わたしときみと、芝生のふかふか
古代紫
第1話
雨上がりの空。
ちょっと遠くに白い雲が流されてる。
朝はかなり降ってたから、お昼になるとこんなに晴れるなんて思わなかった。
お気に入りの傘は畳んで右手に持って歩く。
学校の帰り道、濡れたアスファルトがキラキラと水玉を照らす道を君と一緒に。
君は私より少し早く歩いて、私はその後ろを遅れないように付いて行く。
……ふぅ。ちょっと歩くの早いよ。
水たまりをつま先で弾くたびに、小さな水玉がキラキラ空を舞って地面に落ちていく。
「ずっと雨だったからつまんなかったけど、雨上がりもいいねー」
君は弾いた水玉みたいにキラキラな笑顔で私に話す。
けれども私は何を言っていいのか分からず、「そうだねー」としか言えなかった。
私、すぐに目をそらしちゃったし……。
ふぅ、と小さな溜息をつきながら歩く。
並んで歩こうと思って早歩きになって隣まで来てみる。けれどもなんだか気恥ずかしくなって、やっぱりちょっと後ろで歩くしかできない……。
いつからだろう? いつの間にかこうなってたんだよね?
去年からかな? それとも最近? ……いや。たぶん去年からなんだと思う。
家もそんなに遠くないご近所さん。帰り道はほぼ一緒。
前を歩く君にならって、私も同じように水たまりを弾いてみる。
フワッと上がった水玉はちょっと私の足にかかって、パタパタとアスファルトに落ちていく。
雨の上がった七月の天気は湿っぽいけど、十分いいお天気。じめじめした六月は嫌いだけど、雨上がりの空はそれを帳消しにしてくれるくらい好き。
地面を押し潰してしまうかと思うくらいの重い灰色の雨雲から、久しぶりにこんにちはの空。吸い込まれてしまいそうなくらいの青い色。海みたいに広くって透き通った青。
君の好きな色で……
私の好きな色。
「ねえ、せっかく雨が上がったんだからさ、ちょっと遠回りしようよ」
前を歩いていた君が振り返ってそう言った。
頭の中でぐるぐるぐるぐる考え事をしていた私は、君の言っていることがすぐには分からなかった。
「へ……?」
言ってから激しく後悔。
ああああああ……何言ってんのよ! 「へ……?」なんて一番やっちゃいけないでしょ! そこは「うん」じゃないとダメでしょ!
「だから、遠回りしようって……せっかくだからさ。嫌なら別にいいけど……」
「い、いや……行く! 行こう! せっかく雨が上がったもんね、レッツゴー!」
片手を空に突き上げてごまかす。
君は「よし、じゃあこっち行ってみよう」って言って、普段は通らない路地に入っていった。
ひゃぁ、びっくりしたぁ。いつもと同じように帰るんだとばかり思ってたのに、突然言い出すんだもん。
でも遠回りってことは……
すごい! いつもより長く一緒に居られるッ! そしたら……もしかすると……。
一回立ち止まって深呼吸。
湿った空気をいっぱい吸い込んで――吐き出す。
うん大丈夫。いつも通り普通にしてればいいのよ。緊張する必要なんてない。大丈夫。
「おーい。何やってんの?」
「だ、大丈夫! 何でもない!」
いけない、いけない。せっかく二人っきりの時間が増えたんだ。はぐれるなんてもったいなさ過ぎる。
君の所まで走って行って、歩調を合わせて歩く。ポイントは少し後ろで歩かないとダメ。じゃないと……。
そう思っている私をほっといて、君はどんどん先に言っちゃうと思った。けど、君は少しゆっくり目に歩いて、私の隣で歩いて歩幅を合わせてくれた。
そして……
「これなら、はぐれたりしないね」
私の右手を何か温かくて柔らかいものが包んだ。
君の左手。優しく、それでいて離すことがないように、しっかりと私の右手を握ってくれた。
私は……何も考えれなかった。
っていうか考えられにゃい!! らって突然隣に来て一緒に歩いてくれて、手も握ってくれて……ふにゃあ。もうらめ……。
って、これじゃダメ! せっかく手を繋げたのにボーっとしてるなんて甘すぎるわ! ショートケーキにあんこをのせたくらい甘すぎる! ……こしあんっておいしいよね。ってちがーう!!
