番外編 里帰りなハロウィン

「里帰りです。」

「「「「「はい?」」」」」


何言ってんだこの人?

宿レイランでのんびりしていたところに突然現れてそんなことを言うのだから、そう思っても不思議ではないだろう。

実際、みんなも戸惑ってるし。

というか、里帰りなら普通にすればいいのでは?


「いえ、私のではなく蓮斗さんと優姫さんのです。」

「「はい!?」」


どうやら考えてたことが分かったようで、もう少し説明してくれたんだが……うん。

余計にわけわからん。

蒼井はともかく俺はあっちでは故人だ。

そんな奴が里帰りなんてできるわけないだろう。

……あれ?

なんか悲しくなった。


「実は明日ハロウィンなんですよ。なのでこのタイミングならセフィアさん達も行けるのではと思いまして。」

「あ、確かに、ハロウィン中ならセフィア達もただの仮装に見えるのか。」


今の日本のハロウィンはハッキリ言ってハロウィンからかけ離れててただ仮装して騒ぐ事を目的としてる。

それが個人的にはすごくムカついてる。

別に俺は古代ケルトとは全く関係ないけどさ、でもハロウィンをダシにして騒ぐというのが気にくわない。

本来のハロウィンをリスペクトして騒ぐならいいけど、騒いでいる奴らってハロウィンの事何にも知らないよね。

仮装してお菓子をもらう。

ただそれだけだと思う。

それが無性に腹立つ。

腹立つんだけど…………………誠に遺憾ながら、今回に限ってはそれが功を奏している。

この機会に両親に嫁達を紹介できるのは喜ばしい。

しかし!

俺は故人なんだが?

そこんところどうするの?


「蓮斗さんは向こうでは亡くなっている事になっています。なので、蓮斗さんにはこちらを用意しました。」


そう言って取り出したのは眼鏡と茶色いカツラ。

なるほど。

そういうことか。

小説とかでもたまにあるもんな、そういうの。


「その二つには認識阻害の効果があるんですね。」

「いえ。普通の伊達メガネとカツラです。」

「ありゃっ?」


え、無いの?

ここはそういう流れじゃないの?


「まあ、蓮斗さんは地元の有名人というわけではありませんし、当日は人がごった返しているのでよっぽどのことがない限りバレる事はないでしょう。仮に知り合いなどに見られたとしてもその時は見間違いか幽霊が出たとでも思うだけでしょうし、問題ないですよ。元々ハロウィンとはそういうものですし。」


確かにハロウィンは日本のお盆のように死者の霊が親族の元にやって来るけどさ。

でも、幽霊騒動はそれだけで問題があると思うんだけど。


「というわけで安心して里帰りしましょう。」

「いや、それはいいんですが……セフィア達には日本の常識なんてないですから。」

「でしたら、今日は勉強会をして里帰りは明日にしましょう。本当は蓮斗さんの家で一泊してからと思ってたのですが……。」

「いえ、それはちょっと……急にこんなにたくさんだと困ると思うんで。」


全員は泊まれないとは言わない俺。

一流企業に勤めてる父さんなので家はそこそこ大きいです。


「まあ、そういうわけなのでまた明日迎えに来ますね。あ、それと仮装用の衣装を用意しておきましたので明日はそれを来てくださいね。」

「あ、はい。わかりました。」


今日と明日の予定が決まったな。


「それじゃ、勉強会を始めます!」


講師は俺と蒼井だ。

アカネに関しては日本にいたのが15年近く前な為に記憶が曖昧なところがあるとかで生徒になっている。

ふむ。

先生と生徒か。

シアの美人女教師……ありだな。

セフィアの可愛い系も捨てがたい。

リリンのクール系美少女の生徒もいいかも。

じゃなくて!

それは今夜するとして今は日本のことを教えなくては。

日本は一夫一妻制以前に俺の年齢では結婚はまだ出来ないから夫婦というのはおおっぴらにはしないとか、武器の携帯は出来ないとか、交通法とかその辺もだな。

後一般常識。

これを忘れてはいけない。

他にはなんだろう?

正当防衛とか?

襲われたからって殺しちゃダメってのも言わないとだな。

結構いっぱいあるし頑張らないと。



お昼休憩を挟みつつ日本講習をしていたが、それももうすぐ終わりだな。


「えーと、日本では暴力行為は処罰の対象になるけど、それをしてくる者もいる。また、強引にナンパをしてきて暴力に走る者もいて、そういう時は無力化しても良い。でも、やり過ぎると過剰防衛としてけいさつ? という衛兵のような人達に捕まってしまうから、出来るだけ怪我をさせないように対処する。で、いいんだよね?」

「正解。過剰防衛に関しては向こうが殺す気で来た場合は身を守った結果相手が死んでしまっても正当防衛が認められて罪には問われないという事も結構ある。でも、そうなると今度はこっちの身元とかで面倒なことになると思うからたとえ罪に問われないとしても出来るだけ殺さないようにしてね。」

「うん。」

「まあ、いざとなったらアリシアさんに任せよう。里帰りしようと言って来たのはアリシアさんだし。」

「あはは。そうだね。」


そして準備やらなんやらを済ませた翌日。

宣言通りにアリシアさんが迎えに来た。


「それでは行きましょうか。」

「「「「「はい!」」」」」


転移した先は懐かしの我が家の自室。

しかしながら懐かしいと感じる事は出来なかった。

なんせ、妹の唯が俺の高校の制服を着て遊んでいたから。

何やってんの!?


「お兄ちゃん!? 違うの! 別にこれはそういうのじゃなくて、ただ、お兄ちゃんのフリをしてびっくりさせようとしただけで、だから、その、違うのーーーーー!!!!」


何が違うんだか全くわからんが、あまり触れるべきではないだろう。

というか、触れない方がいい気がする。

なんだかカオスなことになる気がするからな。


部屋を飛び出した唯を無視してリビングまで行くとそこにはサキュバスの仮装をした無駄に若々しくなっている母と、ヨレヨレのスーツにメイクで顔色を悪くした父がいた。

言うなれば社畜ゾンビか。

毎日大量の仕事を割り振られて徹夜続き。

行きは始発、帰りは終電。有給休暇? なにそれ、美味しいの? な、社畜の成れの果てを見事に表現している。


「「Trick or Treat!」」


普通、再開して最初に言う言葉はおかえりとか、また会えて嬉しいとかなんじゃ………おかげで涙が出なかったよ。

はぁ。

全く母さん達は……。


「お菓子をあげなかったらどんなイタズラをさせるのかな?」

「んー? エッチなの、とか?」

「息子にセクハラとか、なに考えてんだよ!」

「それは……ねぇ?」

「そうだな。やはりふでお「言わせねーよ! ってか我が家ネタやらせんな!」」


つ、疲れる。

父さんこんなだったっけ?

我が家って今活躍してんのかな。

俺別に我が家って好きでもなんでもなかったけど。


「これで黙ってろ!」


これ以上ロクでもないこと言われるのも困る。

だから、用意してあったお菓子を押し付ける。


「なんだ〜。イタズラさせてくれないのね。」

「黙って食え!」

「まあまあ。お菓子がなくなった後にまたやればいいだろ。」

「それナイスよ、父さん! そうとなれば、まずはこのお菓子を食べましょうか。………美味しいっ! でも、なんだろう、これ。果物だとは思うけど、今まで食べたことない味だわ。」

「本当だ。なんだろう、これ。」

「あ、それはカルムっていう果実を使ってます。」

「君は?」

「あ、僕はレントの、その、妻です。」

「「妻!?」」

「私も。」

「「中学生とも!?」」


同い年です。


「あ、私もです。」

「「また中学生!?」」


そっちは年齢的にはそんな感じです。


「後3人恋人がいて、婚約者が1人いて、告白された人が2人います。」

「え、3、6、9!? え、もしかして、え?」

「私は違うから!」

「まだ、ね。」

「まだも何もそんなこと絶対ないから!」

「あれ、優姫ちゃん? おかえりなさい。」

「軽っ!? え、何かないの? どこに行ってたのとかさ!?」

「え、だってすぐにアリシア様が来て教えてくれたし。まあ、あんたがそんなにふしだらな男になってたなんて知らなかったし、かなり驚いた。だから、ちょっとそこんところ後で聞かせてもらうからね。」

「はは……。」


乾いた笑いって、こういう時に出るんだね。

ちゃんと笑えない。


「詳しいことは後で聞くとして、今は遊びに行きましょうか。落ち込んだ気分にしちゃ、楽しめないでしょうから。」


いや、後で大変なことがあるとわかってる方が楽しめないと思うんだけど。


「というわけで……街に出かけるわよ! 唯もその格好でいいなら構わないけど、仮装したいなら早めにねー。」


後ろを振り返れば気まずいのか唯がドアの陰からこっちを見ていた。

ま、いいか。

それよりも俺も仮装しようっと。

本当はオオカミ男にしようと思ってたんだけど、何故か嫁達がヴァンパイアにしてくれと衣装まで渡してきたんだよ。

男なんてみんなオオカミなんだし、嫁達を襲うオオカミさんになるつもりだったのに。


「「「「「はぁ〜。」」」」」


お披露目した俺を見て嫁達が蕩けた顔をしている。

それはいい。

問題なのは、どうして唯と母さんまでそんな顔してんの?

父さんがすごく微妙な顔してんじゃん。


セフィアは巫女服で自前のたぬ耳たぬ尻尾を出している。

狸は人を化かすからイタズラという観点から見てもぴったりだ。

まあ、本当に化かせるけど。

リリンは魔女っ子。

かわいい。

ルナも魔女っ子だ。

というか普段から使ってる装備。

でもかわいい。

ルリエは狐っ子?

セフィアがたぬっ子だからそれに合わせてるのかな?

巫女服がキュート。

シアはエルフっぽい服。

まあ、本当にエルフだし。

レイダさんは普段着。

でも尻尾も鱗も隠せないから気合の入った特殊メイクに見えるだろう。

ユキノ、くノ一。

ここぞとばかりにそれっぽい服着てるな………寒くない?

あ、外套を纏った。

やっぱり寒いんだ。

蒼井は全身黒の服に黒いコート。

そして魔法銃。

ファンタジーな殺し屋!

かっこいいけど!

おまけに普通の銃じゃないからって堂々と身につけやがって。

俺らの武器は普通に銃刀法違反だし。

アカネは……普段の防具。

多分あれだ。

考えるのが面倒だったけどこれはこれでファンタジーだしこれでよくね?

とか思ったのだろう。

これはよくない。

ルナとは状況が違う。

魔女っ子はハロウィンの定番だけど、冒険者は定番じゃない。

というわけで。


「セフィア、リリン。アカネを着替えさせて。これはない。」

「「了解。」」


そして待つこと10分。

セフィアとリリンに連れられてやってきたアカネは猫娘になっていた。

うん。かわいい。


「それじゃ、全員仮装は出来たことだし、街へと遊びに行きましょう!」


母さんの号令で街へと繰り出した。

ちなみに唯はいつの間にかヴァンパイアの格好になっていた。



「母さん。」

「何かな? 日本のことでも気になるのかな? でもそれもいいけど、私的にはそっちの子達との馴れ初めとか聞きたいな。」

「それは今じゃなくてもいいじゃん。じゃなくて!」

「んー? 母さんは蓮斗が何を言いたいのか分からないな〜。」

「嘘つけ! 絶対見えてるだろ! というか、こいつなんとかしてくれ!」

「無理じゃないかな〜。それに寂しかったんだろうしもうしばらくそうしてあげて。」

「はぁ……。」


俺が言うこいつとは、妹の唯のことだ。

その唯は今、俺にしがみついている。

というか、これ本当に寂しかったのか?

普通寂しかった奴はこんなやばい表情しないと思うんだけど!?


「はぁ、はぁ……お兄ちゃんのにほい。はぁ、はぁ、はぁ……今の内にお兄ちゃん分補充しないと……。」


どう考えてもただの変態です。

以前アリシアさんが言ってたのは本当だったのか……。


「ねぇ、レント。日本ってすごく人が多い国なんだよね?」

「そう、だな。まあ、あっちに比べたら多いかもな。」

「あれが噂の信号機?」

「噂なんてしてないが、そうだ。」

「本当に光ってる。」

「そりゃそういう機械だし。と、後ろ気をつけて。車来てるから。」

「ん。」


後ろから車が来てるので気をつけるようにいい、それから数秒後に車が通り過ぎる。

って!

なんだあの車!

50キロも出してやがる!

ここは住宅街だぞ!


「あっぶないわね〜。どう見ても法定速度超えてるわよ。」

「あの車、50キロ出てたぞ。正確には52キロ。」

「なんでそんなこと分かるんだ!?」

「いや、普通にメーター見えたし。」

「「「はぁ!?」」」


うん。

なんか、普通に見えたんだよね。

こう、走っている車を見送っていたらタバコ吸ってるのも、52キロ出してるのも、顔にもみじマークを付けてるのもくっきりと。

フラれたのかね?


「どうなってんだ、一体……。」

「ステータスのせいだよ。」


向こうでのステータスは結構なものだと思う。

しかしそれは向こうでの話でこっちでは関係ないと思える。

しかし実際は全く違う。

なんせ、どういうわけかこっちの世界でも普通に魔法が使えるしスキルも使えるんだから。

ステータスがどういうものか分からないが、魔法やスキルといった能力が使えるならステータスが適用されてても不思議ではない。

事実適用されてるしな。

だって普通に見れたんだもの。

普通なら見えない。


「あんた………いつの間に人間辞めたの……?」


失敬な。

俺よりも強い人なんか向こうにはゴロゴロいるぞ。


「勝手に人を化け物にしないでくれ。それよりも早く街に行こう。」


近所ではハロウィンの飾り付けをしている家がちょっとばかりあるが、やはりメインは街の中心地。

街の活性化とかなんとかでここ数年でハロウィンイベントをやったりしてるから。

そんなわけで住宅街を抜け、バスで街の中心地を目指す。

13人を乗せて移動できる自家用車なんてないからな。


初めての車に乗って馬車よりも速く、そして初めて見る景色にセフィア達はワクワクとした顔をしている。

そして俺はそんな可愛い嫁達を見てニヤニヤとした顔をしている。

やっぱりかわいいな〜。

…………はっ!

悪意!?


「いででででででで!」

「おいてめぇ! 何、人の女に手を出そうとしてんだ。あ?」

「な、なんのことだ? お、俺は別に何も……。」

「惚けんのは勝手だがな、こっちはこれでもてめぇの腕を砕かねぇよう、気ぃつけてんだ。あんまりふざけたこと抜かしてっと………握り潰すぞ?」


セフィアに痴漢しようとしたゴミの腕に軽く力を入れるとミシリと音がする。

散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする。ってあったが、さしずめこれは、痴漢の腕を握ってみればミシリと断罪の音がする。

って所か。


「す、すみませんでした! あんまり魅力的だったのでつい魔が差しました! なので、どうか許し…いでででで。」

「今回は俺が止めたから未遂って事で見逃してやる。だがな、もしも次があった場合は容赦なく砕いて、その上でムショにぶち込んでやるからな。」

「わ、わかりました……。」


手を離すと痴漢の腕にはくっきりと俺の手形が付いていて、痴漢は腕をふーふー吹いている。

それ、意味あるかな?

それと、なんで他の乗客は俺から距離を取るのかな?

大丈夫だよー。

嫁達に手を出さない限りは何にもしないよー。


「ドスを効かせるお兄ちゃんもかっこいい……はぁ、はぁ、はぁ……。」


妹がやばいです。

あ、他の客もドン引いてる。



俺の故郷であるこの街では、駅の近くにある大きな公園と駅周辺の都市部、駅ナカの三つのエリアでハロウィンイベントを盛大に行なっている。

協賛団体とか出店する屋台とかが年々増加していて、現在では市内どころか県内でも有数のイベントとなっている。

その所為かバスを降りればそこら中にハロウィンの仮装(?)をした人がいる。

というか溢れかえっている。

パッと見ただけでもナースにメイドにミニスカ警官に黄色い電気ネズミに未来の青ダヌキに馬娘に赤と緑の配管工に巨人にアメコミのヒーローなんかが目につく。

って、何だあれ?

なんか、八十年代のバブル期のようなお揃いの衣装の集団がいる。

あんなのも仮装扱いになったのか……時間の流れって残酷だな。

そして、あれって……仮装……なのか?

なんか、着崩したスーツにしか見えないんだけど……まあ、半裸の男を侍らせてるから普通の格好って事じゃないんだろうけど……全然分からん。

最近の流行ってどうなってんだ?


「しっかし、ハロウィンらしい仮装が少ないな。」

「そうなの?」

「ああ。ハロウィンの仮装といえば基本的にジャック・オー・ランタンとか魔女、吸血鬼といったホラー系……まあ、アンデット系の魔物や魔族っぽい種族の仮装なんだよ。ただ、ここ最近では仮装して街を練り歩くってのを主軸に考えるのが主流なのか、全く意味のないどころか何で、もてなす格好してんだよってレベルのまでいるんだ。」


