なろうの実

どろんじょ

青い実

 「なろうの実?」

 「はい、なろうの実です。

ここにある三つの木の実。これらはかじるとたちまち気を失い目覚めた時には転生しているという代物です」

 行商のは呆然とするわたしの前で青赤黄色の3色の実を示した。

 「日常に退屈をされているとのことですので、お客様にはぴったりかと」 

 行商が被る帽子の隙間から男の笑みが覗いた。 

 「お代はいただきません。ただ、テストモニターとしてお試しいただければ」

 わたしはこれが毒かもしれない、そんな疑いさえわずかに楽しんでその申し出に応じた。

 「それでは青い実から」

 男が差し出した身を一口かじって、飲み込んだ。




―青い実―   ディズニープリンセス




 「なんだ、まぶたの向こうが眩しい」

 背中がじっとりと濡れていて慌ててわたしは飛び起きた。

 目が覚めたわたしは芝生の上で大の字に寝ていた。

 周りを小動物が囲んでいる。

 「は?なんだここ」


 「君は誰だい?」そばにいたウサギが急に口を開いた。

 「ウサギ?ウサギが喋った?」

 「おっかしーや、このお姫様。こーんなとこで寝ているんだから」頭上を飛んでいた青い小鳥が歌い出した。

 「かーわりものだね、おひーめーさまー」

 「そーよわたしはプリンセス」

 わたしの口からは酒灼けのおっさんボイスではなく甲高く滑らかなミュージカルボイスが溢れる。

 なんだこれ冗談じゃない。

 しかも台詞も決まっている。こんなの転生でもなんでもない。話が違う。


 「戻られましたか」

 わたしはまた大の字に寝ていた。

 しかし今度は見慣れたアパートの板の間の上だ。

 行商の男が観察するようにわたしを見下ろしていた。

 「なろうってこんなもん?」

 「青い実なので、決まったストーリーからあまり逸脱されると修正が間に合わない。まあビギナー向けです。もう少し粘ったら王子様が現れたはずですが」

 「おっさんにそんな展開必要ないだろう」

 「いや、プリンセスに転生されました」

 「やめだ」

 男は次は黄色い実を差し出す。

「 試されます?先ほどよりは自由度はアップですし、ご不満があればこのように戻れることも判明したでしょう」

 わたしは乱暴にそれを受け取った。

 「おっさんに馴染みがある主人公だろうな」

 行商は肩をすくめた。

 「先ほどよりは」

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