第34話
「とんぼ返りたぁ、幸先悪いぜ!」
「だが、私達が出てすぐだったから良かったな。何日か後だったら最悪、一日目から死人が出てもおかしくなかった筈だ」
家について、取り敢えずイッカクさん、ホルエスさんにワインを、他の者にはなんちゃってスポーツドリンクを振る舞うと、イッカクさんが一息に飲み干しながら今回の件の愚痴をこぼす。ホルエスさんはその事で出来た幸運を述べていた。
「いいんじゃない?こっちはこっちでマルディンのお肉、いっぱい手に入れたし、あっちはあっちで死人、けが人がでなくて万々歳なんだから」
ホルエスさんの考えに賛同して美咲もそう言う。俺も急ぐ旅でもないし、この町に愛着を持っているから二人と似たような意見だ。
「まぁ、ここの飯は旨いから良いけどよ。・・・・・・そうだ、酒に合う鍋にしようや」
形勢不利と見たイッカクさんが話を逸らす。
鍋と聞いて喜んだのはミライちゃんとマサツグ君だ。取り繕ってはいるが、そわそわしている。
「鍋なら簡単に出来るし、それでいこうか」
俺が答えると、ミライちゃんとマサツグ君はあからさまにホッとしたため息をつき、席を立って手伝うことはないかと聞いてくる。あからさまに喜んでるな。
今日の鍋は何で出汁をとろうか。・・・・・・マーヴィで出汁と塩をとって風味付けにマーシュレンボウ、ベリーライムを併せて、刻んだフェルリルを少し入れて辛味を追加。これで良いか。
ベースの出汁を作っている間にミライちゃんとマサツグ君がハラッタ(白菜に似た野菜)、カッシェルーの葉部分とエリューシュを刻み、オーク、ヤッカルムの肉を一口大に切り分けてくれた。
美咲はお酒を入れたイッカクさんとホルエスさんのお酌をしている。
なので、もう一つとっておきの一品料理を準備する。
取り出したるは帰りにギルドへ寄って解体して貰ったマルディンの肉。それを分厚く切り分け、更に一口大になるよう切りそろえていく。無駄になったところは集めて叩き、卵の黄身とオークステークで貰ったステーキソースをかけてかき混ぜる。これは本当に新鮮な肉じゃないとダメと念押ししてオークステークに卸したレシピ。生肉と生卵を口に入れる背徳感と丹誠込めて仕上げたステーキソースのハーモニーにオークステークの店主さんは泣いて喜んでくれた。
一口大に切り分けた肉は油を敷いてよく熱したフライパンでサッと表面を焦がして皿に盛り、更にステーキソースをかけて一品だ。
「どうしたのこれぇっ!?」
「店主にタルタルステーキのアレンジ料理教えたら秘伝のレシピ貰って、ついでに出来上がるのに時間がかかるからって一樽貰ったんだ」
サイコロステーキを口にしてすぐに気付いたのだろう。その味で驚いた美咲に、その顔が見たかったと思いながら事のあらましを話す。
それを聞いて、他の皆も美咲も大喜びだった。それだけこのステーキソースは人気なのだろう。
次の日。いつもの時間に家を出て、東の門に出向く。昨晩の襲撃はなかったようだ。
「昨日は良くやってくれた。君達が奮闘してくれたお陰で城壁などへの被害もなく、損害は無いと言っても過言では有るまい。本日も、各員たちの奮闘を期待する」
ガンジュールさんが昨日の激励と今日の奮闘を願ったところで解散となった。各員、割り振られた城門へ向かい、そこを死守する事になる。
「いやぁ、昨日の激励会は近年まれにみる大盤振る舞いだったな!」
「そうだな!この町の名物、オークステークのサイコロステーキを一人三人前だもんな!」
「あんなもんだされたら来年もこの時期はここに居たくなるよな!」
流れてきた冒険者だろう。ガンジュールさんが退場して少し気のゆるんだ者達が集まってそんな会話をしている。
