山に住うもの
成上
前編
「やっと、言ってくれたね」
鈴のような可愛らしい声音とは裏腹に、その響きは青年の心臓を鷲掴みにするような──捕食者のようなものであった。
青年はただ、想いを伝えただけである。
だというのに、なんだ、この悪寒は。
青年は思わず後退りすると、何かがそれを阻んだ。白い蛇だ。何故こんなところに、と思う間もなく蛇はぐるりと足元を這うと、青年の脚を締め上げた。青年は「ワッ」と声を上げて尻餅をついてしまう。
「ダメじゃない、逃げちゃ」
鳥居を背にした彼女の表情は、差し込む夕日による逆光でよく見えない。
蛇は青年の脚から離れ、今度は彼女の元へと向かった。
──逃げなければ。
そう思い、冷や汗ですっかり濡れてしまった手で地面を押し上げるも、得体の知れない恐怖に支配されてしまった青年は、立ち上がることができなかった。
白い蛇は青年のときと同じように、彼女の足元をぐるりと這った。そして蛇は彼女の着物の上を──地に向かうほど黒から白になる長い髪と反対に、天に向かうほど黒から白になる、大きな菊があしらわれた着物の上を這う。
黄色い菊の上を、金色の水引の上を、黒と赤の帯の上を、と上に向かうにつれ、質量を増す蛇に青年は目を疑った。蛇が彼女をすっかり越した頃には、蛇は「龍」と呼ぶべき姿となっていた。
「可愛いでしょう?」
そう言って広げられた腕の内──いつもは隠されている袖の内が露わにされる。そこに描かれていたのは、「可愛い」と評されたものと同じ白い蛇だった。
「ずぅっと、待っていたの。私の可愛い子」
からんころんと下駄の音を立てて近づいてくる彼女から目が離せない。それが魅了によるものなのか、恐怖によるものなのか青年には分からなかった。
スッと手をとられ、彼女によって引き上げられる。思わず声を上げて彼女に抱きつく形になってしまうと、くすくすと彼女は笑った。
「これでようやくあなたは私のものとなったわ」
いつも笑顔を浮かべて隠されていた瞳が、こちらを見つめた。
「本当は気付いていたでしょう? 私が人間じゃないことぐらい」
青年には確かに心当たりがあった。青年がこの社に迷い込んだのは、彼がまだ少年と言える年頃の頃だ。だと言うのに、彼女の容姿はその頃から全く変わっていないのだ。だとしても──彼女と種族が違うとしても、己の愛は不変であると青年は信じていたのだ。
「大丈夫、たっぷり愛してあげるからね」
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