようなはしゃぎっぷりだ。


「……おい、いくらスライムとはいえそんなことしていたら溶かされるぞ。

 早く引き離せ」


「大丈夫よ。

 だってこんなに気持ち良いんだもの!」


 全くこいつは。


 ここは心を鬼にして皮膚が溶け始めるのを待つべきか?


 流石に皮膚が溶ければ痛みでスライムを引き剥がすはずだ。


 酷かもしれないが、これも教訓だ。


 ポーションは持ってきているので、後で飲ませればスライムに軽く溶かされた程度の傷なら直ぐに完治するはずだ。


 それからしばらくロイスはミエリィを見守っていたが、スライムに揉みくちゃにされる彼女はいつまでたっても悲鳴を上げることはなく、楽しそうに笑うだけだった。

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