第一章
第8話
二日経った。今日は美咲がこの世界へやってくるという。時間は昨日、今日の昼過ぎだと言うことをシミュリストルから聞いていたので朝一に宿を引き払って二人部屋に借り直し、服屋、防具屋、鍛冶屋の場所を確認してから町を出た。
薬草、香辛料に使える草花を刈り取りながら森の入り口まで移動し、美咲が来るのを今か今かと待つ。
「えっと、・・・・・・ここは?」
周囲の薬草を刈り取っておこうと少し目を離した瞬間に、聞き慣れた、恋い焦がれた声が耳朶を打つ。
思わず振り返ると、少し色の薄い、それでも黒と表現できる長い髪を後ろで乱雑にまとめ上げた少女がこちらに背を向けて立っていた。
厚手で半袖の外着を着込み、黒のホットパンツ。手にはレザーの手甲を纏っている。
「美咲・・・・・・?」
俺が恐る恐る声をかけると、バッと思い切り良くこちらに振り向いて顔を見せてくれた。
美咲は純日本人だが、目が何故か緑色をしていると昔言っていたのを思い出す。私の自慢だとも言っていた。その緑の瞳が俺を捉える。
「ハジメっ!!」
彼女の瞳が潤んだと理解したのが先か、それとも愛おしい彼女の声が俺の名前を紡いだのが先か。
とにかく、彼女は俺の元へ駆けてきて、ダイブするように俺の胸の内へ飛び込んできた。俺も彼女に応えて抱き留める。
懐かしい感触、懐かしい匂い。それまで満たされていなかった情景がこんなにも満たされていく。
ようやっと、最後のピースがはまり、この素晴らしい世界を心の底から素晴らしいと言えるのだという幸福感に包まれ、更には戻ってきてくれたこの感触に深い安堵感を覚える。
暫く抱き締め合った後、目が見えるようになったと美咲に報告した。取り敢えず、身分証を取得するため冒険者ギルドへ向かいながらの報告会だ。
美咲も俺ほどではないが鑑定スキルを持っていたので鑑定しながら進んでいる。
程なくしてエルさんの立つ東門が見えてきたのでエルさんに美咲を、美咲にエルさんを紹介してから門を潜る。
潜った後はシミュリストルの願いを簡潔に話しながら冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドはそれなりに人が居て、ミシェルさんの前にも何人か並んでいたが、俺を認めて隣に美咲が居るのを確認すると和やかな笑顔で列を譲ってくれた。
その際に美咲が手を握ってきて、厳つい顔に笑顔張り付けて気持ち悪いと思っているのが伝わってきた。その彼女の考えに吹き出してしまう。
「あ、彼女が一昨日言っていたお連れ様ですね。私はこのギルドの受付をさせていただいている、ミシェルと申します」
「あ、どうも。茨城 美咲です。一から話は聞かせて貰いました。ギルドカードの登録と、スキルを見せれば良いんですよね?大丈夫ですよ」
互いに自己紹介をしてから美咲は出された提出書類の穴を埋めていく。美咲が言うには日本語を書いているつもりだが、勝手にこちらの文字になって不思議な感覚らしい。
書き終えると、ミシェルさんが美咲のスキルを見ていた。やはり、俺の時と同じく固まっている。
宿屋に着いてから美咲のステータスと俺のステータスを見比べることになったので今は見られない。それでもミシェルさんが見せたのは思わず取った行動だ。俺が美咲は俺より強いと言い含めていたにも関わらず。だから、感想だけ聞くことにした。
「半端な物がない。しかも多い」
こぼれてくる言葉を要約すると、こう言うことになった。要領を得ないが、これは楽しみが増えたと思って見て良いだろう。
ミシェルさんと美咲、ついでに俺が礼を言い合って冒険者ギルドを後にした。
次いで来たのは商いギルド。こちらでは暇そうにしていたメイヴルを捕まえて連れが来たので登録をお願いした。メイヴルは美咲にどんな料理ができるか興味津々だったが、美咲は「一が喜ぶものなら頑張って作る」と宣い、詳細は言わなかった。なので俺から、
「割と何でも作れるが、故郷の郷土料理の味付け卵が一番おいしい」
と言ってその場はお茶を濁しておいた。醤油をまだ見ていないから、レシピは作れないだろう。
その次は教会に案内した。ここでシミュリストルと会話が出来るというと、仄暗い笑みを美咲は浮かべた。・・・・・・まぁ、良好な関係には時間をかけて成っていけば良いか。
そんな事を考えながら扉を潜って講堂にはいると、そこにはガンジュールさんが一生懸命?必死?に祈りを捧げていた。
何かあったのかも知れない。そんな事を思いつつ、いつもの位置に腰掛けて祈りの体勢に入る。横目で確認すると、美咲も俺の隣で同じ様な体勢をとっていた。
『美咲様にボコボコにされました。まだ体のあちこちが痛いです』
俺が声をかけるよりも先に、シミュリストルが話しかけてきた。思わずビクッと体を震わせるが、美咲でさえも気付いた様子はない。
ーーはっはっは、神をも恐れぬとはこの事だな。
『本当ですよ!小一時間拝みに拝んで、謝罪に謝罪を重ねてようやっと許してもらえたんですよ!?』
シミュリストルの泣き言に思わず吹き出しそうになり、くつくつと肩を震わせてしまう。
ーーそう言う奴だからなぁ。強かったろ?
