第20話
夕方、帰えるころになるとチラシが少し話題になっているようで正田の周りに人だかりができていた。
あまり囲まれることには慣れていないようで困った顔をしながら帰り支度を済ませ教室を出ようとした俺に軽く頭を下げながら本当のところは助けを求めているようにも見えた。
しかし俺が行くとせっかく集まった人だかりが蚊取り線香を焚いたかのように散っていくのが怖かったのでそのまま部屋を出た。
「おっつかれー」
最近、背中が痛いです。
「氷室か。どうした」
「いやー結構、話題になってるね。良かったじゃん」
「後はラノベ研次第だな。俺は帰宅部に戻るよ」
「あれ?部活辞めるの?せっかく入ったのに」
「元々、仮入部だよ」
「そっかー私も依頼したかったのに残念!」
冗談っぽく言ってくるが本当に困っていたらちゃんと相談するだろう。部がなくなるわけでは無いし。そもそもこいつにはちゃんと相談する友達が多そうだ。
「というわけで最後の部活行ってくるよ」
「行ってらっしゃい!」
元気よく送り出す氷室の声は少し寂しさを練りこんでいた気がした。
「そうか、まぁお前の判断だからな。仕方がない。だが神坂にはお前から伝えろ」
「残念、せっかく仲良くなれたと思ったのに・・・」
部室には佐竹先輩と中山先輩が先に来ており神坂先輩はまだのようだった。
とりあえず話の通じそうな2人に先に伝えることにした。意外なことに2人はそれほど驚いていないようでやはりどこか俺が辞めるのではというのを感じていたのかもしれない。
「すみません。よくして貰ったのに。でも俺には部活は向いて無いですよ」
先輩たちが嫌いな訳では無い。ラノベ研もいい奴らばかりだった。別に部活内容に不満がある訳ではないがこれと言って続ける理由がある訳でも無い。それならば俺が選ぶのは元の生活だった。
これが俺、葛城誠一郎のルート選択だ。
「俺たちはいつでも大歓迎だから来たくなったまた来いよ」
ありきたりな社交辞令だが本当に思って言ってくれていることは伝わる。
「ありがとうございます。神坂先輩には後で連絡しておきます」
その時、ちょうど扉が開き先輩が入ってくる。
「あの、神坂先輩、実は・・・」
だがその言葉は神坂先輩によって遮られる。
「大事件だ!!!!」
「「「えっ」」」
どうやら俺はまだイベント回収が残っていたらしい。
大事件とやらを持ってきた神坂先輩の話によると配ったチラシの件でラノベ研に噛み付いた部があったらしい。
「ちゃんと許可とってますし文句言われる筋合いないんじゃ?」
「それがどうもおつむの足りない合田先生が生徒会の印刷機使ったこととかベラベラ喋っちゃったみたいでさ」
合田というのは体育教師で大変、頭の出来がよろしいことで有名な男である。世の体育教師が脳ミソ筋肉すなわち脳筋呼ばわりされる原因の9割を担っていると噂されている。残りの1割はどっかのドラマ辺りだろう。
「ラノベ研だけ贔屓はおかしいってか?別に許可取ってるし悪いことした訳じゃないんだから無視でいいだろ」
「まぁ普通ならそれで終わりだろうな。だが今回絡んできたのが青年小説研究会とマイノリティ文学研究会だ」
「マイノリティ文学研究会って何ですか?」
青年小説研究会は前に聞いた。ラノベ研の分裂前だということを、だがマイノリティ文学研究会は初耳だ。
「あぁマイノリティ文学研究会もラノベ研と同じだ。分裂後の部だ。あちらはラノベ研と違って部の条件を満たしているから少し立場は違うがな」
「哲也の言う通りだ。マイノリティ文学研究会なんて大層な名前で中身はBL研だと誰かが言ってたがな」
しかしこの学校の生徒は言葉をこねくり回すのが好きなようだな。学救会と言いそのマイノリティ文学研究会といい。学校の目をかいくぐる為かもしれないが訳が分からなくなってくる。
「まぁどっちもラノベ研とは冷戦状態みたいな部だからね。しかもこの2つの部はラノベ研と違って規模も大きい。はっきり言って分が悪い」
「道子の言う通り文化部としてはどっちも結構、大きいのよね。だからどうしても意見なんかは通りやすいのよ」
「でもそのマイノリティ文学研究会ってラノベ研と同じように分裂後にできた部ですよね?部員数、そんなに確保できてるんですか?」
「あそこの部長、元の部の副部長だったから着いていく子は多かったのよ。そうでなきゃいくら部活に寛大とは言え急には似たような部は作っても認めて貰えないからね」
確かに中山先輩の言う通りだ。それも強引な名前を付けて俺が教師でもどちらかといえば仲直りさせる方を選ぶかもしれない。
「とりあえずラノベ研のところへ行ってみましょう」
流石にこの状況では言い出しにくい。仕方がないがこの問題が解決するまではお預けだな。神坂先輩に従ってラノベ研へ向かう。もう行くことは無いだろうと思っていたがそれは気のせいだったらしい。
「やぁ、もう聞いたのかい?情報が早いな」
部屋に入るなり佐々木部長はこちらが事情を知って来たんだろ?という言い方をしてくる。
「正直、難癖そのものは問題じゃないんだ。向こうはうちに絡めたらそれでよかったみたいだからね。うちの部を潰す足掛かりに」
どういうことだ。仲がいい訳では無いだろうということは分かっていたがわざわざ他の部を潰すとは物騒だな。
「まぁほら実はどちらの部も部員数が同じくらいなんだよね。だから少しでも1番になる為にはうちの部を吸収しちゃうのが手っ取り早いんだよ。」
たった4人でも?
「たった4人でもね」
どうにも俺は顔に出やすいらしい。もしくは心の声が垂れ流しの変態らしいな。
「で?どうするんだ?このまま潰されるのか?」
「いや、先生にはちゃんと許可も貰ってるから今すぐ潰されることは無いだろうけど生徒会の議題にあげられちゃうかもね。そうなるとちょっと面倒かな」
「まずはその2つの部の部長さんたちと話し合いはできないんですか?」
正田の言う通りだ。まずはそいつらに会って話してみないことには分からない、それには俺も賛成だ。
「そうだな。ちょっと設定してみるよ。悪いんだけどそうなったら一緒に・・・」
「私たちは構わんぞ。いくらでも使ってくれ!特にこの誠一郎君なんかは使い勝手抜群だ!」
先輩、俺をパシりに使わないで下さい。ただ今回の件は乗り掛かった舟だ。仕方がないスッキリして入部を断る為にも少し働いてみるか。
「ありがとう。じゃぁ決まったら連絡するよ」
「今日はこれで解散だな。ラノベ研からの連絡待ちってことで俺たちも帰ろう」
朝の空気はもう忘れた。今はただ西日の色が気分を不安にさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます