第10話
やはり、あの話しは外でするのは憚られたのだろう。領主の屋敷で子細を聞かせてくれと言われたのでそちらに移動した。
その途中でガンジュールさんは美咲に対して平に謝っていた。なんでも、「ご令嬢に恥をかかせてしまった」と思ったらしい。美咲は美咲で「恥を掘り返さないで!」と顔を真っ赤にして訴えていた。
領主の屋敷に足を踏み入れると、ヤイガニーさんがちょうど玄関先を通りがかったところで、ガンジュールさんが俺達を連れてきた事に大層驚いた様子だった。
「はっはっは、何もないところだがくつろいでくれると有り難い。お茶を用意しよう。ちょっと待っててくれ」
通された応接室。簡素なテーブルに簡素な椅子が並ぶその部屋にはそれ以外何もない。カーペットすらなく、タイル張りの床がそのまま覗いていた。
少し恥居る様に出ていったガンジュールさんは使用人も雇っていないのだろう。・・・・・・不憫で仕方ない。
ややあって、ガンジュールさんが戻ってきた。出されたのはハーブティー。中庭でハーブを育てているそうだ。
一息付いてから俺はガンジュールさんに教国と退治する意志を伺った。俺はもう既に加勢する気満々で居たのだが、この屋敷を見てそんな体力が無い事に思い当たったからだ。
「お恥ずかしながら、決めかねております」
渋面を覗かせて、ガンジュールさんはそう答える。
聞けば、王国からの褒賞の減額に増税の二重苦、挙げ句に心の底から信奉しているシミュリストル教教国からの破門。更には自分達を助けてくれるはずの王国までもが教国と手を組んだことで頭が真っ白になってしまい、俺と会った次の日から何をして良いのか分からず日がな一日シミュリストルへ祈りを捧げていたらしい。
「じゃあ、質問を変えましょうか。今、ガンジュールさんが抱えている諸問題は忘れて下さい。できますか?」
「しばらく時間をくれないか。御使い様のお言葉だ。善処したい」
「構いません。どうせ、後二、三週間の内に事は動きませんから」
「いや、そこまで待って貰わなくて大丈夫だぞ?」
「分かってます。冗談ですよ。あ、イェスディン食べます?」
答えを聞く前に自在倉庫から食べ頃のイェスディンと雑貨屋で買った大きめのナイフを取り出し、空中で皮を剥き落下してきたところでナイフの柄で受け止めもう一度空中に浮かばせる。そうしたらいくつかの輪切りにしてもう一度ナイフの柄で受け止めもういちど空中へ。今度は縦に六回刃を入れバラバラになった端から芯を斬りとばして底の浅い皿を差し出して受け止め、ガンジュールさんに差し出す。地球でもやっていた大道芸だ。
差し出されたガンジュールさんはポカンと口を開けて固まってしまった。・・・・・・やはり疲れていらしゃるらしい。
「さ、食べて下さい。そんなお疲れの様子じゃ、何もできなくなって当たり前じゃないですか」
俺の言葉にハッとして、ガンジュールさんは後ろに控えていたヤイガニーさんを見る。それを受け取ったヤイガニーさんは小首を傾げて難色を示していた。・・・・・・何のやり取りだろう?
「い、今のは何だね?」
「へ?自在倉庫倉庫ですか?シミュリストル様からいただいたアイテムボックスですよ?・・・・・・あ、ヤイガニーさんも食べます?美味しいですよね。イェスディン」
そう言って、もう一つ食べ頃のイェスディンを取り出し、空中で捌いて今度は底の深い皿に盛り、ヤイガニーさんに差し出す。
捌いている途中でガンジュールさんが「それっ!それっ!」とイェスディンを指差した。
「これですか?ただの大道芸ですよ。机をまな板にするのも憚れたので、こうして空中で捌いただけですよ?」
俺の言葉を受け取ると、ガンジュールさんはまたヤイガニーさんの方を振り返る。ヤイガニーさんは、今度は全力で拒否していた。・・・・・・本当に、何のやり取りだろう?