『強いなんてモンじゃないですよ!神殺しには及ばないまでも迫る勢いでした!ゲームじゃないんですから空中コンボ決めないで下さいよ!神をお手玉しないでください!』
さすがに吹いてしまった。いや、美咲がどれだけ強かろうとそこまで出来ない筈だ。
『実は地球からあの空間に召喚する際、既に殆どのステータス変化は終わってるんですよ。だからあの空間で状態確認が使えるんです』
ーーあぁ、それで空中コンボとか神でお手玉とか出来たわけか。お手玉って拳でやる奴だろ?
『・・・・・・なんで知ってるんですか?』
ーー考えたの、俺だ。空中に相手を飛ばして、落ちてくる所に入り込んで空中に連打するとお手玉になるよなって。理論的には出来るが物理的に無理って言う笑い話でな。
『まさにそれです!空中コンボされたと思ったら落下地点に入ってきて流れるようにお手玉されたんです!死ぬかと思いました!』
ーー・・・・・・神が、魂の番が厄介って宣うの、そういう経験が昔有ったんだろうなぁ。
『全くですよ!身を持って体験しました!もう、絶対に魂の番にちょっかいは出しません!触れぬ神に祟り無しですよ本当』
シミュリストルは吐き出したいことを吐き出して落ち着いたようだ。そこで俺はさっきから気になっていた事を持ち出すことにした。
ーーそう言えば、ガンジュールさんが来てるみたいだが?
『そうなんですよ!ハジメ様!聞いて下さい!』
俺が尋ねると、今一度シミュリストルはヒートアップして愚痴やら情報やらを吐き出してきた。
教国が、この領地に攻めてくる。護るはずのこの領地を抱える王国も教国の見方をしている状態で、更には王国の中枢にはガンジュールを良く思っていない一派が居て、ガンジュールに施されるはずの金を抜き取り、更には増税も科している。
聞き取った内容を整理するとこう言うことだった。
やっぱり、どこもかしこもこの領地のように善意の塊みたいな事は無いんだなぁ。そう思う。
助けたい。が、俺は一人じゃない。後で美咲に確認をとろうか。
美咲と相談して、微力ながら助けることになったらガンジュールさんに知らせてくれる事になったので俺と美咲は音を立てずに教会を後にした。
次いで立ち寄ったのはアモンドさんの露天だ。そこでナシリゴーを買って二人で食べる。
「ナニコレ!?フシギ!えっ?梨?いや、林檎?その名はナシリゴー!!」
腹を抱えながら美咲は「ナシリゴー!ナシリゴー!」と騒ぐ。ドツボにハマっていた。
ひとしきり騒いだ後、反省でもするかの様に静かになるのもいつも通りだ。・・・・・・そんな彼女が愛おしい。
静かな美咲の手を引いて、やってきたのは鍛冶屋だった。冒険者ギルドに登録したのだから、その内必要になる。必要になるなら早めに手に入れて慣れておくのが一番だ。
扉を潜ると、鉄臭い、如何にもな匂いに出迎えられた。表は店になっているのか、そこかしこに鉄製の武器が掲示されている。
安物が纏められているであろう樽の中から適当に拾い上げて、試しに軽く振ってみる。軽い。
地球では通っていた道場で真剣を使う機会に恵まれたので何度か振っていたのだがその真剣の四分の三くらいの重さだ。現代の刀剣だから軽いはずなのに。
美咲を見やると、美咲は鉄でできた棍ーーただの鉄棒を持ってそれを回転させながら真上に放り投げている所だった。昔聞いた話では、それをすると棍の重心、硬さ、粘り強さがわかると言っていた。
「んー、これで良いか」
納得いって居なさそうな声音で美咲はそそくさと精算を済ませてしまう。
俺も適当に決めようか・・・・・・。そんな考えが脳裏をよぎるが、何か決め手になる物は無いかと竹刀や模擬刀、真剣を扱う際に行っていた事を思い出して見ることにした。
適当に剣を取り上げ、瞼を閉じて意識的に視界を奪う。周りに聞き耳を立てて気配を探り、剣に意識を通す。剣に意識を通さないと長さが解らないのだ。
別の剣でもう一度。・・・・・・ん?この剣だと意識が通しやすいな。
更に別の剣でもう一度。・・・・・・こちらは通しにくい。
何度かやって、選定基準を意識の通しやすさで行うことにした。見ている方は剣を持って目をつむっている様にしか見えないだろう。