しっかり届くようになった爵位報酬でガンジュールさんは昨日の夜、手に入れたマルディンの肉を使って防衛に尽力した者達をもてなしたのだろう。会話をしている者達以外も気力が充実し、士気が高い。それでなくともこの町に居着いた冒険者やこの町に配属され、雌伏の時を過ごしていた騎士たちや王太子を守る護衛、この地を愛した王太子と高い士気を維持し続けてきた猛者達も居る。防衛ではこれ以上ないくらいに頼もしい。
「あぁ、ハジメ君にミサキ嬢。その他の皆さんもお揃いで。ガンジュール様が面会を希望しています」
そんな事を考えていると、ヤイガニーさんが声をかけてきた。
二つ返事で了承すると、ヤイガニーさんに簡易に建てられたテントに招かれた。城門近くでバリケードに守られている。
中ではここの周辺地図に向き合って何人かの騎士たちが何事かを話し合っているようだ。それに耳を傾けていたガンジュールさんが俺たちを見止めると相好を崩して手を挙げた。
「やぁ、ハジメ君にミサキ嬢。それから皆さんも。出来る事ならこちらから伺いたかったのだがな!」
そんな事を言いながら、ガンジュールさんは俺達に席を勧めてくる。
「さて、早速だが君達には遊撃部隊をお願いしたい」
俺たちが席に着くと、待ってましたと言わんばかりに俺たちの役割を伝えてくる。
「要は君達には自由に動いてもらい、迫り来る魔物達を狩って貰いたいのだ。固まって動いて貰っても良いし、散らばって防衛隊に加勢して貰っても良い。休息も何時取って貰っても構わない」
「はぁ。尽力します?」
「あぁ、そこまで頑張って貰わなくても大丈夫なのだ。ちょうど、金剛石級の冒険者を抱えるパーティーと金級の冒険者を抱えるパーティーが滞在していてな、北と西を守ってくれている。そして、王太子殿下達が南を守ってくれているので騎士の大半を東に置けたのだ。冒険者の中で希望者は北、西、南に配属したが五十人程度はここに残って防衛の穴を埋めてくれている」
俺が要領を得ない返事をすると、現在ファルムットが置かれている状況をざっくりと教えてくれた。
金剛石級の冒険者は熱心なシミュリストル教の信徒の一団らしく、冬を前に越冬の地を此処に選んでいたらしい。金級の方は戦神、武神の噂を聞きつけて此処に滞在していたらしい。何でも、ホルエスさんやマサツグ君達と一緒に模擬戦に参加していたんだとか。その後は休暇もかねてこの町に滞在し、この町の雰囲気を気に入って騎士の訓練に混じったり後続の冒険者の教育をしながら農作業に従事、気付いたらこの時期になっていたらしい。
ガンジュールさん曰わく、青玉級と金級の両方から是非この地に拠点が欲しいと打診されたようだ。
その拠点は4つ以上固まった空き家を取り壊してあてがうらしい。思わぬ申し出にガンジュールさんはホクホク顔だ。
で、俺達にはその二つのパーティーへ激励として近くで戦って貰いたいのと東側が圧されるようなら加勢に入って欲しいとのこと。二つのパーティーに関しては声をかける程度でも良いらしい。後は、昨日のように遠くにでて多少数を減らして貰うと助かるが、そこまでやると移動やらで負担が大きく掛かるので耳に入れておくだけで良いらしい。この提案は王都から来た新人文官の戯れ言なのでガンジュールさん自身、気にも止めていないらしい。王太子の補佐という名目で派遣されてきている人物で若いので、王太子と話して功を焦ったのだろうから許して欲しいとガンジュールさんが言っていた。
「まさか、あやつが他人に物事を押し付けるとは思わなかったんだが」
その場に居なかったのだから許すも何もないと応えると、それでもガンジュールさんは眉間のシワを深くして思い悩むように呟く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます