第1163話 気持ちを切り替えて自主練に励むとしよう。的なお話

お昼を食べるために庭に向かう。

途中でふと、もしも違う場所で食べた場合あの紅白巫女はどうなるんだろう? といたずら心が顔を覗かせたが、そんな事をする意味もないのでやめておく事にした。

それに、それがバレた場合なんだかめんどそうだとも思ったし。


庭に出るとこれまでと同じように人っ子1人おらず、いつものベンチに座ると唐突に人の体温を感じる。

体温を感じるのだから幽霊ではないんだろうけど……この神出鬼没っぷりに謎が深まるばかりだ。

本当に一体、この人は何者なんだろうな。


「今日も早いな。」

「そんな事ないと思いますけどね。」


そう言いながらストレージからお弁当を取り出し、紅白巫女もどこからともなく重箱を取り出して蓋を開ける。

相変わらず豪華な弁当だこと。

それに対して俺の弁当は、紅白巫女の弁当のような華やかさは無い。

無いが、この弁当には溢れんばかりの愛が注がれている。

俺の好きなものを詰め込んだ、これぞ愛妻弁当と言わんばかりの品。

食べる前から分かる。

これは、絶対に美味しい。


「相変わらず美味そうじゃのう。しかし……昨日のとも、一昨日のともまた少し違う気がするのだが、何か理由でもあるのかの?」

「いや、俺より先に食べないでくださいよ……。」


凄まじいまでの早業だった。

話しながら即座に箸を伸ばして食べているし、美味そうと言ったほんの僅かな合間に食べてたんだから。

どんだけお腹空いてたんだよ……。


「今日のは昨日とも一昨日とも違う子が作ってくれたからですよ。」

「3日連続で違う者が作ったというのか!?」

「ええ、そうですね。」

「それはまた……しかし、なるほどのう……。」

「何を考えているのか知りませんけど、合間合間に弁当食べないでください。自分の食べてくださいよ。」

「嫌じゃ。見た目華やかなだけのよりもお主の想いの込もった弁当の方が美味いからの。」

「その想いは俺に対してのみです。」


負けじと自分の弁当に箸を伸ばす。

まずはタコのきゅうりとわかめを和えた奴。

料理名は知らないけど、和食としては定番の品だな。

甘味と酸味、そしてタコの旨みが絶品だ。

だが、のんびりと堪能していられない。

こうしている合間にもまた紅白巫女の箸が弁当に伸びているのだから。


競っているつもりはないが、遠慮なんてしていたらあっという間に無くなるので負けじと箸を伸ばしていき、気付けば弁当の中身はあらかた無くなっている。

本当にすごい食欲だ事。

とはいえ、ここまで減ってようやくひと心地着いたので気になった事を聞いてみた。


「そういえばなんでここってこんなに人が来ないんですかね? 日当たりも良くて風が心地いいしそう悪い場所じゃないと思うんですけど。」

「ん? そりゃ妾が人除けの結界を張っておるからの。お主以外意識的にも物理的にも入れまいて。」

「は?」

「意識的にというのは認識を阻害する事でここに庭があると思わせないようになっておる。そして物理的にというのは単純じゃ。結界自体が物理的な壁となり妾が認めた者以外立ち入り出来ぬようになっておるのじゃ。」

「いや……原理が分からないとかじゃなくて……なんで、そんな事を……?」

「そりゃ折角の憩いの時間を邪魔されたくないからじゃ。お主の側は心地良い……不思議と気を張らずに済むのが妾にとっては救いなのじゃ。」

「そう言っていただけるのはありがたいですがね……。」


神秘的で意識しないと見入ってしまいそうなそんな見た目してる人にそう言われるのは悪くない気分だが、相手が特別な存在だというのがね。

こんな見た目して名もなき小市民とか言われて納得出来るはずもなく。


「どうじゃ? そろそろ1つ先の段階に進んではみぬか?」

「いやいやいや! 俺嫁さんいますから! 結婚してますから! だからそういうのは勘弁してください!」

「くはははは! 冗談に決まっておるだろう。ただ敬語は辞めよというだけの話じゃ。まあ、お主が望むのならさらにその先に……というのも悪くはないがの。」

「マジで勘弁してください!」

「そんなに力強く否定されると流石に傷つくのう。」


いや本当、マジで勘弁してほしい。

そんな上目遣いされると男としてグッとクるものがあるので。

このままここにいるのは精神の安定上大変よろしくない。

なのでさっさと退散しよう。

丁度よく今日は少しでも多く練習したいと思っていた事だしな。


「じ、じゃあ俺はそろそろ行きますからね。まだ練習したりないんで。そ、それじゃあまた明日。」

「あ、おい……。」


後ろで何か言っているが、聞こえない聞こえない。

それよりも気持ちを切り替えて自主練に励むとしよう。

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