私は右手に少し力を込めて君の手を握り返す。すると、それと同じくらいの強さで握り返してくれた。
直に伝わってくる君の感触と体温がとても気持ち良い。
見慣れない住宅街をずんずん歩いて行く。時々ある水たまりはひょいっと避ける。
知らない道をどんどん歩いて、目指すは知らない何か。
気持ちを落ち着かせて、ふっと顔を遠くの空に向ける。そこには、雨を降らした雲の近くに大きく、はっきり鮮やかな虹が架かっていた。
雲から雲への架け橋。赤、青、緑、紫、黄色……たくさんの色がそれぞれはっきりと輝いている。 色々な色が自己主張しても、一つのまとまった綺麗な虹になっている姿は私の中の気持ちみたいだった。
たぶん……同じ。
何か言葉をかけようにも、フワフワして落ち着かない心が頭の中の考えを蒸発させていく。暴れる心と同じ速度で言葉が出ては、消えていく。
いくら繋げ合わせようにも全然言葉にならない頭じゃ何も話せない。
ドキドキしている心が体をどんどん熱くさせて、頭がくらくらする。
「虹が出てるよ!」
やっと出てきた言葉は至極単純だった。
水たまりに映る空を傘でつついていた君は顔を上げて私の指差す方を見る。
すると、君の顔はヒマワリみたいな大きな笑顔になって、まぶしいくらい輝いた。
「すっげー。おっきな虹……」
「きれいだね」
「うん」
君は「久しぶりに見たなー」って言いながら、傘の先端で水たまりを救い上げて私たちの前にとばす。
虹と重なった小さな水滴は、大きな虹を小さく映していくつもの虹を作り出し、アスファルトに落ちていった。
あまり見ない君の笑顔をずっと見ていたくて、顔を横に向ける。
空にかかる虹と同じくらい大きくって、舞い上がった水滴よりもキラキラしてる君の笑顔。自然と私の頬も緩む。
君の横顔を見ていたら、私の視線に気が付いたのか君が振り向いた。
私の視線と君の視線がバッチリ合ったとたん、体の奥底から湧き上がる熱がフワフワする心も体も包んでいった。
火照る体と、溶けていく心はやっぱり……恋なのかな?
◆◇◆◇◆◇
次の日の朝。
ちょっと早く起きて学校に行く準備をする。顔洗って、歯を磨いて、髪をとかして朝ご飯を食べる。
うん。今日はいつもより調子がいい。
家を出て、学校に向かう。
顔を上げて、空に浮かぶ小さな雲を見ながら歩く道。青い空と、そこに浮かぶ小さな雲が一つ二つ。
昨日のことを思い出す。一緒に歩いた遠回りの帰り道。水たまりではしゃぐ君とキラキラ舞う水滴と大きな虹……。
熱くなるからだと、落ち着かない心が恨めしかった。ほとんどしゃべれずに終わった二人の時間。気が付けば私は家の前に居て、君に向かって手を振っていた。
今日こそ君に釣り合う心で隣を歩きたい。
昨日みたいな散漫思考は要らない!
いつの間にか軽くなった足で学校に到着。下駄箱で上履きに履き替えて、教室へ向かう。一段とばしで階段を上がって教室のドアを開ける。
「おはよう」
友達と朝のお決まりの挨拶を交わし、自分の席に着く。
けど……けど……。毎朝やっぱり思うのは……
なんで同じクラスじゃないのよぅ~~~。
机に突っ伏してこれまで何度思ったであろうセリフを頭の中で呟く。
今はもう慣れたけど、学年が上がってクラスが決まった時は本当に泣きそうになった。
自分の運のなさが恨めしい。
去年は同じクラスだったのに今年は別。あんまりだと思う。
おかげで去年より会える時間がずっと減った。クラス決めをした先生を呪ってやろうかとも思ったけど、流石にそれはやりすぎ。
結局、「勉強に集中できる時間が増えた」とポジティブに考えることにした。
放課後まで我慢、我慢。
◇◆◇◆◇◆
耳の遠くの方で六時間目終了のチャイムが鳴る。
……あれ!? 寝てた!?
周りのみんなが席を立って先生に「ありがとうございましたー」と礼をする中、ただ一人、机に突っ伏する私。
「寝るならばれないようにしないとな」
先生は私の方を見ずにそう言うと、そのまま帰りの会を始めた。
周りから小さなクスクス声が消える。先生の連絡も何も頭に入ってこないし、早く教室を飛び出したかった。
私は隣に座る女の子の友達に向けて顔を俯けたまま小さな声で言う。
「起こしてくれてもよかったじゃない」
「ん~いや、あんまり気持ち良さそうに寝てたから、邪魔しちゃ悪いと思ってね」
ひどい! おかげでクラスの笑われ者じゃん!
