第36話

 是非赤い月の騒動が終わったら模擬戦を行いたいとエディンバルさんとミシュリールさんから持ちかけられたが断った。

 その時に「エディンバル殿下の申し出を断るとは何事か!」とミシュリールさんが怒り心頭だったが、直剣を抜いて黙らせた。イッカクさん曰わく、抜刀が見えなくて肝を冷やしたのだろうと言っていた。

 エディンバルさん自身は、ただ提案してみただけでそこまで執着するような物でもないし、シミュリストル様の御使いに怒りを買いたくないなどと言って笑っていた。



 エディンバルさん達と別れ再び半刻ほど外壁を伝って歩くと西門が見えてきた。

 西門を守るのは金剛石級の冒険者、ライウィットさんを筆頭としたパーティーで、金剛石級はライウィットさんのほかに五人。青玉級が十人、紅玉級が十三人と人材も充実している。パーティー名は青玉の疾風(サファイア・ウィンドウ)だそうだ。確か、熱心なシミュリストル教の信者だったか。

 俺達が顔を見せると、穏やかに迎え入れられた。身分を明かさずにこの対応と言うことは、情報に敏いか元々の雰囲気なのだろう。

「おはようございます」

「おう!おはようだ。どうした?」

「ガンジュールさんの使いで、ライウィットさんを探してるんですけど」

「おぉ、さっきガンジュール卿の使いが来て言ってた冒険者のパーティーか。良いぜ、案内してやるよ!」

ちょっとだけ周りの人よりガタイの良い、浅黒い肌をした男に声をかけると、快くライウィットさんの場所まで案内してくれた。

 西門には仮設のテントもなく、代わりに何が入っているのか樽や木箱がうずたかく西門の脇に積まれていた。その前で何人かがジョッキを片手に談笑している。

 近付いてもアルコールの匂いはしなかった。ちょっと身構えていた俺は拍子抜けだ。

「ライウィットさん!例のパーティーが来ましたぜ!」

「ん?あぁ、ミゼット、ありがとう。・・・・・・これは御使い様!?」

案内してくれた男ーーミゼットさんと言うらしいーーが気を利かせて声をかけてくれると、俺たちを見たライウィットさんと思しき茶髪の男が片膝をつき始めた。それを見て他の人達も片膝をつき始める。

「あぁ、肩肘張らないで普通にしてください。自分等も冒険者なので。身分などは気にしないで行きましょう」

「あぁ、申し訳ない。畏まられるのは苦手だというのは重々承知していたのですが、どうも反射的に」

どうやらこのパーティーは俺達の事を良く知っているようだ。

 ライウィットさんは立ち上がると俺達一人一人に握手を求めてきた。御使い様とその御使い様に触れて御利益を賜りたいらしい。

 静かに興奮覚めやらぬライウィットさんはミゼットさんに言いつけてパーティー全員を呼んでくるように言っていて、それを聞いたミゼットさんは駆け足で去っていった。



 青玉の疾風のパーティーが全員集まると、俺達六人の握手会になってしまった。このパーティは全員が冒険者の中でも熱心なシミュリストル教の信者だと言うから仕方ないのかも知れない。

 握手が終わった人達も何故か周りで跪き、シミュリストルへ今日の佳き日に感謝して祈りを捧げて居る者が大半だ。

 そんなに祈るのならエリュシアさんに直接祈ればいいのにと言うと、ライウィットさんは「ガンジュール卿に打診したら一ヶ月に一回、教会にて許可すると返答を受けた」との事。それを聞いたパーティーメンバーはライウィットさんやミゼットさんも含めてお祭り騒ぎだったらしい。・・・・・・宗教とは良くわからないものだ。

 別れ際に、ライウィットさん達は俺達が旅に出ることを知っていたらしく帰ってきたら旅の話を聞かせてくれと頼まれたので了承した。旅に出ることはガンジュールさんから聞いていたらしい。