メイドとかな。

あと、ナースとか癒してどうすんだよって感じだな。


「そうなんだ……………あれ? そういえば、僕の格好って巫女さんなんだよね?」

「そうだな。」

「僕も真逆なんだけど!? むしろお菓子あげる側じゃない!」

「あげるどころかあげずに浄化する側だな。まあ、あんまり気にしなくていいぞ。そもそもハロウィンって日本の行事じゃないし。」

「えぇっ!? じゃあ何でやってるのさ!」

「最初は楽しそうだから。っていうのだろうけど、途中からあ、これ商売になんじゃね? 地域活性化に役立つんじゃね? って感じになって一気に広がった。」

「身もふたもないにもほどがあるよ……。」

「そんな感じなんであんまり深く考えないで楽しんだ方がいいぞ。」

「………うん。そうする。」


そして最初にやってきたのはゲームセンター。


「なんでさ!?」

「え、だってここならセフィアちゃん達も楽しめるんじゃない? こんな所、異世界には無いだろうしさ。」

「いや、まあ、そうだけど……。」

「ねぇ、レント! ここってひょっとしてアレ? レイカーさんの本に書いてあったゲームセンターって奴?」

「そうだけど……ひょっとして興味あった?」

「うん! だって、レントとかアカネちゃんとかに聞いてもいまいちイメージが湧かなかったから。でも、そっか。こんな風になってたんだね。」

「レント。これどうやるの?」

「ね?」


母さんがしたり顔してるが……別に悔しくなんかないやい。


「これはここにお金を入れて………………こっちのお金持ってない。どうしよう。」

「出来ないの?」

「ちょっと待って。今母さんからもらってくるから。」


親に頼るなんて情けない気になる。

でもあれだ。

これは両替的な奴だよ。

金貨とか渡せば両替的な感じになるし親を頼ることにはならないよ。

そういうことにしよう。


「母さん。俺こっちの世界のお金持ってないからくれない? 代わりにこれ、向こうの世界の金貨だから後で換金してよ。」

「え!? 金貨!? って、よく見たら大きなルビーが付いた腕輪とかつけてる!? あんたいつの間にお金持ちになったの!?」

「別にそんなんじゃないよ。それよりも早くしてよ。あんまり見せびらかしていいもんじゃないしさ。」

「え、あ、そうね。(………ひょっとして、蓮斗って既にお父さんより稼いでる?)」


とりあえず2万円を貰いみんなのところに戻る。

するとそこには頭の悪そうないわゆる不良とかチャラ男といった感じの輩にみんなが襲…………おそ………多分、襲われてる。

輩が出してきた手をひょいひょいっと避けたり、叩いたり、捻ったり、おちょくったりしてる。

完全に手玉にとっており、他の客も観戦して野次を飛ばしたりしてる。

うーむ。

どうしたものか……。

と、考えていたら従業員(多分バイトだろう)がやって来てオロオロする。

いや、止めろよ。


「みんな、やっていいぞ。」


俺がそう一声掛けたら、みんなが一斉にデコピンをバチコンって額にかます。

わーお。

輩が綺麗に仰け反ったよ。


見事に気絶している輩共を従業員に任せる。

せっかくのハロウィンなんだし警察やらなんやらというのは困るし時間が勿体無いと言って輩は厳重注意&出禁という事でカタをつけてもらった。


そして貰った2万を使って色々なゲームをして遊ぶ。

クレーンゲームをしたりレーシングゲームをしたりプリクラを撮ったりエアホッケーで遊んだりと。

でも、不良共を簡単にあしらっておきながらゲームは不得手な所がかなりの萌えポイントのようで、どんなゲームをしていても周囲から見られてしまって落ち着かない。

その都度キッ! と睨んでみても時間が経てば集まってくる。

蜜に群がる虫かお前らとツッコミたい。


「ねぇ、レント。そろそろ他のお店に行かない? これはちょっと……。」

「そうだな。ルナもキツそうだし。」


男性恐怖症なルナ。

前よりは良くなっていると思うけど、それでもこうも見まくられると辛いようで俺の側から離れなくなっている。

これはいかん。

という事でゲーセンを出る。

さて、次はどうしようかね? と思っていると蒼井のお腹が鳴る。

あ、顔を赤くしてる。

蒼井のお腹がぐーぐー減りんこファイヤーです。と言ってきたのでお昼にした。


お店はハロウィン仕様になっていてメニューもカボチャ推し。

かぼちゃのシチューやパンプキンパイがオススメとなっているがここで俺の中のひねくれた部分が顔を覗かせる。


『ここはあえて汁なし坦々麺とかどうだ?』

何言ってんだ悪……って、あれ? 天使!? なんで天使なんだよ!? そこは普通悪魔だろ!

『悪くねぇチョイスだが、ここはやっぱり焼き魚定食だろ。』

『確かに……折角日本に来たんだし日本らしい物の方がいいか……。』

『だろ?』

おい天使! なんで悪魔の意見に納得してんだよ! というか、意気投合するな!

