咆筐のメシア~魔女は死なない~

猫柳蝉丸

本編

「こ、こいつはすげえぜ……」

 公園で適当なジュースのペットボトルを燃焼どころか蒸発させて呟く。

 アタシじゃない。歳のわりに百四十センチも無いメグミってちびっ子が魔法でやったのだ。中学一年生だと言ってはいたが、短く切り揃えられた髪型と細長い手足のせいか少女と言うか小さな少年にしか見えない。勿論、喋り方も含めてだ。

「言ったろ? アンタは魔女……、通称『ネーバルウィッチ』になったんだよ。と言うか、その藤色の瞳を鏡で見て自分で気付かなかったのか?」

「いや、目の病気かと思って……」

「緑内障じゃねえよ!」

「よかった……、緑内障で苦しむウチは居なかったんだね……」

「そもそもネーバルウィッチになった時、その身の内から聞こえてこなかったか? 自分が魔女になったって本能的な囁きとかそういう感じのやつ。アタシがネーバルウィッチになった時にはちゃんと聞こえたんだが、ひょっとして個人差があるのか?」

「いや、聞こえてたのは聞こえてたんだけど、厨二病ってやつかと思って放置してた」

「そんな自覚的な厨二病があるか!」

「来年、リアル中二になるから、そういうものかと思って……」

 真面目な表情でメグミが頭を掻く。

 信じがたい事だが、その表情から察するに本気でそう考えていたんだろう。

 何か調子狂うな……。

 何百人もの魔女を見てきたアタシだがこんな奴は初めてだ。

 一頻り頭を掻き終わったのか、メグミは歳相応の純粋な瞳をアタシに向けた。

「それでお姉さんは何なの?」

「さっきも言っただろ? アンタみたいな新人がネーバルウィッチの力に振り回されないように色々教えてる教育係さ。魔法の使い方も教えてやったじゃないか。たまに加減が出来ずに街一つ燃やしちまう奴とか居るからな。そういう事が無いようにアタシみたいなのが新人ネーバルウィッチを手取り足取り教育してやってるってわけさ」

「お姉さん……、えっと、何て名前だったっけ?」

「ハナエだ。好きに呼べばいい」

「じゃあマーちゃんって呼ぶよ」

「何でだよ! 一文字も掛かってねえじゃねえか!」

「いや、マーライオンに似てると思って」

「似てる……かなあ……?」

「似てるよ! それにマーライオンカッコいいからいいじゃん!」

「そんなシンガポールの守護獣に似てると言われても反応に困るが、まあ、好きに呼べって言ったのはアタシだから好きにしろよ」

「ありがとう、マーちゃん」

「そりゃどうも」

 本当に調子が狂う。

 五百年生きてきたアタシの調子を狂わせるなんてとんでもない奴だ、メグミ。

 これがジェネレーションギャップってやつだろうか。

 妙に瞳を輝かせてメグミが続ける。

「そう言えばマーちゃん」

「何だよ」

「ウチの中から本能で囁く声が本当って事はアレなの? ウチ、本当に不老不死になっちゃったって事なの?」

「ああ、そうだよ。正確には完全な不老不死じゃないが、大体は不老不死だな。ネーバルウィッチは寿命じゃ死なないし事故で死ぬ事も無いし自殺も出来ない。そういう存在に変わっちまったんだよ、アンタは。まあ、アタシもそうなんだが。こう見えて五百年以上生きてるんだぜ?」

「しゃあっ、不老不死っ!」

「はしゃぎやがった!」

「いや、そりゃはしゃぐよマーちゃん。不老不死なんて誰でも望む事じゃん? 死ななくていいなんて便利だし快適じゃん。不老不死なら漫画だって読み放題だしゲームだってし放題! 夢のよう!」

 不老不死を無闇に喜ぶメグミの姿を見て、過去の自分自身が重なった。そういやアタシもネーバルウィッチになったばかりの頃は不老不死を喜んだな。勿論、口で言うほど不老不死は嬉しいものじゃないんだが。

「そんなにいいもんじゃないぞ、不老不死は」

 気が付けば呟いてしまっていた。呟かずにはいられなかった。

「死ねないってのは辛いぜ。親しい人間がどんどん死んでいくのに、自分だけが取り残される。これは想像以上にきついもんだったよ」

「そう言えばネーバルウィッチって大体の魔法は使えるけど、生き物を生き返らせる魔法だけは使えないんだっけ?」

「そうだ。死んだ者は生き返せない。それだけは禁じられてるみたいなんだよな」

「だったら人類皆を不老不死にしちゃえばいいんじゃん?」

「とんでもない事を考えるな、アンタは……」

 人類全体を不老不死にする。それはアタシも考えなかったわけじゃない。しかし、それでは一つの問題点が生じてしまう。メグミはそれに気付いてないんだろう。まあ。中学生だからな。