 外壁伝いに北門を目指してそろそろ半刻が経とうという頃、突然前方から甲高い音を鳴らした矢が上空へ飛んでいったのが聞こえた。

「始まったみたいね」

「あぁ、急ごう」

一瞬立ち止まった俺達は全員の顔を見合わせてから駆け足を始める。全力で走っていって到着した頃にバテてしまっては仕方ないからだ。

 先程の音は開戦の合図。近場の者達には此処へ魔物の群が来ることを教え、他の門の警備に当たっている者達へは一層の警戒を、町中の人々には避難の合図だ。

 これは、その門に魔物の群が現れた時に必ず鳴らされる物なのでまだ北門以外には魔物が現れていないと判断できる。しかし、四半刻もしないうちに後三回鳴らされるはずだ。早めに対処しておいて次に備えた方が良い。

 北門にたどり着くと、遠くの方に土煙が上がり、それが徐々に近づいているのが見える。

 門の方に目を向けると二十人位だろうか。二列に並び前列は大きな盾を、後列は槍を装備している。

「簡易ファランクスだね。魔物に効果あるんだ?」

美咲がその隊列を見て、そんな事をつぶやく。

「さてな。取り敢えずリーダーの所へ行こうか」



 青玉の疾風のように、北門には簡易テントなどはなく門の近くに足るやら何やらが堆く積まれ、その前では西門と同じように大将格だろう人達が屯って居た。・・・・・・やはり酒臭くない。

「おぉ!君達が戦神と武神の御使い達か!ガンジュール卿から話は聞いている!」

「ややっ!その姿はヤックディール殿ではないか!?」

「ややっ!その姿はイッカク殿!?息災そうで何より!」

大体イッカクさんと似たような体格に顎ひげを伸ばし、つぶらな瞳を備えた男は俺達がやってくるのを見止めると破顔して俺達を迎え入れてくれた。さらにその男はイッカクさんと顔見知りだったらしい。イッカクさんと手を打ち合わせ、腕を打ち合わせて腰を振り合うという知る人のみ知る儀式めいた事をしていた。

「むっ!?イッカク殿、身体のキレが増したようだな!」

「わかるかヤックディール殿!俺はこの戦神ハジメ殿と武神ミサキ殿の下で鍛錬していてな!この年になっても武威が鰻登りよ!」

「それは羨ましい限りだ!それがしも長にならなければ是非御二方の下で鍛錬を積みたいモノよ!」

互いにがっしりと握手を交わし、近況を報告し合っている。

 話を聞くと、色あせた金髪につぶらな碧眼の男はヤックディールと言い、一時期は同じ師を仰いで鍛錬に打ち込みイッカクさんはその信仰心故に教国へ赴いて聖騎士に、ヤックディールさんは自由を求めて冒険者になったのだという。 その後、ヤックディールさんは更なる武威を求めて烈火の戦火を立ち上げてパーティーリーダーとなり、志を同じくする者達を招き入れて日々切磋琢磨していたらしい。

 ちなみに素手ではヤックディールさんが、得物を持てばイッカクさんが強かったらしい。

 さてさて、重要なのはそろそろぶつかる魔物の群だ。今、迎え撃つべく楯を持って整列しているのはパーティーの中堅どころを担っている者達で、その後ろは若手や新人だ。この時期、丁度赤い月に出会うと昔からこの方法で若手や新人の度胸を付けさせているらしい。

 助力が必要かどうか聞くと必要ないと断られた。しかし、その気持ちは嬉しかったらしく相好は崩れた。

 厳しくなったら伝令をガンジュールさんに走らせる事を約束して、俺達は心許ない東門へ向かってくれと言われたので、最初の門へ向かうことにした。

 イッカクさんに言われて幹部に挨拶をしている間、俺達がやっている鍛錬法方を簡単にヤックディールさんへ伝授していたのは興味深かった。

 出し抜いて強くなるんじゃなく、互いに高め合う仲のようだ。

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