『いや、ここは水でしょう。普段から過食気味なのです。身体の中を浄化し仏に祈りを捧げるのが最善でしょう。』

『『それだ!! ナイス、仏門の俺!』』

第三の選択肢! でもそれは無いから! 水だけとか無いから! 天使と悪魔もそれだ!! じゃないから!


「レント。メニューは決まった?」

「え、あー、これにする!」

「えっ? 本当にそれにするの?」

「あ、ああ。」


俺が指差したのはカボチャやタマネギ、チキンなんかが乗ったピザ。

聞かれて咄嗟に美味しそうなのを指差したのだが……何かあるのだろうか?

母さんがまとめて注文している傍、メニューを改めて見て絶句した。

そのピザのメニューは普段のメニューとは別の期間限定なんかの時に即席で作ったような、そういうプラスチックっぽい奴だった。

それはいい。

問題なのは、他のメニューに隠れて見えなかったのだが、そこにはこう書いてあったから。

【大食いチャレンジ! 特大ピザを30分以内に完食できればひと会計タダ!ただし、失敗した場合は1万円戴きます!】 と。

セフィアの驚きはこれだったのだ。

慌ててキャンセルしようとするが、既に従業員は厨房の方におり、このタイミングで大声でオーダーを伝えた。


「大食いチャレンジ入りましたー!」


キャンセル、もう無理だ。

俺には今更キャンセルしますだなんて言う度胸無いよ。

もう覚悟を決めるしかないか。

きっと大丈夫だ。

俺には金貨も銀貨も銅貨もある。

だから、残したってへいき、へっちゃら!



「ま、またのご来店、お待ちしております……。」


結論だけ言おう。

食えちゃった。

1.5キロあったらしいのだが、食えちゃったよ。

冒険者としてやっているうちに食う量が増え、固まりかけたチーズを火魔法で炙り、タバスコや胡椒などで味を変えたりした結果、食えてしまった。

お昼時ということで従業員が席を離れてくれたのも良かった。

お陰でこっそりと炙ることが出来た。

その結果、特大ピザを始めとした13人前の会計がタダとなり見送りの従業員が顔を引攣らせる事になったわけだな。


お昼を済ませたらウィンドウショッピング。

ハロウィン限定商品が露店は勿論、駅周辺のお店でも売っている。

十字架やコウモリモチーフの指輪、かぼちゃのヘアピンなどなど。

1年に数日しか使えないようなデザインとかどうするんだろうとか思わなくもないが、それでも買う人がいるみたいだし、俺が気にする事じゃないか。

買った人が後でどうすれば……という後悔や徒労感を味わうだけだし。


そうして街中をプラプラとしていると、とある店に貼られているチラシに目がいく。

『仮装カップルコンテスト! ハロウィンの夜に輝くベストカップルは誰だ!?』

と、書いてある。

ベストカップルとな?

それは俺に対する挑戦…………んー、に、ならないな。

どこら辺がカップルなのか聞きたいくらいだ。

だってカップルって男女一対一でしょ?

俺、男女比幾つだ?

全然カップルじゃないよ。


「勝手も負けても恨みっこなしだからね。」

「ん。」

「分かってます!」

「いざ、尋常に…。」

「し、勝負、です。」

「「「最初はグー、じゃんけんポン!」」」


カップルじゃないのなら、カップルになればいいと言うことなのかね?

嫁さん達がじゃんけん大会を始めた。


「か、勝った…。」

「負けちゃったかー。」

「無念。」

「残念です。」

「まさかエルナが勝つなんてね。でもエルナ、人前に出るけど大丈夫なの?」

「こ、怖いけど、頑張る。」

「そう……応援してるわ。」


どうやらルナと出るらしい。

大丈夫なのか心配ではあるけど、本人がやる気なのに水を差すのもどうかというもの。

そこは俺が守ればいいだけの話だな。



「さあ、始まりました、 仮装カップルコンテスト! 今日、ハロウィンに相応しき仮装カップルが決まります! 参加組数はなんと驚きの67組! 合計で134人という脅威の数です! これだけの数だと審査も大変ですからさっさと始めちゃいましょう! あ、飛び入り参加も大歓迎ですよ? では、エントリーナンバー1番、犬養さん、吉崎さんペア、舞台へどうぞー!」


お、始まったな。

参加組数が67もあるとは驚きだな。

ただまあ、それだけいるということはつまり、こうして控室がギュウギュウになるということでもあるんだけどね。

中に入れない人も結構いるし大変だ。


「ルナ、大丈夫か?」

「な、なんとか……あの中は無理、そうだけど、ここなら……。」

「そうか。無理そうなら言ってくれ。すぐに辞退するからさ。」

「辞退は、いや。」


ん?

