第15話 やっぱり私はここが好き

 子ども達と過ごして、帰る準備をしていればあっという間に王都の保育園とはお別れの時が迫っていた。

 ネコ科の子たちは甘え方がまた独特で、ツンデレの子もいればデレデレの子もいたりして、なかなか楽しかったのだけれどここはやっぱり私の居場所ではないみたいな感じでお邪魔していますという感じが消えることはなかった。

 

 お手伝いで来ている落ち人だからと、たまに騎士さんたちに声をかけられたり、文官さんにも食事のお誘い頂いたりしたが、丁重にお断りしていた。

 

 カーライドさんのいい笑顔が浮かぶし、ライラさんもローライドさんも気をつけなさいと言っていたし、そもそも仕事で来ているのだからという考えでいた私。

 明後日には羊族の村へ帰るという頃にキャロルさんが楽しそうに言った。


 「とうとう、ネコ科のいいとこぞろいなお坊ちゃんたちは誰もハルナを落とせなかったか」

 

 その言葉に、首を傾げていると給食とおやつの片付けが終わったフレイさんがニコニコと笑いつつ言う。


 「あぁ、あのあわよくば陛下のお気に入りの落ち人を嫁にしようという考えの愚かな奴らか」


 フレイさん、笑顔で毒舌が効いてる。ミケーレさんにそっくりです!

 

 「そうそう、ハルナにはきっとすでに羊族に良い人がいるでしょうにね」


 まさかのマロンさんまで、この事態を知っていたとは驚きを隠せない顔をしているとミューナさんが言った。


 「本当に、誘われてる姿を最初に見かけた時はちょっとハラハラしたけれどハルナはけっこうバッサリとお断りしてたから、最近は振られる方の顔を見るのが楽しくてね」


 クスクスというミューナさんもなかなかのつわものの様です。

 言ってることが強いです……。


 「あれってそういう思惑があったなんて知らなかったの。でも、羊族でお世話になってる方々に誘われても付いていかないこと、路地裏には行かないとか来る前に言われたことがチラついてて」


 そんな私の返答に、四人は深く頷いてそしていい笑顔で言った。


 「ハルナのことをちゃんと思って考えてくれる方々の様で良かったよ。ハルナ、ネコ科は種によっては狡猾だから、これで良かったんだよ」


 そんなわけで、私はきちんと無事に羊族の村へと帰還できそうです。

 まさか嫁にと思われてたとはつゆとも本人は気づきませんでした。

 まぁ、確かに見た目は良い感じの人が多かったけれども……。

 人は見た目じゃないしね。


 そう、この事態を聞いて私はやっぱり羊族の村が好きだなと思ったし嫁と言う単語で浮かんだ人を想い返したりもした。

 早く帰りたくなったころ、その日はしっかりと訪れる。


 帰還前日のこの日、私は帰りの会で子ども達を集めて話をする。


 「みんな、保育園に随分慣れましたね。ここで少し残念だけれど、お知らせがあります。 私は明日、羊族の村に帰ることになりました」


 そう言うと、子ども達は可愛い大きな目をさらに大きくして驚いているし、その尻尾はピンと立った後にしょげたように垂れ下がる。

 

 「どうしてハルナ先生は帰るの? ずっとここに居たらいいのに……」


 そんな言葉をかけてくれたのはミケーレさんの娘のニーナちゃん。


 「羊族の村にはね、私にとってのお父さんもお母さんも居るの。ここへはお手伝いで来てたから。もう大丈夫そうだなってことで帰るのよ」


 そんな私の言葉に子ども達は少し考えて言った。


 「ハルナ先生のパパとママはハルナ先生の帰りを待ってるの?」


 そう聞いてきたのはマーキス君、大人しい賢い男の子だ。


 「うん、早めに帰って来てねって言われてたのよ。待っててくれてるの」


 そんな会話を聞いたヴィヴィアンちゃんは言う。


 「パパとママが待ってるなら、早く帰らなきゃね。きっと心配してるもんね」


 彼女は好奇心旺盛で、ここに来て一番に迷子になった子。

 王宮で王妃付きメイドのお母さんに連絡が行くと、光の速さで見つけてくれたが心配をかけたことは彼女にとって記憶に新しいのだろう。


 こうして、私は子ども達にお別れを告げるとその夜は国王陛下夫妻と夕食を共にし、保育園立ち上げを労われた。


 「ハルナがここを気に入ってくれたらなんて淡い期待もあったけれど、子ども達から聞いたわ。羊族に家族が出来ているのね。それなら、大切なお嬢さんは早く返さなくてはね」


 王妃様は少し寂し気に言う。

 そんな王妃様に寄り添って陛下は言った。


 「ハルナはしっかりしているから、あわよくばレザントの嫁にとも考えたが。あれとは合わんな! ハルナが可哀想だから、即諦めた」


 にこやかに言うことが、結構息子に厳しくって私は思わずクスッと笑ってしまう。


 「王妃様も陛下も結構自身の子なのに目線は厳しいですね? でも、合わないは私もレザント王子も互いに思ってるので間違いないと思います」


 王子が各領地に出かける前、彼と話す機会があった。

 彼のほうがやはり王子と言う立場からか、いろんなことへの視野が広くこの王妃と陛下の想いをうっすらと感じ取っていたらしい。


 「しかし、俺はお前とは合わん。お前もそう思うだろう?」


 正面から聞いてきた王子の潔さは好きだけれど、そう言った相手には見れないと私も素直に答えると、王子も頷いて言った。


 「そうだよな。良くて友人ってところだろう? 俺にとってみれば妹みたいなもんだぞ?」


 その言葉に、私は思わず聞いた。


 「王子っておいくつなんでしょう?」


 ここに来て年上という返答に私は頭を抱えた。

 しかも、カーライドさんよりも上だった。

 見た目ヤンキー兄ちゃんなのに、と思いつつ私は王子の妹発言も間違いではないことに気づいたのだった。


 そんなこともありましたと回想しつつ話すと、陛下と王妃様は少しため息をつくと言った。


 「年頃的には問題ないと思うが、そうか。あいつはハルナは妹とみるか。それでは仕方あるまいな」


 その後はあれこれと今後の施策や保育園のことなどを話して食事会は終了した。

 この時着せてもらったドレスは私用に作ったので持って帰ると良いと言われたので帰りの荷物に入れてもらった。


 翌日、ここに来た時の馬車に大きな荷馬車も引き連れて羊族の村へと帰るために出発した。

 行きに比べると貰ったものやお土産などで荷物が増えたこと。

 そして、陛下は分かってくれていたのか羊族の保育園用にもカートを作ってくれていたのでありがたくいただいた。

 なので荷馬車と一緒に帰還になったのである。


 今回も馬族の村で一泊ののち、翌日のお昼ごろ私は二ヵ月ぶりに羊族の村へと帰ってきた。


 そこには馬車と荷馬車の音を聞きつけたらしい、保育園の子ども達が駆け付けていた。

 私の始まりの場所でもある、あの草原にはたくさんの人が出迎えてくれていた。

 保育園の子どもと先生はもちろん、村の雑貨店や農家の人々も出てきているのだ。


 私は馬車を止めてもらって、草原に降り立ち駆け出せば子ども達がわぁっと寄ってくる。


 「ハルナ先生! おかえりなさい!」


 もふもふの子ども達に囲まれて、私はみんなを久しぶりに撫でながら言う。


 「みんな、ただいま! 今日からまたよろしくね」


 ワイワイとした様子を大人たちは微笑ましげに眺めているし、ミケーレさんとはローライドさんがお話している。


 子ども達が引くと、ライラさんがやってきた。


 「おかえり、ハルナ。無事に帰って来たわね」


 ライラさんは微笑むと言葉を告げたと同じくして抱きしめてくれる。


 「ただいま、ライラさん。無事に帰りました」


 こうして、私は大好きな羊族の村に帰還した。

 あぁ、やっぱり私はここが好きだとしみじみと感じながらローライドさんのお家へと帰る。


 帰り着いて、お土産も配り終えて夕刻になるころ警備で村の端まで行っていたカーライドさんも帰宅した。


 「ハルナ、おかえり」


 柔らかく笑うカーライドさんに私も言った。


 「お仕事お疲れ様。ただいま、カーライドさん」


 久しぶりに揃って食べるライラさんお手製の夕飯は私にさらに帰ってきたという感覚を促し、胸が温かくなった。


 そして、離れてみて気づいた。

 優しく見守り、色々教えてくれていた人に淡く抱いていた気持ち。

 レザント王子とも接したから違いが分かったともいえる。

 私がここを好きなのは、好きな人もいるからだってこと。

 レザント王子は兄だと思えるし、友人にもなりえる。

 でも、カーライドさんはそうじゃない。

 お兄さんとは思えないし、友人では物足りない。


 でも、しばらくは忙しいだろうからこの気持ちを告げることはないだろうけれど。

 気づいた気持ちを大切に、ゆっくり育めればいいと思っていたがどうやらそれは私だけだったと気づくのにそう時間は掛からなかった。

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