番外編 ホワイトデーのために

「あれ? 蓮斗今日もバイトなの?」

「まあな。」

「そっか……残念だなぁ……一緒に帰りたかったのに。」

「ごめんな。」

「でもしょうがない。10人以上だから。」

「それもそうだけど……蓮斗、本当に無理しなくていいんだよ? なんだったら僕の分は無くてもいいし。」

「それはダメだよ。せっかく作ってくれたのにお返ししないなんてありえない。それに、俺がしたいからしてるんだ。形だけのお返しじゃなくて、自分の力で稼いだ、正真正銘俺からのお返しにしたいんだ。」

「蓮斗……。」

「というわけで、2人は何が欲しい? こういうのは気持ちが大事だけどさ、だからって気持ちだけってのも独りよがりな気がするし、やっぱり貰う側が本当に喜ぶものがいいよな。」

「欲しいものなんて急に言われても……それにあんまり無理してほしくないし。」

「なら、好きな食べ物とかでもいい。俺はこの後すぐバイトだから決まったらリンクしてくれればいいから。」


流石にこれ以上長居はできない。

バイト先のマスターに怒られてしまう。

いや、あの人は多分怒らないだろうけど、それでも迷惑をかけてしまうだろうし、やはり早く行くべきだ。


「おはようございます!」

「よく来たですね。待ってたです。」


俺が今バイトしているのは家の近くの喫茶店だけど、この喫茶店は利益よりも趣味の方を優先した店らしい。

なんでも、マスターの父親が流通関連の会社を経営していて、その傍らで自分の趣味全開の落ち着いた雰囲気の紅茶をメインにした喫茶店をやっているとか。

でもその父親は本業で忙しいので結局マスターがお店をやっている。

そのマスターだが、どう見ても同い年かそれより下の女の子。

しかしこれで成人しているっていうんだから驚きというか、この街見た目子供の大人が多い気がするんだけどどうなってんだっていうか……まあ、とにかく小柄な人なんだ。

名前はクレア・スタンフォード。


「すんません、遅れました!」

「狗瑠人、遅いですよ。」


そう、何故かこの馬鹿も一緒にバイトをしている。

他にもバイト募集している所はあるはずなのになんでここなんだろうね?

家はこっちの方じゃないよね?


「あ、そうです。今日はこの後、臨時でバイトする人が来るですよ。」

「そうなんですか?」

「はいです。今日は顔見せだけですので18時くらいを予定しているです。」

「分かりました。」


バイトに勤しんでいるとあっという間に時間が経ってその臨時でバイトする人が来るという18時になる。

そして現れた臨時の人だが……おじさんじゃん。

なんだろう?

本社というか、マスターの父親の会社の人だったりするのかな。


「俺の名前はカルロ。これから暫くの間よろしくな。」

「よろしくお願いします。」

「ちなみに、こんな顔ですがまだ22だったりするです。」

「は!? 22!?」


いやいや、どう見ても30超えてるだろ……え、本当に?


「あー、まあ、驚かれるのには慣れてる。昔からずっとそうだったからな。これまでに何度職質された事か……。」


このおじさ……んんっ! カルロさん、すっごく遠い目をしている。

本当に職質されまくったんだろう。

この顔で高校生とかしててもコスプレしてるようにしか見えないだろうし、どう好意的に見ても不審者だ。

下手したらヤクザものとして見られてもおかしくないくらいには厳つい顔とガタイをしているからな。

うーん。

大丈夫なんだろうか……ちょっと今後が不安だ。


バイトも終わり家に帰ってスマホを確認するとセフィア達からリンクが来てる。

セフィアが他の人達にも伝えてくれたのかみんなからもリンクが来てるな。

えーと、まずはセフィアから……フルーツサンドか。

随分と控えめだな。

気を遣ってくれたんだろうが、もう少しわがままを言ってくれてもいいんだけどな。

李凛は……ぶっ!?

な、ななな、何を考えてんだあいつは!?


『蓮斗の童貞』


何度確認しても、こう書いてある。

……セフィアと一緒でフルーツサンドにしよう。

瑠璃絵は俺の古着……フルーツサンドだな。

唯は同衾……フルーツサンドだな。

アレクシアさんはみんなと同じでいいそうだからフルーツサンドだな。

エルナさんは一緒にどこか行きたいそうだからフルーツサンドだな。

あ、違った。

どこか行きたいそうだ。

まあ、喫茶店かどっかに行くとしよう。


その後も見ていくが、大体の人はあんまり負担にならないように気を遣っているのかお金が掛からなかったり、考える周りに合わせるようにしてくれてたりする。

李凛達が特殊なだけで普通はこうだよな。

しかし、これだけの人数となるともう少し稼がないといけないか。

頑張ろう。



時間が経つのは早いもので、カルロさんが来てから1週間が経った。

1週間も経てば会話する事も増えて今はどうしてバイトをするようになったかは話している。


「それじゃあカルロさんは好きな人から義理チョコを貰ったからそのお返しをするため?」

「ああ、そうだよ……。ここですげーお返しをすれば少しは見てくれるかと思ったんだよ。」

「……捕まらないといいですね。」

「なんでだよ!?」

「いえ、その見た目で若い女性と出歩いていたらその、なぁ?」

「なんか、事案にしか見えない。」

「お前らなぁ……流石にそれは傷つくぞ!」

「「すんません。」」

「そういうお前らはどうなんだ? えぇ?」

「俺達もまあ、バレンタインのお返しですかね。」

「だな。」

「そうか……。お互い、上手くいくといいな。」


なんかホッとしているけど、義理を貰ったこの人に本命だったなんて言えない。

狗瑠人は付き合ってるし、俺は俺で複数人から本命を貰ってるなんて言えない!

ちなみに蒼井からはゲーム機なんて言われたから問答無用でフルーツサンドにした。

マシュマロとかグミじゃないだけマシだ。

まあ、そもそも好きでも嫌いでもないんだがな。

なんていうかこう、本当にもう、幼馴染みっていう認識でしかないんだよな。


「そろそろ常連さん達が来る時間です。お喋りはやめて準備しておいてくださいです。」

「はい。」

「分かりました。」

「分かった。」


学校終わりだと2、3時間しか働けないし休日の今こそ頑張り時だ。

まずは常連さんの相手。

最初に来るのは大体近所のマダム達で昔で言う井戸端会議みたいな感じだろうか。

取り留めのないことを延々と話している。

澤子さんがアールグレイとショートケーキで、花恵さんがダージリンとチーズケーキ、史乃さんがカモミールとガトーショコラ。

間違えるとうるさいから気をつけないといけない。

カモミールはハーブティーだけど、ここはコーヒーが無い代わりにハーブティーの類も置いてある。


その次に来るのが小説家の忠和さん。

サンドウィッチと濃いめに入れたブレンドティーがお好み。

最近太り気味で奥さんから砂糖禁止と言われてるらしく、濃いめの紅茶に顔を少し顰めることがある。

なら、濃いめはやめればいいのに……。


大学生と思しき人も来る。

この人は基本的にいつも1番安いモーニングセットを頼んでる。

ちなみに目的は紅茶ではなくマスターの模様。

本を読みながら時々マスターの方をチラチラ見てるんだよね。


他にも女子高生集団やOLっぽい人なんかも来る。

最近増えたらしい。

ここのブレンドティー美味しいからね。


この辺の人達が帰った後は昼食目的で来る人達が続々とやってくる。

美人店主が作るということもあってかそれなりに客が入る。

元々は静かな雰囲気が売りだったが、仕方ないだろう。

お昼時を過ぎれば大分落ち着くしね。


一度だけカルロさんの姉だというカルラさんが来た事もあったな。

本当に姉弟かと疑いたくなるほど似てなかった。

カルラさんは頼り甲斐のある女性って感じで、かっこいい系の女性。

見た目はカルラさんの方が下に見えるけど、姉なんだよね。

本当に人間って不思議だなと思った瞬間だったよ。



そんなこんながありつつ返礼の準備を重ねてついにホワイトデー当日。

個別にお返しをしていくと、一緒にどこか行きたいというエルナさんが本命のように見えてしまうので申し訳ないが全員一緒という事にさせてもらった。

いい加減1人を選べって思わなくもないけど、決められないんだから仕方ないじゃないか。

みんないい子で魅力的なんだから。


さて、それじゃあ行きますか。

みんな喜んでくれるといいんだけど。

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