サグメとは小学校の入学式で知り合って、それからずっと友達だ。

 大人しいけど誰とでも仲良くなれる子。休み時間に誰がサグメと遊ぶのかでケンカになった事もある。結局クラス全員で鬼ごっこをしたんだけど、そういう好かれる子だった。

 それがどういう訳か先生たちには嫌われているみたいだった。

 よく呼び出されたり、明らかに違う生徒のミスなのにサグメだけが怒られたりしていて、私は何度も先生に抗議した。それで私の親に『問題行動』とか言って連絡された事もある。

 子供は大人にならなければ自分の間違いに気付く事もできないと言われたけれど、私は大人になってもこの時の自分の行動は間違っていなかったと大きな声で言える。


 サグメはとても無口で、特別誰かと仲良くするのが苦手みたいだった。だから中学に上がると休み時間に話をするような友達は私だけになっていた。

 けれど嫌われているとかいう事もなく、私たちは学校では平和に過ごしていた。先生には相変わらず嫌われているし、サグメから親の愚痴も聞いていたけれど、私にもある事。その程度は二人で話して発散しよう。

 そんな風に思っていた。


 あの日、今年の夏休みの登校日にサグメは元気のない様子で登校して来た。普段から大人しいけれど、そういう事ではなくて沈んでいるのだと分かる様子だ。

 心配して、どうしたの? と聞くのだけれど、何でもないと返事が返ってくる。

 気にはなったけれど、話したくないのなら聞かないでおこうと考え、他愛もない話をしてから席に戻った。

 提出物を出した後の掃除の時間に、サグメはクラスの花瓶を割ってしまった。

「サグメ。大丈夫? 怪我してない?」

「う、うん……」

 私が駆け寄ると、サグメは立ち尽くして動けないでいた。そうしているうちに人だかりが出来てくる。

 女の子たちのグループが先生を呼んでこようかと話している中、サグメと同じ場所を掃除していた男の子が「おい、サグメ!」と声を上げた。


「俺さっき見たぞ! お前がわざと花瓶を割ったのを」


 周りがざわついて、やばい人でも見るような目でサグメを見ているのに気付く。

「そんな訳ないでしょ! そんな事より片付けるんだから退いてよ!」

「いいや、俺は見たぞ! こいつ、花瓶を洗ってたと思ったら急に床に叩きつけたんだ!」

 私の言葉に、男の子が自信たっぷりな探偵みたいに反論する。

 その中でサグメは無表情で立ち尽くしていて、私はそれを怯えているのだと思った。

「どうした、どうした⁉」

 そこへ誰かが先生を呼んできて、男の子が同じように話をする。

「ヒトツネ、お前はどうしてそんな事をしたんだ⁉ 花瓶も学校の備品だぞ!」

 先生がサグメには話も聞かずに、男の子の話を信じてサグメを責めた。私はそれが納得いかなくて先生に抗議する。

「先生はどうしてサグメにも話を聞いてあげないんですか?」

「またお前か、トリフネ。今こうして聞いているだろう」

 先生は大袈裟に溜め息を吐き、サグメを職員室に連れて行こうとする。だから私は慌ててそれを遮り、声を荒げる。

「わざとじゃないかもしれないじゃないですか! 決めつけないで下さい!」

「何だと⁉ ちゃんと見た生徒がいるんだ!」

「私も、サグメが手を滑らせるのを見ました!」

 咄嗟に私は嘘を吐いた。けれど、サグメはわざと割るような子じゃないと分かっていた。

 結局、先生は私たちに片付けるように言ってからサグメだけを連れて行った。


 その日の帰り道、二人で歩いていて「信じているから大丈夫」と私はサグメに言う。

 サグメとてもは小さな声で「ありがとう」とだけ答えて黙ってしまう。

「クラスの子はほとんどが信じてくれたし、気にしなくていいよ?」

「うん……ありがとう」

 それは蝉の声に消えてしまうくらい小さかった。

 何とか元気になってもらおうと、くだらなくて笑ってもらえそうな話をしていた。

 サグメが言う。

「コヤネちゃん。私ね、コヤネちゃんと同じ高校に行くかも」

「え? そうなの? 私は嬉しいけど、料理の学校はいいの?」

「うん。お母さんがね、ダメだって。お父さんが他の人に話して誇れるような学校に行きなさい、料理なんかお金をかけてまで勉強するのはバカのする事だって」

 サグメが泣きそうな顔で下を向いて立ち止まる。

「酷い! 何それ、うちの親より酷いじゃん! お父さんに言うとかできないの?」

 ふるふると首を横に振って、サグメが続ける。

「お父さんは、優秀な成績を取るのなら好きにしろって。でもお母さんのことは説得してくれないの。私がお父さんに話した事がお母さんにバレちゃって怒られたし……」

「怒られるのは可笑しいよ! また罵られたんでしょ! もう最低だね」

 サグメの母はいつもそうだ。サグメから話を聞く度に、何を考えているのだろうと思う。まるで親である事が嫌みたいだ。それでも優しい日もあるのだと、サグメはいつも言う。


 それでもこの日のサグメは違った。

 ぎゅっと鞄の肩ひもを握り、絞り出すような声で話す。

「料理の学校なんてくだらない。お前が生まれてから金ばっかりかかる。金食い虫って……」

「そんなの親の言う言葉じゃないよ! 絶対! ねぇ、サグメ。高校生になったらバイトして、いつか二人暮らししようよ。逃げればいいんだよ。ね、そうしよ?」

「うん……そうだね」

 サグメの顔がとても空っぽに見えたけれど泣いてはいなくて、私は少し安心する。


 その次の日、サグメは首を吊った。

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