第35話

昔々 女帝と呼ばれた貴族の屋敷


「行ってしまうのですか。挨拶もなしに」

「おばぁちゃん。挨拶をしないのは不義理だと思いますが、挨拶をすると去りたくなくなってしまいます。僕の決意が揺らいでしまう」

「あなたの両親は母である私から見てもおろかなことをしました。それを正したあなたの行いは褒められるべきです。それを親を裏切った子として放り出すなど」

「いいんです。覚悟の上でしたから」


「あなたは私の一族には似つかわしくないわ。その気性は亡くなった夫に似ています」

「僕のおじいちゃんですか、あまり有名ではない一貴族だったんでしょう」

「えぇ。早くに亡くなってしまいましたが、素晴らしい方でした」

「そこからおばあちゃんが一人で女帝の一族を作り上げたんです。今更相続人が一人減ってもその一族は揺らぎませんから、僕は決意をもって去ることができます」

「しかし」

「いいんです。僕は決めました」

「そうですか。そうなんでしょうね。もうとやかく言うつもりはありません」


「しかし、お願いがあります。どんな道を歩んだとしても、私より先に死ぬような生き方はしないでください。そして、もし私が生きている間にあなたのその決意が揺らぐ時が来たら、またこの屋敷に顔を出してください。いつでも私はあなたを迎えいれます」

「わかりました。不義理な孫ですが、その程度の事は約束できるでしょう」


「それでは、さようなら。また会うことがあれば」

「さようなら」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る