「猫みたいに気持ち良さそうな寝顔だったよ? 好きな子の事とか考えてたんじゃないの~?」
ぎう! ……たぶん……図星。
はっきり夢の内容を覚えているわけじゃないけど、この寝起きの心地良さからだと、絶対そうだ。夢にも現れた……。
帰りの会が終わってると、教科書とノートを乱暴にランドセルに入れて、ダッシュで教室を出る。後ろから友達の「今日も会いに行くの?」なんて言葉なんて聞こえないフリ。
目的の教室までやってきて、ドアを勢いよく開ける……いなかった。
ちらほら残っているクラスの子たちは一瞬驚いたようにこっちを見たけど、「なあんだ」みたいに、それぞれ談笑に戻った。
それほど私がこのクラスによく来るってことだ。
近くに居たこのクラスの子を捕まえて彼はどうしたかを聞くと、今日はいつもより帰りの会が早く終わったらしく、彼はもう帰ったとのこと。
……しょぼん。
テンションガタ落ち、気力は半減。
お礼を言って教室を後にする。下駄箱に向かう間、盛大なため息をつく。
やはり、クラスが違うってのは痛い。授業中は勉強に集中できるけど、放課後、こういうパターンがよくあるのが痛い。あっ、今日の六時間目は寝ちゃったんだ。集中できてないじゃん。
ため息をつくと幸せが一つ逃げるっていうけど、もう遅い。すでに逃げちゃった後だよ。
下駄箱で靴を履き替えながら考える。
神様なんてほんとに最悪だよ。クラス決めの時からほんとに最低だよ。
心の中で神様に悪態をつきながら、ちょっと俯き気味に校門を抜ける。
すると、右肩をポンッと叩かれた。首だけを動かして振り返ると、右ほおに何かが刺さった。
「へへ、ひっかかった~」
右手の人差し指で私の頬をグリグリしながら笑う君がいた。
地球の反対側まで飛んで行っちゃったと思うくらい驚く私にかまわず、君は私のほっぺをグリグリ……。
「ななな、にゃにスルノ!? びっくりしたぁ!」
盛大にかんだことは置いといて、ほっぺに刺さる君の指から逃れて頬をふくらます。
怒った顔を作るけど、心は飛び跳ねていた。
神様ありがとう! 悪口言ってごめんなさい! あなたは最高の神様ですッ!
ゲンキンな奴だと言う人がいれば言わせておけばいい。物事は臨機応変に対応し、考えを常に改めるべきですッ!
「昨日の帰り道で見つけた公園……一緒に行こうよ」
君は人差し指を私に向けたままそう言ってほほ笑んだ。
ドキドキしてほっぺを膨らませて立ち尽くすだけの私に、その笑顔は眩しすぎるよ。
「うん!」
収拾のつかない頭と心で何とかはっきり答えられた。よし、私頑張った。
「よし!」と言って歩き出す君の後ろをついて行く。
隣を歩くのは……私自身が落ち着いてからだ。君と同じ歩調で私が歩けるようなってから。
いつもの帰り道からそれて、乾いたアスファルトを歩くことちょっと。
昨日通った道から少し外れたとこに、芝生の公園があった。
ブランコや、滑り台はないけど、柔らかそうな芝生。結構広くて、走り回るくらいなら十分すぎるほどの広さ。
「広いねー。よくこんなとこ見つけたね」
「うん。昨日、帰る途中で家と家の間から芝生が見えたから、もしかして……と思ってね」
昨日は雨上がりだったから、芝生の地面なんて歩くと靴下がすぐに濡れちゃうけど、今日は大丈夫そう。
濡れた靴下って嫌だよね。スニーカーの中も蒸れちゃうし、じめっとした感触も気持ち悪い。
でも今日の芝生は柔らかくてあったかそう。
お日様の光もいい感じにポカポカ優しい。
君はランドセルを芝生の上に放り投げると、両手を高く上げて体を伸ばす。
「ん~……っと。ふわぁ……ふぅ~」
「わたしも……ん~……はぁ。きもちいいね~」
「うん。なにしようかなぁ? あそぶ?」
ん~。遊ぶのもいいけど二人じゃあまりできないよね。いい天気なのにあまりできることがないってのは残念だけど……。
「どうする?」って聞く前に君は荷物を持って歩いて行っちゃった。
え? ちょっとまって! もう帰っちゃうの? せっかく二人なん――えっとぉ……せっかく来たんだから、もうちょっとここに居ようよ!?
「いや、帰んないよ? そっちの木に荷物置くだけ」
「あ、なんだぁ。よかった」
「え? なにがよかった?」
「へ!? いやいやいや、なんでもないよッ!」
私も急いで付いて行く。
君は木の根元に荷物を放り投げて……
「って、寝るの!?」
「へ? うん。たまにはゆっくり昼寝もいいかな―……なんて。……いや?」
「あ、え……いやじゃないよ、うん」
「じゃあ」って言うと……ってもう寝たの!? 早っ!