「メグミ、それだと人類全体が停滞してしまうんだよ」

「停滞?」

「よく言われる話だが、不老不死なんて締め切りの無い漫画家みたいなもんなんだよ。誰も何もしなくなるに決まっている。アンタだって夏休みが終わらなかったら宿題なんてしないだろ? それと同じで人類全体が怠けちまうんだ。だからこそ、人類全体を不老不死にするのは避けるべきなんだ」

「ウチはそうは思わないけど?」

「えっ?」

 つい間抜けな声を漏らしてしまった。

 まさか反論されるなんて思っていなかったからだ。

「そりゃ不老不死で仕事をしなくなる人達も大勢居ると思うけど、不老不死になったのを喜んで勉強や研究に夢中になる人だって大勢居ると思うな。ウチだって不老不死を利用して世界中の漫画を読み尽くしてやりたいもんね。あっ、でも連載中の漫画を終わらせられちゃうのは嫌かな。まあ、それもそれで仕方ないかな」

 綺麗事だと言おうとしたが、そうでもない気もしていた。

 アタシだって不老不死なのにネーバルウィッチの後輩を指導する役目に就いている。それは他の魔女から押し付けられた仕事だったが、存外にアタシはこの役目が嫌いじゃない。単なる暇潰しではあるが、人は暇潰しが無ければ生きていけないものでもあるのだから。

「ねえ、マーちゃん」

「どうした?」

「ウチはさ、目的があれば人間は不老不死でも楽しく生きられるって思うんだよ」

「何かあるのか、目的?」

「漫画を読み尽くしてゲームをやり尽くしたい。そういう目的もあるにはあるけど、マーちゃんと話しててもっと大きな目的が出来たんだよね。それをマーちゃんに教えてあげる前に一つ訊かせてよ。ネーバルウィッチって両想いになった男子が死んだらウチも死んじゃうんだよね?」

「そうだな。誰が決めたのか知らないが、そういう仕組みになってる」

「困るなあ……」

「誰か好きな男子でも居るのか?」

「うん、今さ、五十三人好きな男子が居るんだけど、その内の誰か一人でも死んだらウチも死んじゃうって事じゃん? 今いきなり死んじゃうのは困るんだよなあ……」

「多いわ! と言うか五十三人全員から好かれてる前提かよ! 自信家だな!」

「いや、間違いないって。ウチの学校の男子全員、間違いなくウチに惚れてるって。マジマジ、マジで惚れてるんだって。ウチは懐が深いから全員愛してあげられるんだけどね」

「まあ、アンタがそう思うんならそうなんだろう、アンタん中ではな……」

 そんな事は無いと思うが、メグミがそう言うならそんな気がするから不思議だった。

 いかんな、アタシもいつの間にかメグミに毒されている。

 不意にメグミが少し寂しそうな表情になって、アタシに視線をぶつけた。

「マーちゃんは五百年生きてるのに、一緒に死ねる男の人が居なかったの?」

「残念ながらな。何人か愛してみたつもりだったが、誰が死んでもアタシの存在は消えなかった。心から愛してなかったのかもしれない。こいつとなら今度こそ死ねるって下心があったからかもな」

「そりゃそうだよ、マーちゃん」

「辛辣だな」

「いや、そういう意味じゃないんだよ、ごめん、マーちゃん。ウチが言いたいのは下心が無い恋愛なんて恋愛じゃないって意味。ウチだってちやほやされたいから男子五十三人の事が好きなんだもん。そんな下心を認めない恋愛なんて、気持ち悪い幻想なだけだよ」

「中一のくせに大人びた事を言うじゃないか」

「……てな事がこの前読んだ漫画に描いてあった!」

「漫画かよ!」

「漫画だよ! 悪い?」

「いや、悪くない。悪くないな、そういう考え方も」

 メグミは幼い。漫画を読んでばかりの夢見がちな中学一年生でしかない。

 だが、本気で夢を見ているのならば、それは何かを成す大きな原動力となるはずだ。

「そう言えばメグミ」

「どしたの、マーちゃん」

「アンタは不老不死と魔法を手に入れて何をするつもりなんだ? アタシと話していて出来たんだろう、何かの目的ってやつが」

「そうそう、それだよ、マーちゃん。ウチさ、実は結構怒ってるんだよね」

「大人とか政治家とかにか?」

「違うよ、もっともっと大きな敵に怒ってるんだよ、ウチは。」

「もっと大きな敵って言うと、ひょっとして……」

 アタシが訊ねると、メグミは不敵に微笑んで頭上を強く指差した。

 それはメグミが好きな漫画に描いてありそうなポーズそのものだった。

「天だ! ウチは天に怒っているのだ!」



     ☆



 出航の時間を待ち侘びながら、アタシは感慨深く呟く。

「西暦14292年か……、随分掛かっちまったな、メグミ」

「そうだね……。でも、夢中だったからあっという間だったよ、マーちゃん」

 メグミと視線を合わせて頷き合う。

 あっと言う間とまでは言えないが、それでも思ったより短く感じたのは間違いない。

 少なくともメグミと知り合うまでの五百年と比較すれば、あまりにも短かった。目的を持つと人生は短いという言葉は本当だったわけだ。そして、限定的ながら不老不死であるネーバルウィッチのアタシ達が目的を持てば、それこそ何だってしてやれるようになるという事なのだ。

