save47 悪意は笑う



 暗い部屋で。

 ぼんやりとだけ灯る、蝋燭の明かりがある。

 部屋全体を照らし出すほどには、とてもではないが、たりぬ光源。

 か細い明かりが、かろうじて浮かび上がらせている、3つの人影。


「くっくっく」

「くくくく」

「くっふっふっふ」


 秘めたような、笑い声。 

 3つのローブ姿は彫像めいて、揺れる明かりの中に佇む。


「我らは闇に潜みしもの…。」

「光に背を向けし…。」

「混沌なるもの……。」


 静寂。部屋を隠す岩窟は厚く、扉は厚く。外を遮る。


「我らはいつ頃よりここに居りしものたちなりや……?」

「そは数えるを厭うほどの太古より……在りし気がする」

「3日くらいかなあ……」


 どごーん、と外でなにか大きな音。

 部屋が揺れ、細かな石片がパラパラと落ちた。


 …………。


「なに、こわい」

「なんかいる? 誰かいる?」

「……けれど、この扉はひらかない」

「そう、誰もこの部屋には入れない」

「つまり絶対に出れない部屋でもあるけれど」

「くっくっく」

「くくくく」

「くっふっふっふ」

 泣き声が交じる。


「「「お腹が減った……」」」


 岩屋を叩き割るほどの轟音が炸裂した。

 ドラム代わりに爆撃された鉄扉がひしゃげて部屋の中に飛び込んでくる。

 あるいはそれは、ノックの真似事だったのかもしれない。

 明かりが、暗い部屋に差し込んでくる。

 ひえー、と身を寄せ合う3つの姿が顔を向ける先には――、

 美しい少女が一人。光を背負って立っていた。


「あの……あなたは?」


 問われ、エリスは答える。

「ルシーナ・エリス・プリンセシア。ここが邪教徒のアジトであると、聞いて来た」

 そなたらは、。

 尋ね終わる前に、三人はうわあああっ、とすがりついてきた。

「「「ありがとうございますうぅううっ!!!」」」

「??」

 戸惑うエリスをよそに、彼らはまくし立てる。

「おれたち〈永久とこしえより続く闇〉といいます。というグループやってたんです。王都で」

 仮面、というより、チープなお面をかぶった少年――だろう、が言う。

「主に高尚な感じで闇に潜みながら難しく聞こえる感じのおしゃべりを楽しむような趣味の集まりだったんです」

「まあその、ちょっと不謹慎なコスプレを楽しんだりもしていたんですけど……」

 エリス、なんとなく圧倒されるものを感じながら、とにかく促す。

「……外へ」

 ありがとうございます、ありがとうございますっ。

 三人とともに暗い部屋を出る。出た先の大部屋は、天井に魔法の輝きがあり、明るい。

 そこで、エリスは詳しい話を聞く。

 話によれば、彼らは道化師のような男に誘われてここに来たという。

 そしてここに来るまで、閉じ込められるとは思っていなかった。


「雰囲気のある場所で、ちょっとおしゃべりをしようじゃないか、って言われて…。でも、こんなことに……」

 エリスは、うーん…。と首をかしげる。

 一人が、おずおずと言う。

「で、あの、その道化師が部屋を出て行く前に、言っていたことなんですけど……、

 なんか、時間稼ぎ……とか。

 目的の完全なる達成のための。

 それで、その目的のためには、ダークエルクの女の子が必要なのだ……とか」

 こくこく、と、残り二人もうなずく。

「なんか、探し出して捕まえないと、みたいな……」

「むぅ…。」

 聞いた話を反芻しつつ、エリスは腕を組んで考える。

「邪悪の宝珠、というものが、ここにあると聞いた。が……」

「ああ、ありますよ」

「あるのか?」

 少年は、懐から取り出した。

「ビー玉ですけど。ものすごく黒くて綺麗……でしょう?」

「うむ、まあ……」

 ため息。

「……ともあれ、そなたらをいますぐ放免というわけにはゆかぬ。

 一時警察の預かりにさせてもらうぞ」

「「「はいっ」」」

 元気な返事だった。部屋から出れたことがよほど嬉しかったのだろう。

 三人を引き連れ、出口に向かいながら、エリスは思う。


(ダークエルク――。か……)