なんか、いつにも増して意地になってるというか、自己主張が強いな。


「みんなの分まで、背負ってるから。私が、みんなの、代表だから。」

「……そうか。でも、無理だけはするなよ。それで倒れでもしたら元も子もない。みんなもそこまでは望んでないからさ。」

「う、うん。」


いじらしいというかなんというか……モジモジしながらも強い意志を秘めた眼をしていて、凄く可愛いくてかっこいい。

そんな姿を見せられたらつい頭を撫でたくなってしまうよ。

というわけで撫でた。


「くっ……いい雰囲気を出して……私たちも負けてられないわよ!」

「ああ!」


なんか周りがヒートアップしてるな。

そこまで勝ちたいとは、驚きだ。

景品でいいものでも出るのかな?

その辺はあまり見てなかった。

正直に言ってそんなの貰っても持ってけるか分からないし、役に立つとも思えなかったからなぁ。

精々記念になるくらいだから順位は気にしてなかったし。

何が貰えるのか改めて確認すると、1位は某ネズミーランドのペア招待券。

しかも内部のホテルにも泊まれるようだ。

これは奮発したなぁ。

でも、今日か明日には帰るだろうから俺には関係ないな。

その他にも4Kテレビや某第四世代型家庭用ゲーム機なんかがあって、どれも無駄にしかならない代物。

むぅ。

日本にいた頃ならどれも欲しいんだどなぁ。

お、これなんていいな。

安物だろうけど、これは欲しいな。


「次はエントリーナンバー48番、レントさん、エルナさん、どうぞー。」


いつの間にかそんなに進んでたのか。


「さ、行こうか。」

「あ、うん。」


手を繋いで舞台へ上がる。


「次は本格派の仮装をしている吸血鬼さんと魔女っ子さんだー!」


司会のセリフとともに舞台へ出るが、うわ、人多っ!

なんでこんなにいるんだよ。

ルナは……俺の服の裾を掴んで震えているが、それでも頑張って耐えている。


「さて、それではまず自己紹介と馴れ初めを教えてもらいましょうか。」

「えーと、風見蓮斗です。それでこっちが婚約者のエルナです。」

「おおーっと、婚約者です! こんなに若いのに婚約者とは、凄いですねー! 歳は幾つですか?」

「俺が17で、エルナが15です。それで、馴れ初めですが……」

「馴れ初めはー?」


なんて言えばいいんだ?

冒険者の昇格試験でパーティを組むことになったのがきっかけで知り合ったなんて言えるわけがない。

んー、まあ、適当でいいか。

わざわざ本当のこと言う必要もないし。


「部活のレクリエーションで班を決める時に初めて会いました。エルナは人見知りだったんですけど、接している内に自然と仲良くなって……ですね。」

「あぅぅ……。」

「そうですかー。それで、どうしてそれが婚約者に?」

「えーと、その、付き合うからにはやっぱり責任を持つべきかと思いまして。」

「おおー! なんとも古風で男らしい考え方! 最近の若い人達にも聞かせてあげたい! 女は遊び道具ではなく、共に生きるパートナーなのだと! 本当に……あのクソ野郎にこの人の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいです! 他に好きな人ができたとかふざけんな! あれだけ尽くしたのにー! 私の何がいけなかったのよ、わぁぁぁぁん!!」


なんか、司会の人(女性)が泣き出してしまった。

でも俺は悪くないよね?


俺達の番が終わり、次の人が壇上に上がる。

他の人には興味がないのでルナの様子を見る。


「大丈夫か?」

「う、うん。私、頑張ったよね?」

「ああ。最後まで逃げ出さずにいて偉いぞ。」

「えへへ、だって、私はレントの、婚約者だから。」

「そうだぞ。ルナは俺の婚約者だ。」


軽くイチャついて結果発表を待っていると……。


「風見君……えと、好きな人が事故で亡くなって、しばらく経って立ち直ったところに告白されて、なんかもう、これでいいかなって妥協した結果です。」

「おーっと! どうやら妥協の結果だようです! 彼氏さんは泣いていい!」


なんか、俺の名前が聞こえたんだけど……人違いだよね?