「・・・・・・これにするか」
決めたのは何の変哲もない直剣。取り敢えずの急場鎬だ。これに手入れ用の砥石と油を併せて買う。
次は防具屋だ。来る途中まででどんな物にするかを相談し、二人とも回避を主眼に置いた戦闘スタイルなので二人とも動きを阻害されない、軽めの防具で固める方針になった。ついでに、額に鉢がねを巻こうという事にもなった。
ファッションに関わるだろう防具は、女子の目からはどう映るのだろうか。そんな疑問も浮かばないほど即決で防具を買い、防具屋を後にした。買ったのはお揃いの鉢がね、お揃いのハードレザーの胸当て、お揃いのハードレザーの脛当て、お揃いのハードレザーの籠手。
何も迷わずに買う俺に、同じ物をと買い求めた美咲といった構図だった。
「そう言えば美咲、おしゃれとかしてる雰囲気いつもしてないよな」
この前の夏祭りは気合いを入れたのか、化粧の匂いがしていたのを思い出す。
「ん?だって、しても意味ないじゃん。一番見せたいハジメは目が見えないし、化粧してハエが集ってきてもウザいだけでしょ?」
「ふむ。じゃあ、これからはするのか?」
「へ?なんでまた」
「俺、目が見えるようになったぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
俺が指摘すると、美咲はあらぬ方へ視線を投げ飛ばし、口ごもって口をパクパクさせていた。
その口に人差し指を突っ込む。
「はわわわ!?」
唇で俺の指を挟んだ美咲は、予想外のリアクションを返して来た。頬を赤く染めて飛び退いている。その反応が可笑しくもあり愛おしく、つい笑ってしまった。
今、向かっているのは服屋だ。そこに行くまでに昼食も摂っておこうと算段も立てている。しかし、生憎だが食堂はオークステーク以外知らなかった。美咲と一緒に食の冒険もしたかったし、何よりオークステークの食堂で出る料理は旨い物ばかりだったからだ。
ふと看板を見ると、オークステークの文字。どうやらここへ足が向いていたようだ。仕方なしに余所で昼食摂るのを放棄し、オークステークを紹介しながら正面扉を潜った。
「ほぇー。いい雰囲気の食堂だね!あ、一席だけ開いてるよ!座っちゃおう!」
入るなり感嘆の声を上げる美咲。声音も期待に膨らんで抑えきれない様子が手に取るように感じられた。
美咲の先導で空いている席に腰を下ろすと、ウキウキとした雰囲気を発散させながら美咲はお品書きに目を通していた。
「此処の領主が、この店はマルディンを使った料理が絶品だと言っていた。そのときに食べさせて貰ったんだけど、確かに絶品だったよ」
「ほえー。じゃあ、それにしようかな?サイコロステーキとシチュー?それからほろほろ煮ってのもあるね。一は?」
どれにしようか悩む美咲に、先日の出来事を思い出しながらアドバイスを出すと、じゃあそれで。と言うことになった。
同じ物を頼む事を伝えて美咲に待っているように言い、席を立った。直接注文をするのと同時に材料譲渡と追加注文もしておいた。
料理はどれも美咲の口に合う物だったらしく、サイコロステーキを食べては、
「んんーっ、この甘辛いステーキソースとお肉の風味がとっても合うー!このステーキソースは初めての味だけど素朴で病み付きになりそう!」
と歌うように言い、シチューを食べては、
「見た目ビーフシチューだけど本当にビーフシチューだー!入ってる野菜は見たこと無いけどどれも美味しー!」
と肉よりも野菜の美味しさに目を輝かせ、ほろほろ煮は、
「さっぱりとしたお汁に重厚感たっぷりのお肉の味がベストマッチ!塩味がガツンと来るけどあとから漂うこの香りは一体っ!?これはハーブかなっ!?」
と、終始ご機嫌ですべての料理を平らげた。その食べっぷりに気を良くしたのか、店長が牛の内蔵を煮込んで作った料理も追加でお裾分けして貰ってしまった。
最後に出されたのは俺が材料を提供して注文しておいたイェスディン。
一口サイズに切り分けられ、イェスディンを輪切りにしたときに出る皮をお皿に見立てて果肉が山盛りにされて出てきた。使ったのは一人二つ分だ。
