第34話


 ダンジョンにはほとんど何もなかった。

 これは一言で言った場合の話で、詳しく言えば苔やほこりや、何十年か何百年か前は何か形容できる物だったんだろうが今となっては一般人の語彙力表現できない物などはあった。

 何もなかった、というのは「冒険者がダンジョンに乗り込んで利益を上げられるもの」はなかったという話である。

 つまりそれ以外の物は一つあった。




「これは」

 同じような作りに同じような内容の部屋を一つ一つ見て回り


・ダンジョンとしては宝もモンスターもなく無価値

・ただし中央の泉はなにか価値があるかもしれない


と言った結論を出そうとしていた冒険者一行だったが、部屋の一つに興味を惹かれるものがあった。

「死体だな。人の死体」

「これ・・・あの藻?」

「だと思いますが、やだなぁ」


 緑色の人の死体。


「多分、というかまぁほとんどそうだと思うが、これが例の冒険者だろう」

 ドーリーは死体と部屋の中を検分しながらそう言った。

 部屋は他の部屋と同じような石造りの部屋。

 石の扉。採光用の窓は開いているが、布切れを引っかけてどうにか塞いであるので部屋の中は暗い。

 なので仰向けで床に倒れている死体は部屋の中でぼんやりと緑色に光っている。その周りにも集まる緑色の藻なのかなんなのかわからないもの。

「ここで死んだのか?」

「多分そうでしょう。布を外してもらえますか」

 Vの指示に従いドーリーと鉄兜は部屋の窓を閉じている布切れを外す。

「なんで塞いであるんでしょうか?」

「あなた・・・通り・・・雨・・・」

 鉄兜は湿気っている布切れを嫌そうに持ちながら、部屋の外からこわごわと眺めているマリーの疑問に答えた。

 おそらくシャツだ。

「窓から雨が入らないようにこれで閉じたんだろう。戸板でもはめるべきなんだろうが、まぁないよりはまし位な対策だな」

 ドーリーも同意。


 Vは明かりの中で死体の確認。この中で一番医学、回復魔法と薬学なので完全に専門外なのだが、の心得があるVが死体を確認し、これを今後どうするか考える。


「手袋。手袋と」

 この緑の藻は触っても大丈夫。ただ食べるのはNGだから口に入れないように。という注意事項を聞いていたが、念のためと皮の手袋をまず装着する。

 そして死体に向きあう。


 服装は軽装。鎧や剣は周りになし。

 藻が張り付いて緑色のシミになったシャツとズボン。

 その下の肌は、これも緑色。

「どういう物なんだ。これ」

「気色悪い藻でいいだろう」

 Vのつぶやきにドーリーは返す。

「うーん。モンスターにやられたような形跡はなし」

 外でモンスターにやられてここに逃げ込んだならもっと損傷がはげしいだろう。

 あのサルがそこまで礼儀よく人を殺すとは思えない。

「そうなると毒ですか?」

 毒となると早めにここを離れてこれから来る捜索隊にその旨伝えた方がよい。マリーはそう思ったが

「そんな感じでもありませんね」

 薬学と回復魔法を習得しているVは直感的にそれは違うと感じる。

 直感だ。冒険者業で毒に侵された人の死体をたくさん見てきた上での直感。


「そう・・・嫌な・・・予感」


 銃を抱えた女。やけどの傷をマスクと兜で隠す男。傭兵団を中退した新米の中年。そして学校中退。

 この奇妙な一行の中で経験が長いのはマリーと鉄兜、V。

 しかしマリーは経験が長いといっても基本は後方で人を集めたり役所や依頼人と交渉するのが仕事で現場にでるのは人手が足らない時くらい。

 つまり冒険者として現場働きをする経験が長いのは鉄兜とV。

 その二人の直感は同じ方向を向いていた。


「死体を動かします。手伝ってくれませんか?」

 男二人でじゃんけん。ドーリーの負け。

「手袋あるか?」

 ドーリーの一言にマリーがフリーサイズの手袋を渡す。

 本来は銃の整備などに使う物。女性向けでいいものがないので男物を使っている。

 なのでドーリーの手にも合うわけだ。

「うつぶせにさせます。慎重に。じゃぁ1,2,3」

 人は結構重いのだ。それに勢い余って傷をつけるようなことはしたくない。

 そしてひっくり返す。背中も緑色。

 そして傷口。


 後ろから心臓をさすように一突き。

 それを見てドーリーも気づく。

「サルは短剣なんか使わないよな」


「ええ、これは人が人を殺した、殺人ですね」

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