……ふぅ~。やっぱり緊張してばっかりの自分がいた。
気にしないように頑張ったけど、落ち着くと心臓がすごくドキドキしてるのが分かる。
自分でもわからないほど、グルグル回った心じゃどんなことでも笑顔になりそう。せめぎ合ったいろんな気持ちが熱ばかり生み出して余計に鼓動が早くなっていくし……。
こんなに溢れてくる熱量や膨らんでいく思い……。
たぶん君のこと好きなんだ。
横になってる君の隣に座って膝を抱える。
はぁ~っと盛大なため息。
言葉にしてからだんだんはっきりしていく。
あいまいだった気持ちが分かっていく。
「たぶん」がなくなってるんだ。
地球の自転よりもっと早く回っている私の心。なんだっけ? ロンリーハートっていうんだっけ?
いつも見ていたなぁ。クラスは違うけど、暇があればいつも思ってた。夢の中でも思ってて、そこから覚めても変わらないぐるぐるハート。
でも、でもぉ……
告白なんてできないよぅ!!
今は二人きりだから、できるかもしれない。けど……う~なんかこわいよぅ。
せめて、のんきにうたた寝している君の隣で寝ていなぁ。
すぐ寝ちゃったけど、いつ起きるのかな? 寝顔もきっとかわいい……
「って、起きてたの!?」
「うん」
「ずっと見てたの!?」
「うん」
「なんでぇ!?」
「え? なんでって……? ねないの?」
「へ?」
「芝生、結構柔らかくて気持いいよ?」
「へ? どどどど、どこに!?」
「となりでいいじゃん」
「ふえぇ!?」
「いや?」
「ええええ、いいいやじゃないよッ! う~もう! えい!」
もうなんにでもなれッ!!
勢いよく背中を倒してあおむけになる。頭を軽くぶつけたけど構うもんかッ! ……痛いよぅ。
「だいじょうぶ?」
「だだだだいじょうぶに決まってるじゃん! ちょっと石頭だから問題ないよッ!」
「そう。じゃあ、オヤスミ~」
「う、うん」
さっきちょっと願ったことが本当になっちゃった……。まさか神様見てるの!? ありがとう!
空は透き通るくらい青いし、葉っぱがいい具合に日差しを遮ってくれている。言った通り、芝生はやわらかかった。ふかふかの芝生とフワッとした軽い風が時々吹いてるなんて、絶好のお昼寝日和だ。
でも、オヤスミって言ったけど……寝れるわけがない!!
頭はぐるぐる、心臓ばくばく、顔はたぶん真っ赤だよッ!
加速していく心臓がまたもや必要以上に熱を生み出していく。
君の寝息も聞こえるし、ちょっと手を伸ばせばすぐそこに君の右手がある。
そんな状況の中じゃ心臓も落ち着かないし。
ちょっと、ちょっとだけ勇気が……ちょっと手を伸ばして……。
そうすればたぶん……。
ゆっくりゆっくり、左手を伸ばしていく。芝生の上を這って行って……。
あった。君の右手。
私の左手は指先に捉えた君の右手に指を絡ませて……ぎゅぅ。手を握る。
すると、すぐに君も握り返してくれた。ギュッとやわらかい手が私の左手を包む。
左手だけなはずなのに、なぜか体全体が包まれてるような錯覚にも落ちてしまう。
やった。私、がんばった。
握る前より体が熱いはずなのに、なぜか私の頭はずっと落ち着いていた。ぐるぐるハートが暴走しすぎて一回転して落ち着いたのかな?
だったら……たぶん……チャンスだ。
いつもはドキドキしすぎて分かんなくなっちゃう気持も、今なら大丈夫だと思う。
子供っぽいし、あわてん坊で、ちょっと勝手だけど優しい君に……私の気持ちが。
目を開けてがばっと体を起こして立ち上がる。
「どうしたの?」って聞く君にかまわず、背中に着いた草を振り払う。
「大事な話なの」
「ん?」
突然起こしちゃってゴメンね。でも、今なら言えると思うんだ。
君も私と同じように体の草を払う。その間も、手はずっと握ってくれた。
ありがとう。
「なに? 大事なはなし?」
「うん。とっても」
いつも隣にいて楽しかったし嬉しかった。けど、胸をぎゅって締め付けられるような切ない香りも一緒に隣り合わせだったんだ。
心はぐるぐるしてばかりで、熱がこもっちゃって不安定すぎる感情の渦でも、
言葉にできるかどうかわからない儚い気持ちだけど、
キミに伝えたい
好きだから。
わたしときみと、芝生のふかふか 古代紫 @akairo_murasaki
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