「うひょー!パイナップルだー!いいの!?いいのっ!?この量って結構したんじゃない!?」
咲き乱れる花の如く顔を綻ばせ、挙げ句諸手をあげて喜ぶ美咲が眩しい。
イェスディンの事を掻い摘まんで説明すると、抱きつかんばかりの勢いで身を乗り出し、
「是非、是非にっ!群生地に連れてってっ!」
と懇願された。・・・・・・百は下回ったがそれでもまだまだ在庫はあると言ったが全く聞いてくれない。
「一年食べるなら一人当たり七百四十五個は必要でしょ?」
何を当たり前のことを?という風に俺に小首を傾げて疑問を投げ掛けるのはよしてくれないか。抱き締めたくなってしまう。
じゃなくて。一日二個食べる計算なんですがそれは・・・・・・。
「そう言えば、後、ピーマンとタマネギが在れば酢豚作れそう?」
「いや、醤油を見かけてないから作れないだろう」
「醤油なら作れそうだよ?枝豆と小麦売ってたし。売る場所は違うけど米も売ってた。麹は、農家の人に頼めば分けてくれるでしょ。稲穂に対して麹病って言われてたらしいし、お金積めば絶対に貰えるよ」
俺が危惧していた諸案件がみるみる内に解決されていく。やはり、俺ではなく最初に三咲を召喚していれば大分文化発展に寄与できていたのでは無かろうか。シミュリストルは見る目が無い。いや、俺を召喚したからこそ問題なく美咲を召喚できたのか?
醤油が出来るなら味噌も出来る。味醂も出来る。本格的な和食は大分先だろうが、それに思いを馳せて待てば何のそのだろう。我慢すればした分だけ美咲の作る和食を食べたときの感動も一入だ。
「それは、楽しみだな。後で材料を買い付けてこようか」
「そうだねっ。ん?後で?」
「あぁ、この後は取り敢えず服屋にいこう。何日も同じ服は嫌だろーーん?どうした?」
服屋に行こうと誘おうとすると、美咲は音速で視線を逸らした。どうしたというのだろうか。
「えっとぉ、服屋?私、そんなにお洒落じゃないよ?」
「そうなのか?俺はまだ何がお洒落か分からないから気にしなくて良いぞ?それに、下着の替えも必要だしな」
俺はこの世界に来た初日に下着だけはワンセットだけ買っておいた。それを毎日洗濯して使い回しているが、美咲が来たことだししっかりとした物を十分に確保しておきたい。出来るなら上着やズボンも併せて買っておきたい。
しかしながら、美咲は出来ることなら服屋に行きたくないという雰囲気だ。
「そう言えば、美咲って料理その他には前のめりに学習するくせ、服屋とか全く寄り付かなかったな」
俺が呟くと、ビクッと美咲が反応した。
「もしかして、その年で着る服は親に選んで貰ってるんじゃーー」
「そうですよ!悪い!?どうせ一は目が見えないから服装はどうでも良いやって思ってましたよ!だるだるーんな部屋着が好きなの!着心地がいいの!そりゃあ、私としてもそれってどうなの?って思うところもありましたよ!」
でも、面倒なんだもん!
俺が追求すると、涙目で開き直った美咲が食ってかかるように言い募ってくる。
「いや、悪いってわけじゃない。別に気にしてないぞ?でも、さすがに下着は買い揃えた方が良いと思う。あぁ、そうだ。美咲のために多少の物は確保しておいたんだ。ウェストポーチ型のアイテムポーチと、バックパック型のアイテムボックス。シミュリストルに言われてると思うが、自在倉庫を使うときにこれでカムフラージュすると良い」
必要な物だけ指摘しておいて、早々に話を切り替える。今まで忘れていたし、ちょうど良いと思ってウェストポーチとバックパックをテーブルの上に置いた。
それに対しては諸手をあげて喜びを見せる美咲。俺と一緒の物が余程嬉しかったのか、「お揃ー、お揃ーと歌いながら身に付けていく」
「じゃあ、行くか」
しっくり来るまで諸所の調整をした美咲に向かって告げる。
「うんっ!最初はえだーー」
「最初は服屋だバカ。下着六着と上着三着、ズボン三着選ぶまで移動は許さん」
俺が告げると、美咲はこの世のお終いだとでも言うように絶望した表情になった。・・・・・・ころころ表情が変わって可愛い。
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