第51話
「この度は」
そう言って女帝を出迎える辺境公の短い挨拶。
こういう会話で始まるのは大抵厄介事の前触れ、とVは思う。
商売柄人付き合いが多いマリーは、冠婚葬祭のお約束文句、と思う。
仕事を受けるかどうかは外の二人と相談してからにしたい。
冒険者二人は女帝からの提案をこのように横に受け流した。といっても断ることはできないと何となく思っている。
帰ってもいい仕事があるわけでもない、それに帰るにも金がかかるという冒険者側の都合。
そして女帝という権力者が「やれ」というからには何かしら思惑があるのだろう、という想像。
「わかりました。まぁ、そこまで大ごとを頼むことはしません。身の回りの雑用やら、なんやらですから」
そう言って報酬額を提示。雑務としては相場よりちょっと高め
「少々高いですが、まぁ帰りの費用にまわしてください」
気が利くことだ。
交渉術を心得ている。そう思っていると馬車が止まる。
御者をやっていたドーリーが扉を開け辺境公の屋敷に着いたことを宣言した。
「いえ、急に押し掛けることになり」
辺境公の貴族にしては短めの挨拶に対して、一団を代表する女帝も短めに返す。
辺境公の屋敷では辺境公が待っていた。
彼の家なのだから当然、といえばそうだが、事前のアポなどはないまま押し掛けたのに、貴族に対する接待の道具もそろえて待っていたのだ。
「もしかするとご挨拶に」位のことは隊長から伝えられていたが、辺境公はすぐに来るだろうと予想。
冠婚葬祭と挨拶は首都の貴族階級で礼儀の最初に来るもの。女帝がどういった人間かは知らないが、首都の貴族なんて大抵そういうものだとは知っている。
「私たちは明日、いや、明後日ですね。A国との第一回の会合に入ります。ぜひとも貴殿にも参加していただきたいと思っております」
辺境公が予測してなかったのは、女帝が思いのほか実務的な人間だったことだけ。
「私には実権がございませんが、よろしいですか?」
「はい。A国側の事情に詳しく今回の領土問題の全容を把握しているとお聞きしておりますので、助言役として参加をお願いしたいと思います」
そう言って頭を下げる。
同席した団長は「どこでそんなことを聞きつけたのだ」と思い、辺境公は隅に控えている4人の冒険者を見た。
「顔を上げてください。そう言って頂けるなら、わたくしとしてもぜひとも参加させていただきたい。私の土地の出来事に参加できないのはもどかしく思っておりましたので」
まぁそういわれれば答えは決まっている。
「ありがとうございます」
「そこで一つ、お願いがあるのですが、そちらの騎士団長もつれて行かせてもらいたい。わたくしとしても秘書役はほしいで」
女帝はチラリと団長を見る。
貴族二人の会合、記者は部屋の外、団長は最初の紹介だけ行い、あとは部屋の隅で冒険者と共に控えている。
礼儀正しい若者。使えるのかしら。
もちろん会合の参加者リストには入っていない。彼よりもっと偉く、この地域を統括する人間が騎士団から参加しているのだ。彼の仕事はその上司を含めた一団の接待と警護。
「少々堅物ではありますが、優秀な若者です。彼も最前線であの土地を見続けているひとりですから、役に立つでしょう」
「わかりました。騎士団の方はどうですか?」
「上のほうに許可を取る必要はありますが、基本問題ないと思います。私は組織の中では下っ端ですし、わが団の人員はみな優秀ですので一人いなくても回ります」
身もふたもない言い方をすると「もう団長は必要がない」というレベルなのだが、そこはごまかす。
準備段階の決裁やら交渉は大忙しだが、当日になれば接待役で実務には口を出さないし出せない。偉い人なんてそんなものだ。
「わかりました。そちらにも話を回しておきましょう」
そう言って細々とした話を詰め始めた辺境公と女帝。
それを見てた冒険者たちはもうしばらくこの騒動に付き合うと決めている。
今から帰ってもやることはないのだ。報酬が出るなら、断る理由がない。
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