「これは、カップルというよりも夫婦? 際どい格好のサキュバスさんとゾンビさんコンビだー!」

「息子とその婚約者が出るというから、私達も出ようかなって、ね? あなた。」



母さんの声が聞こえるけど、これも気のせいだよね!?



途中気になることがあったけど、気を取り直して結果発表を聞こう。

あれは空耳、あれは空耳なんだ。

いい歳してこんなイベントに両親が出るはずがない。

だから絶対あれは空耳なんだ。


「それでは、結果発表です! では、第10位から発表したいと思います! 第10位! 彼氏さんが不憫だ! 少しは報われて欲しいという意見多数。その結果トップ10入りを果たしました! 岸田君、西川さんペア! 副賞はハロウィン祭り協賛店舗で使える商品券千円分です!」


岸田に西川ってクラメイトにいたような……え、あいつらってひょっとして付き合ってたのか?


誰かが呼ばれては壇上に上がって商品を渡され、次の人が呼ばれる前に捌ける。

そんな事を何回か繰り返し、残るは1位から3位。

結構いい線行ったと思うんだけど、無理だったのかな。


「第2位! 爽やかイケメンは硬派な男の子! しかし美少女婚約者がいるなんてリア充爆発しろという一部の僻みにより残念ながら2位になってしまいました。レント君、エルナさんペア!」


どうやら俺達は2位だったようだ。


「おめでとうございます!」

「ありがとうございます。」

「副賞は4Kテレビとなります。」

「あの、それなんですけど、5位のペアリングと交換ってできますかね?」

「ええっ!? ペアリングとですか? えっと、あのペアリングは二つで1万くらいで、テレビの方が遥かに高いですよ? それを手放すんですか? それに、5位の人達に確認しない事にはなんとも……。」

「無理を言ってるのは分かりますけど、お願いします。」

「分かりました。後で聞いてみますけど、期待はしないでくださいね。」

「はい。」

「えー、では、改めまして、1位の発表です!」


後ろの方で1位の発表が始まったが、俺にはそんなことはどうでもいい。

持って帰れないテレビよりも、行くことの出来ない夢の国よりも、手元に記念として残せるペアリングの方が重要だから。


「ごめん、ね。負けちゃって。」

「ルナのせいじゃないだろ。司会の人も言ってたけど、モテない男達の嫉妬が恐ろしかっただけの話だ。」


まあ、投票券にそんな事を書くスペースがあるかは分からないけど。


「あの、すみません。」

「は…いぃ!? あ、仮装コンテストだったっけ。」

「驚かせてすみません。」

「いえ、こちらこそすみません。」


突然声をかけてきたのはゾンビだった。


「その、テレビと交換してくれると係りの人が言ってきたんですけど、本当にいいんですか?」

「はい。このコンテストの記念になるのはテレビよりも指輪ですからね。」

「もう一度確認しますけど、本当にいいんですね? 後でやっぱりテレビの方がいいって言っても返しませんからね。」

「大丈夫ですよ。」

「では、交換します。」


よし。

指輪ゲット。


「ルナ、これ。」

「てれび? じゃなくて、いいの?」

「ああ。最初からこれが欲しかったしな。これならあっちにも持っていけるだろ?」

「それで、これを?」

「折角ルナが一緒に出てくれたんだ。記念として手元に残る物の方がいいからな。」

「レント……。」


コンテストも終わったのでみんなと合流する。

ちなみに、父さん達は6位と結構いい順位だったりする。

本当に、何をやってるんだか。


「惜しかったわね。でも2位も十分凄いわ。」

「う、うん。ありがと。」

「それで、ペアリングは交換してもらえたの?」

「ああ、この通りだ。」


ルナと一緒にペアリングを付けた手をみんなに見せる。

値段が安いというだけあって真ん中についている宝石のようなものはイミテーションだが、逆にそれが向こうでは珍しいだろう。

いや、珍しいどころか無いと言っても過言ではない。

もはや世界でたった一つのペアリングと言えるはず。

それは凄く嬉しい事だ。


でも、それが羨ましいのかみんながお揃いのアクセを欲しがるので、再び露店巡りへ。

そうこうしている内にあっという間に日は暮れ、ビルや建物を赤く染め上げる。


「綺麗……。」

「ああ、そうだな。」


誰が呟いたのか、あるいは全員なのか、それは分からないが、その言葉は俺の心の声を代弁していた。

久しく見ていなかったこの光景がなんと美しいことか……。

異世界にはない、この世界だけが見せる事の出来る景色。

この光景をみんなと一緒に見ることが出来た事はきっと、一生忘れないだろう。

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