「やってやろうぜ、メグミ」

「うん、今度こそウチ達の怒りを『天』にぶつけてやろう」

 メグミが怒っている『天』と言うのは、アタシ達にネーバルウィッチの力を無理矢理与えた神様みたいな何処かの誰かの事だ。便宜的にアタシ達は『天』と呼んでいる。『天』はアタシ達に魔女の力を与えた。何が目的なのかは分からない。人類に身勝手に不老不死と魔法を与えて、それで右往左往する滑稽な姿を見て笑いたいのかもしれない。実際、今までのネーバルウィッチは不老不死を持て余して諦念の中で生きる事しか出来なかった。アタシも含めて、だ。

 だが、メグミはそうはならなかった。メグミより五百歳年上のアタシでは思いも寄らなかった事なのだが、メグミにとっては当たり前だったのだ、主人公が神に叛逆するってストーリーの漫画は。それこそ掃いて捨てるほどあったのだ、メグミの時代には。

 だからこそ、漫画好きでゲーム好きなメグミは『天』への叛逆を躊躇わなかった。

 いつから続けているのか分からないが、『天』も馬鹿な事をしたものだと思う。恐らく人類が神に叛逆するなんて思いも寄らない時代からネーバルウィッチを創造し続けて来たのだろう。これまではそれで上手くいっていたのかもしれないが、人類は少しずつ色んな意味で進化してしまっていたのだ。例えば物語の中で神様を殺そうと気にしない人間なんて、メグミの世代には腐るほど増えていたのだ。

 これからアタシ達は本格的に『天』に叛逆する。一万二千年掛かってしまったが、アタシ達は不老不死なのだ。メグミの言う通り、目的さえ持てば一万二千年なんてあっと言う間だった。

「母さん、準備が出来たよ!」

 アタシの丁度二千人目の息子であるヒトナリが艦の準備の完了を告げる。アタシの息子の中でも一際積極的に『天』への叛逆に協力してくれた一人だ。後で手料理でも振る舞ってあげるとしよう。だが、それよりも今は。

「行けるらしいぜ、メグミ」

「『美少女による銀河帝国』の本当の始まりだね、マーちゃん」

「ああ、これからが始まりだ」

 アタシ達はこれからこの宇宙戦艦で銀河の中心に殴り込みを掛ける。

 長年の研究でネーバルウィッチが魔法を使う時に利用するエーテルが銀河の中心で発生している事が分かったのだ。どうやら『天』は天の川銀河の中心を通じて、七次元先からアタシ達の宇宙に干渉しているらしい。長く時間が掛かってしまったが、居場所さえ分かってしまえばこっちのものだ。アタシ達に殴り込まれて目を白黒させればいい。もっとも、目がある生命体なのかどうかは分からないが。

 打ち勝てるかは分からないが、勝てるか勝てないかじゃない。

 アタシとメグミはそうしたいと思った。ネーバルウィッチを生み出し、不老不死を嘲笑う『天』に一泡吹かせてやりたかった。それで地球圏を統一し、『美少女による銀河帝国』を建国してやったのだ。あとは目的に一直線に向かってやるだけだ。身勝手な『天』に支配されたこの箱庭を打ち破ってやるために。

 それにしても……、とアタシはつい思い出し笑いをしてしまう。

 遥か昔に聞いたメグミが『天』に怒った理由を思い出すと、つい笑ってしまう。

 ネーバルウィッチになる前のメグミには一つの夢があったらしい。他愛の無い夢。『お婆ちゃんになって孫達に見守られながら死んでいく』という漫画にありがちなシーンを経験したいという漫画好きのメグミらしい掛け替えの無い夢だ。

『天』は計らずもメグミのその夢を壊してしまった。

 それだけでメグミの叛逆は決まったも同然だったわけだ。

『天』を打ち倒した後、アタシ達がどうなるかは分からない。

 ひょっとしたらエーテルの流れが止まってこの身が滅んでしまうかもしれない。

 だが、それはそれで構わない。それもまたアタシ達が死ぬ場所には相応しい。

 もう一度、アタシはメグミと視線を交わし、そして、宣誓した。

「行くぞ、野郎ども! 『海軍魔女艦隊』、全艦、発進!」

 そうして、アタシ達は銀河の中心に、七次元先に殴り込みを掛けるのだった。

 待ってろよ、『天』。

 こっちが勝つまで、追い続けてやる!

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