インシデントは巡回する

 審判の時が来た。

 それは善悪の審判では決してなく、差しさわりがあるかそうでないかの決定だった。


「いい」

「はい?」

「もういい」

「え・・・ダメということですか?」

「否でも応でもない。別にいい」

「つまり・・・」

「もう、そなたには期待せぬ。やりたいように生きよ。そしてその内に死ね。それでいい。別にいい」

「あ、ありがとうございます」

「どうでもいい」


 私は言葉に甘えた。


 仕事に邁進した。

 己の信念を貫いた。

 人々を救った。いいや、救ってやった。


 子供は老婆の下で成人した。


「お父さん」

「おお。しばらくだな」

「ありがとう、僕を捨ててくれて」

「なんだと?」

「僕は老婆の家で色々なことを教わりました。僕自身も苦悩する人たちの背をさすってそれを解きほぐすことができるようになりました。お父さんの背中もさすってあげましょう」

「いや、いい」

「損はしませんよ」

「別にいい。どうでもいい」

「・・・分かりました。ならば僕はお父さんの幸せを願っていましょう」

「要らぬ」

「え」

「他人を幸せにしてやれる者は力あるものだ。あるいは他人を救ってやれるのはその救われる側よりも優れたものだけだ。優れた者が劣った劣後する人間を救う。それが本質だ」

「僕は劣っていますか」

「誰に対してだ」

「いえ、いいです。別にいいです」

「そうか」

「どうでもいいです」


 そうして息子とはその後30年間一度たりとも会わなかった。





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