第9話 源田と和具名

「それでは僭越せんえつながら申し上げます。古代の偉大なるシャーマンや巫女たちは、みなある種の幻覚剤を用いることで神託を授かり数々の奇跡を起こしていたと記録には記されてるいます」


「それで?」


「我が天空教も大きくなってきました。信者たちはより多くの奇跡を求めています。信仰心の足りない信者の中には、猊下げいかのお説教だけでは満たされないと言ってる不届き者もいるとか。勿論、そんな輩を気にするわけではありませんが、神のお言葉に常日ごろから耳を傾けている猊下が、どのような奇跡を見せてくださるのか、待っている信者も少なくはないのではと」


 源田はしばらく黙りこくっていた。


「私の知り合いに南アフリカで民俗学を研究している者がおりまして。身体に副作用の無い、画期的な幻覚剤の精製法を呪術師から習ったと聞いております。もちろん、巷に溢れるチンケなLSDばどとは質が桁違いです。もしこれを、仮にですが、猊下が服用されているとあれば信者たちも安心して使うでしょう。そうすれば彼らも猊下と同じ奇跡を共有できるんです。こんな素晴らしい事はない。一層、天空教の団結力が増すでしょう。なあに、抵抗のある者には食事に混ぜて与えれば良いんです」


 しょせん人間なんてこんなもんだ。無知な連中に安い奇跡と信仰心を売りさばいて私服を肥やすことしか考えていない。神はああ言ってたがあたしの考えは間違ってなかったのさ。人間は生まれながらに


 そうやって鼻で笑っていた。


「ふざけるのも大概にしろっ!!」


 とつぜん、源田は顔を真っ赤にして机を叩いた。


「人の心を動かすのは人の心でしかない。見せかけの奇跡でたぶらかして賛同を得たところで一体何の意味がある?その先には何がある。和具名くん。キミが布教活動に対して人一倍熱心な事は、私が誰よりも知っている。だからこそ、上下を作らないという教団内で唯一キミに幹部的な役目をやってもらっている。それがキミの、キミ自身の心を救うからと私は信じているからね」


 和具名は顔面を蒼白にして黙っちまった。


 源田は優しい物言いだったけれどしっかり子供も諭す様な口ぶりだった。


 あたしがどう思ったかって?人間も捨てたもんじゃないって思うとでも?おいおい。勘弁してくれや。あたしは悪魔なんだぜ?くだらないね。所詮は人間の尺度でやってるだけさ。あたしの胸には響かない。


 目的は一つ。早くあの聖人ぶってる豚の化けの皮を引っぺがして、地獄の待合室へ連れてくこと。


「なあ和具名くん。思い出してくれ。たかだか七人でこの教団を始めた時を。最初は誰も耳を傾けてくれなかった。しかしどうだね。今ではこんなに大勢の信者が私を慕ってくれる。我が天空教マックスオメガの教えに賛同してる人たちがこれだけいるんだ。それだけで充分じゃないか」


 源田と和具名が盛り上がってるとこマジで申し訳ないんだけどやっぱりその名前がクソダサいこと気になって仕方ない。なに「天空教マックスオメガ」って?マックスオメガ必要?その要素必要?ていうか本当にネーミングセンスない。


「申し訳ありませんでした。出過ぎた事を言ってしまいました。忘れて下さい」


 ションボリと、和具名は帰って言った。


 しっかし人間てほんと面倒臭い。源田は偉そうな事を言っていたがその実、さっきまでドラッグでアヘ顔だったわけで、和具名を責める事なんて出来ない立場のはず。やはり源田は聖人ぶっちゃいるが薄汚れた魂を持ってやがる。間違いない。


 あたしは面倒臭い奴が大嫌い。


 その時、一人になった源田が身支度を始めた。どうやら外出するようだ。でもこんな時間にどこへ?もう明日まで時間もないって時に。


 あたしはひとまず、源田の動向を探る事にした。密偵よろしく追尾と観察をするってこと。


 まあこういう目立たない事って結構苦手なんだよね。実際あたしくらいのナチュラルボーン・プリンセスになっちゃうとかなり工夫しなきゃ目立っちまうのよ。


 というワケでここは動物に化ける事にした。


 あたしは集中して頭に歌詞を思い浮かべる。


 悪魔は何かを望む時、いつだってそれに相応しい歌を歌う。そうすると地獄の力が呼応して願いを具現化してくれる。人間は魔法って呼んでる代物さ。歌が上手ければ上手いほど、強大な力が働いてくれる。だから悪魔に音痴はいない。


 あたしが歌った歌はこうだ。



「変身の歌~ムーンドギィ~」


「オセよオセよ。真っ黒い夜に変えておくれ。暗闇と仲良くやれるよう、バターをひとかけ持っていけ。長い舌と長い耳。三日月をそのまま牙にして。厚手の毛皮も被ると良い。今夜はきっと冷えるから」



 あたしの身体はみるみる縮んでゆき、ふさふさモコモコな毛に覆われた。あたしはとっても美しい毛並みの、一匹の黒犬グリムに変化した。


 すたすた歩いて慣らし運転をする。四本脚には慣れてない。


 トレンチコートにハンチング帽、サングラスにマスクという変質者丸出しの見るからに怪しい格好で源田はコソコソと外へ出た。何というかまあ、悪魔なんで。相手がやましい事とか考えてるとすぐ解っちゃうんだよね。まあ普通に考えて悪魔じゃなくてもアレは見れば解る。あ、コイツ変質者だな、って。


 あたしはコソコソと人の目を気にしながら歩く源田の後を何食わぬ顔で歩いていた。そりゃそうだよ。誰も犬に尾行されてるなんて思わない。おまけにあたしは夜と同じ身体の色をしていた。月だってあたし見つけるのは難しい。


 源田は急ぎ足で町の方へ向かっていった。


 あたしは自慢の脚で風の壁を切り裂いて、周りの景色を置き去りにした。それは、うっかり源田を抜いてしまうくらいの速さだった。


 あたしキョロキョロと辺りを見渡して源田の魂の臭いに集中した。犬に化けるとこういう事もできるからありがたい。


 源田はすぐに見つかった。


 奴は繁華街を一本裏に入った店の前で仁王立ちしていた。何かを考えている険しい顔つきだった。真剣そのものといった表情で、どこかチベットの修行僧にも似た気配を感じさせた。


 宗教家としての鋭い眼差しの源田がそこにいた。


 あたしは源田が見つめる看板の文字に目を移す。



「ムフフ浴場(欲情) ムッチィマウス」



 チベットの修行僧に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。すまん、チベット。宗教家としての顔どころか普通に煩悩丸出しスケベオヤジの顔だった。


続く

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