第59話 脇役高校生は帰り道

 本当に今喋ったらまた変なことを口走る気がする。とりあえず雅人の言う通り少し口を開かないでおこう。


 江橋さんも一ノ瀬さんと何かを言い合ったようで、落ち着きを取り戻しつつあった。一歩間違えればただのセクハラ発言になっていたかもしれないし、気を付けなければいけない。


 だが、どうして俺は、浴衣が好きかどうかという間違えようのない質問をされたのに、江橋さんの浴衣は似合いそうだなんて答えを返してしまったのだろうか。


「ま、とりあえず帰りながら喋らね?」


「麗華も落ち着いたしそれでいいと思うかな? 良いよね麗華?」


「は、はい。いつまでも屯っていても意味ないですし、帰りましょう」


 ということで、とりあえず教室を出て昇降口へと向かう。つい一か月ほど前ならこのメンバーで歩いていたら大量の視線を感じていたはずだけど、今はもう感じなくなってきている。


 最近は江橋さんも高嶺の花というイメージから少しずつ変化してきたようで、フレンドリーに話しかける人も増えているようだ。


 まぁ、江橋さんは高嶺の花のような扱いをされることを望んでいたわけではなく、周りが勝手にそういう扱いをしただけだ。


 だから、こうなることは時間の問題だとは思っていた。まぁ、タコパの後に連絡先交換をした後から江橋さん自身もなんというか、取り繕っていたものを無くしたことで関わりやすくはなったみたいだ。


「じゃあ! まずは夏休みにしたいことみんな一つずつ挙げてみよう! 私はプールに行きたい!」


「俺はゲーセンに通ってゴッドハンドを取り戻す……!」


「わ、私はえっと……お祭りにみんなで行きたいです!」


「え、俺は……大学のオープンキャンパスに行きたいか……な?」


「真面目か!」


 プールと祭りを言われたら他に何も思いつかなかったのだからしょうがないじゃないか。他にあるとしたらそれくらいしかないと思ったんだよ。


「逆に、プールと祭り以外に夏休みにするようなイベントあるか?」


「そういわれると……ないかも?」


「だよな! だって雅人だってゲーセンって言ってるんだからさ! むしろ俺の答えの方がマシじゃないか?」


「確かに……俺のゲーセンはいつでも行けるな。でも、さすがにオープンキャンパスが出てくるのはレベルが違うわ……」


 雅人が煽ってくる。だが、俺の味方をしてくれた人が一人現れた。


「でも、高校生活も半分経ちましたし、早めにオープンキャンパスに行って大学を決めるのもいいんじゃないでしょうか? 実際、志望校を決定するまではもう一年をきっているわけですし……」


「そ、そうだよな!? いやぁ、赤点まみれの雅人には分からないかもしれないけど? 真面目な俺たちは? もう大学も視野に入れてるんだよね? ま、レベルが違うんで!」


「くっ……俺の負けだ……」


「ふっ……出直しな?」


 雅人は完全にうなだれる。完全勝利、煽りを返した上に完全論破をしてしまった。ま、レベルが違うってことだな。


「……これは何を見せられているんだろう?」


「……分かりません……でも、面白いからいいんじゃないでしょうか?」


 こういうノリは唐突に始まるから、止めようとして止まるようなものでもない。でもまぁ、こういうことをいきなり始めてものってくれるのは雅人くらいだろう。


 うなだれているのも冗談のうちだから、雅人はすぐに顔を上げた。


「さ、気を取り直して話を再開しようか」


「……何の話をしてたんだっけ……。変なもの見たから忘れちゃったよ……」


「変なものと言うな。夏休みにしたいことを一つずつ挙げろって話にだったはずだぞ」


 そういうと一ノ瀬さんはそうだった! と言いながら手をポンと叩いた。


「で、せっかく夏休みが来るわけだしみんなで候補に挙がったところに行こうよ! あ、プールは要相談で」


「良いですね。私もプールは要相談でお願いします」


「俺はプールに相談なしで行けるぞ! いつでもウェルカム! それで、いつとかは決めてるのか?」


「あ、悪い。お盆もあるし予定が入る可能性があるから俺はまだ日にちは決められない」


 夏休み中にあるはずの撮影の予定がまだ出ていないのだ。去年は何個か特集に出たため、週一ペースで撮影が行われた。


 今年は去年よりも知名度が上がったことで、去年よりも出演が増えるはずだから仕事の量も増えるはずだ。


 予定は遅くても今週中には出されるはずだが、それが分かるまでは先に予定を入れるわけにはいかない。まぁ、次の土日に入っていることは確定しているためその時に聞けばいいだろう。


「じゃ、静哉の予定が決まり次第予定を組み立てればいいんじゃないか? どうせ夏休みは一か月くらいもあるんだしさ」


「うーん……。私は部活もあるからもしかしたらほとんど空いてる日が被らないかもしれないなぁ……。あ、お祭りは確定で予定が空くから安心して!」


「そういえば一ノ瀬さんは陸上部だったな。……あれ? 雅人は夏休みに部活はないのか?」


 俺と江橋さんは無所属だが、雅人は部活動に所属していたはずだ。普通なら夏休みに部活動があるはずなのだが……。


「無い。エアコンがつかない部屋で活動なんてしてられっかよ……!」


「つ、付かないのか……」


「外で走るほうが暑いよ!」


「ま、それはそうなんだけどな……あ、俺こっちだから帰るわ」


 雅人は学校の裏らへんに住んでいるため、すぐに分かれることになる。一ノ瀬さんも割と早く分かれることになるが、それはどちらかというと俺と江橋さんの家が近いからそう感じるだけで、本来ならあまり遠くには感じないくらいの距離だと思う。


「じゃ! 私もこの辺で! 日裏くんの予定出たら教えてね! 私の部活動の予定も貼っておくから!」


「おう! ……じゃ、帰るか」


「そうですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る