第963話 観光どころじゃないな、こりゃ。的なお話
俺がサインを終えると露天商はこうしてはおれん! と言わんばかりに大急ぎで店仕舞いをしてそそくさと立ち去ってしまった。
えー……?
こういう露店って商業ギルドなり行政なりに場所代とか払ってるもんじゃないの?
いいの? そのお金を無駄にしちゃって。
とか思ってたら露天商のおじさんが走って戻って来た。
あ、やっぱお金がもったいなかった?
「そうそう、1つ思いついたんですけどね、さっき色をどうしようかと悩んでいましたよね?」
「え、そうですね。」
場所代じゃないのかよ。
「色は贈る相手のイメージカラーでそこに贈る側の名前を彫ったらいいんじゃないですかね。ちょっと言い方は悪いですけど、色は相手を示してその上で名前を彫る事でお前は俺の所有物だ……みたいな感じですね。それを持ってる側も自分はこの人の物だからちゃんと帰らなきゃって事になると思いますよ。」
それだけ言うと露天商は再び走り去って行った。
……確かに言い方は悪いが、自分の女だと示すのにはいい案だと思う。
要は婚約指輪や結婚指輪にお互いの名前を刻印しておくようなものだろう。
ちょっと尺だけど、その案を採用させてもらおう。
でも1つ問題が……。
御守りが小さいんだよなぁ。
普通の人だとこのサイズに自分の名前を掘るのは厳しかないかい?
まあ、俺なら余裕ですけど。
細工スキル持ちでこの前爪楊枝職人(なりたて)になった俺なら。
それに、なんか無駄にDEX高いし。
「宿に帰ったら色塗って名前彫って渡すから楽しみにしててね。」
観光を再開してすぐに面白そうな物を見つける。
それは妙な人だかりがあったので気になって中を覗いてみて知ったもの。
簡単に言えば運試し。
四角い小さな箱にボールを入れて、ボールの入ってない複数の箱と一緒にジャグリングの要領で投げ回した後テーブルに置き、どの箱にボールが入っているかを挑戦者に当ててもらうという、少しばかり様式が違うものの基本的には日本でよく見るアレである。
これの何が面白いのかというと、景品が無駄に豪華で当てると毒無効効果のあるネックレスが貰える……という事ではなく、日本でよく見るのに似ている……という事でもない。
面白いのは、どう頑張っても当てることの出来ない運試しだということ。
挑戦者はボールを入れた箱に意識を向けはするだろうが、そもそもボールを入れていないのだ。
ボールを入れる振りをするだけで実際には入れていない。
だからどれだけ正確に目で追えたとしても当てる事はできない。
そもそも入れていないのだから。
そして落胆している隙に他の箱も開けてボールを落とす素振りをし、その時に手に隠し持っていたボールを落とすのだ。
割とよくある手品の手法だが、こっちでは馴染みが無いのか誰1人としては気付かない。
元々の景品の総数は5個でこれまでに1人当たった人がいるのか残りは4個。
そして今当てたけど、その人は景品を受け取ると表情も変えずにそそくさと立ち去っていってしまう。
多分、当たった人もグルなんだろうな。
ずっと当たらないと不自然だから当たる人を用意しておけば、自分もと考えて挑戦してしまう。
でも当たるわけもなく、お金だけを払う羽目になる。
完全なる詐欺だ。
その事に蒼井とアカネ、そしてリリンも気付いているようだ。
蒼井とアカネは日本で手品をよく見てきたから手法を理解しているのだろう。
リリンは普通に観察力が優れてた。
……相変わらずすげーなオイ。
となればする事は1つ。
詐欺を暴こうではないか。
ちゃんと詐欺をしている事を確認し、次の挑戦者が箱を指定する。
その箱を揚揚しい動きで勿体つけ、そして一気に開けて下に向ける詐欺師。
当然、ボールは出てこない。
このタイミングで目配せをして合図を送り、一気に飛び出す。
観客も挑戦者も詐欺師も驚く中で俺達は残りの箱を確保する。
後なんか、よく分かってないけど勢いでセフィアが一緒に飛び出してきた。
え、え? と戸惑ってる姿がかわいいです。
「な、なんなんだ君達は!?」
なんなんだ君達は!? と、聞かれたら!
と、言いたくなるのを我慢する。
なんか最近新シリーズが始まったみたいだよね。
魔道具のリストが更新されてた。
「いけないなー、人を騙してお金を取るなんてさ。」
「な、何のことだ!?」
「何のことって、よく分かってるよね?」
そう言いながら俺は自分が確保した箱を開けて下に向ける。
それに合わせるようにして蒼井、アカネ、リリンもそれぞれが確保した箱を開けて中に何も入っていない事を証明する。
何も出てこなかった事に観客と挑戦者とセフィアが驚く中で詐欺師は即座に行動し逃げ出そうとする。
でも、そんなのさせると思う?
すぐに距離を詰めて確保する。
「全く、通りがかったついでにちょっと観光してるだけなのに何でこうなるかね?」
観客とお金を騙し取られた人達が騒ぐ中で俺はつい愚痴を零してしまったが、それも仕方ない事だろう。
あーあ、もう観光どころじゃないな、こりゃ。
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