腑に落ちない表情で二人はイェスディンを受け取り、いくつか口にした。それだけで二人の口元が少しだけ綻ぶ。
「もう一度、質問しても宜しいでしょうか?」
「あぁ。なんだか、君のお陰で頭の中が空っぽになった気分だよ」
ハーブティーで口直しを済ませた後、俺が尋ねると憑き物が幾分落ちたような声音でガンジュールさんは応じてくれた。・・・・・・イェスディン、美味しいからね。
「では質問します。シミュリストル様が教国の言う事は全くの嘘で、この土地への侵攻は神への冒涜だと言うならば、教国へ刃向かいますか?戦力差は五分とします」
「戦力差が五分と五分、神は我らに着いている。この条件ならば、私は教国に反旗を翻そう。・・・・・・
そうだな。神がついているのならば、私は一人で剣を取ろう。この信仰心は教国の為にあるのではなく、シミュリストル様の為にあるのだから」
「ガンジュール様、一人で抜け駆けは止して下さいよ?神が我らと共に居られるのならば、私は鬼神となりどんな戦でも先陣を切って見せましょう」
二人の真摯な視線に、嘘はないと断言できる。これならば、助太刀を申し出ても無碍には断られまい。
「わかりました。それならば、我々が此処へ来た本題へ移りましょうか。・・・・・・この戦、我々に助太刀させて下さい」
俺が申し出ると、ガンジュールさんは一瞬喜色の表情を浮かべるが直ぐに表情を曇らせてしまう。・・・・・・まだ懸念事項があるのだろうか。
「ハジメ様方の申し出は我々としては誠に嬉しい限りなのですが・・・・・・宜しいのですか?我々に着くと言う事は教国、すなわちシミュリストル様に刃向かうという事になりますが」
此処に至って、腹は括ったのだろう。ガンジュールさんは元の意志の強そうな目で俺と美咲の身を案じてくれる。
「ん?するってぇと、教国側に俺達が着けばシミュリストルをボコボコにできるのか?」
「やめて下さい死んでしまいます」
イェスディンを振る舞った辺りでしれっと会話の輪に加わっていたシミュリストルに話のお鉢を廻してやると即応してきた。
その声でようやくシミュリストルの存在に気が付いたガンジュールさんは一度声のした方に視線を投げ遣り、俺の方へ視線を戻して今一度顔を向けた。
続く言葉はなく、ガンジュールさんは目を見開くと同時に顎が外れたようにかくんと口を開け固まってしまった。それを後ろから見ていたヤイガニーさんも、ガンジュールさんの視線を追ってシミュリストルを認め、ガンジュールさんと同じ顔になる。
永遠に続くかと思われた沈黙の時間は、現実では五秒も無かったと思う。ヤイガニーさんが持っていた俺の皿を取り落とし、それなりの音で床を叩いたからだ。
「・・・・・・ハッ、こ、ここここ、こっこここここれはシミュリストル様っ!?お、おおおおおお遅ればせながらっ、ししっ、失礼をばっ!?」
その音で再起動したガンジュールさんは転げ落ちる勢いで椅子から降りシミュリストルに向かって跪く。それに習ってヤイガニーさんも続いた。
それを見てシミュリストルはころころと鈴の音のように笑う。・・・・・・人が悪い。いや、神が悪いと言うのか?
「なに、気にすることはない。普通にしなさいな。知らない仲でもないのですし」
ひとしきり笑った後、シミュリストルは額に床をこすりつける勢いで恐縮しまくっているガンジュールさんに、少し声音を変えて話しかける。
「そ、その声はエリュシア?どこだ?どこにいるのだ!?病気は大丈夫なのか!?」
そう言いながら、ガンジュールさんは辺りを見渡す。
「私ですよ?あなた」
シミュリストルが話しかけガンジュールさんがシミュリストルに向き直ると体を発光させてから姿を変えた。
「あなたの信仰心に惚れ込んでしまい、仮の姿で嫁いだのです。・・・・・・今まで騙していてごめんなさいね」
「か・・・・・・」
「か?」
「カハッ!」
神妙そうに今までの心境を述懐するシミュリストルを見て、ガンジュールさんは吐血してぶっ倒れてしまった。目まぐるしく押し寄せる真実に頭が耐えられなかったのだと思われる。
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