 目的に。必要だという。

 ユーゴー。道化師。ダークエルクの少女。

 それらは果たして、どのように結びつくのか。

 姿の見えない何かに、いいように転がされているような思いを味わいつつ。

 エリスは王都を目指す。



   ◇ ◇ ◇



「ハァハハハ!」

 大男は笑う。勝利の確信と愉悦を含んだ声で。

 蛮刀を掲げる。暴力の予兆を十分に見せびらかしてから、振り下ろす。テーブルを叩き割る。

「さあ、兵隊さんが悪い輩を捕まえに来たぞ。洟垂はなたれメガネと、ちびのダークエルクを」

 女将さんは、ネネを後ろに守って、挑むような視線を送る。

 ジーンは、そんな二人を背中にして、強く睨んだ。

 スキンヘッドの大男の背後には、手下連中がいる。

 店の周りにも、大勢が配置されている。

 周囲を聞いて、ロイドはそれを確かめる。

「まずは自己紹介と行こうか。

 俺様はゴッパ。こいつらの、あー、隊長さまだ」

 尊大な態度で言いながら、歩を進める。


 ロイドは考える。

 いま、この場で、自分が取るべき対応、態度を。

 ネネを連れての逃走も、まだ、選択肢の中にはある。


「さて、それじゃあ善良な市民様への、お願いだ」

 カウンターの椅子に、ゴッパは座る。

「見ての通り俺たちは、ルミランスの兵士様だ。任務は、邪教徒のガキと、その協力者のメガネの捕縛。何も言わずに差し出せば、大切な市民様に、手荒な真似はしない。 どうだ?」

 言って、いやらしく笑う。

 うつむいたネネ。そして一歩前に出ようとした彼女を、女将さんが大きな身体で遮った。

 ジーンが言う。

「その前に。その椅子は、親父の椅子でな。大切なもんだ。そこに乗っけてくれるには、あんたのケツはちぃーっとばかりにおいすぎてる気がするんだが?」

 ゴッパは笑って立ち上がると、椅子を踏み潰した。

 ジーン、ハッ、と笑う。

「よーし、こいつはクソ野郎だ」

 きっぱりと断じて、ロイドに言う。

「道はどうにかこじ開けるからよ。ネネを守ってやってくれ、頼む」

 なんかよくわからんが、連中間違いなく悪党だからな。視線を前に向けながら。

 女将さんも言う。

「子供だからね。……助けてやっとくれ」

 女将さんの表情。巻き込んでしまってすまない、という謝罪の思いと、ただ強く、危機にさらされた子供を案じる、それは母親の顔。

 そして当然のように、二人は言っているのだ。

 ロイドにも、逃げてくれ、と。

 それら人間の情感は、あまりにも眩しく、

 託された思いは、願いとしてロイドの胸を打つ。

 それを吹き散らすように、大声が響いた。

「おおっと、お前は動くな、メガネ野郎」

 動けば店を燃やすぞ。

 投げられた言葉に、女将さんとジーンは、ざわ、と身を震わせる。

「お前がじっとしてれば、大切な市民様にはなぁんにもしねえ。けど動くのなら共犯だ。なら何をしたって、いいよなあ」

 女将さんとジーンは、激しく言い返した。

「やれるもんならやってみな!」

「舐めんじゃねえ、このハゲ!」

 その勇ましい声によって、この場におけるロイドの態度は決定した。

 静観。

 それがベストだ、と。

「というわ・け・で――――」

 ゴッパが、前に出る。

 立ちふさがろうとするジーンを、腕で軽く横に除け、

 ずっ、と、女将さんを蛮刀で突き刺す。

「市民様はおとなしく寝とけ」

 口から白ライフを吐き、女将さんは崩れ落ちる。

「てめええッ!!」

 ずぱんっ、ジーンは首を斬られ、倒れる。

 下卑た笑い声。

 唇を噛み締め、うつむくネネ。

 ロイドは、

「なあんだその目は」

 そこに、火があった。それは確かに、燃えていた。


 これは、ぼくの心だ。

 いまは、開いてもいい。


 ロイドは燃える目を、ゴッパに向け続ける。

「気に入らねえなあ…………」

 握った拳を、十分に見せつけてから、

 叩きつける。

 拳を引くと、変わらずに睨みつける双眸。目を閉じもしなかった、と断言できる、赫怒があった。

 ゴッパは、いらっ、とした顔をして、

 殺意を込めて殴り倒した。

 床板を割り砕く音。

 叩き倒されたロイドは、気絶する。

 大男の高笑いが、食堂に響いた。


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