第2話

「ダンジョン探索したいんだよ」

 首都冒険者組合の端っこにおいてあるベンチでドーリーはそんなことを言った。

 いつも雑談に使う談話室は組合のイベントで貸し切り。なので使えない。

 そのため寒空の下、ベンチに座って雑談している。

「なぜです?」

 Vはそう答えた。

 彼は「その格好はまだ暑くないか?」と知り合いから聞かれるような格好をしている

 これから寒くなるので先日服を買い替えた。まだこの服を着るには少々早いがどうせすぐに寒くなる。

 首都はそういう町。


「なぜって、冒険者じゃん。だからさ」

「あぁ」

 Vはドーリーの答えに少々呆れたように答えた。


 「冒険者らしくダンジョン探索したい病」は冒険者がみんな通る道だ。というよりある意味宿命と言ってもいい。

 そしてダンジョン探索は冒険者の主な業務の一つなのでそれ自体が批判されることはない。


 批判されるのはその病気に罹って、自分の身の丈に合わないダンジョンに突撃し死んだり怪我したりすること。

 それで死んだら論外、生きてても組合から怒られて他の冒険者や依頼人からの評判が落ち、今後の仕事に影響する。


「なんかダンジョンぽいものとかはもう行ったけどさ、ぽいじゃなくて本格的なダンジョンをパーティー組んで探索をしてみたいんだよ。わかるかな」

「わかりますよ。それで死ぬ人たくさんいますから」

 Vはそう笑った。


 実際、組合に顔を出していた初心者冒険者がいつの間にか仲間をあつめ、いつの間にか組合に顔を出さなくなり、受付嬢に聞いてみたら無謀な計画でダンジョンに突撃して全滅、すでに葬式も終わっていたという事は珍しい話でもない。

「死ぬ気はないさ。別にそこまで本格的に未開のダンジョンを切り開こう、ってのは無謀だってのはわかってるからな」

 ドーリーは続ける。

「すでに開拓済みだったり、あらかた攻略されて組合にノウハウが蓄積されてるような初心者向けダンジョンってのがあるだろ?知り合い、少ないが、に声をかけてあれに一つ挑戦してみようと思うんだ」

「なるほど、たしかにリスクは少ないですね」



 ダンジョンの定義は様々であり、これを議論すると首都の学会で学者たちが取っ組み合いの喧嘩を始めかねない。

 なので庶民は「複数のモンスターが住み着いてる場所」というゆるいニュアンスでダンジョンという言葉を使うことが多い。

 組合はもっと広義でなおかつゆるい定義として「モンスターが長期間定住している土地」をダンジョンと呼ぶ。


 どこかの古城や地下牢、建物にモンスターが住み着いているだけのものから、魔法の影響で地下深くに続く謎の洞窟や、山の上から雲の中に入り込むような神秘的なもの、古代の神殿、意図的に作られた罠の残骸など神話から続くものもダンジョンであり、ゴブリン以外なんもないゴブリンの巣穴もダンジョンだ。


 これは組合がダンジョンの情報を集める理由が「情報の集積により冒険者の死亡率を下げると同時に、その情報を社会に還元し役立てるため」だからである。

 なのでゴブリンの巣穴退治も神秘のダンジョンも全部「ダンジョン」として冒険者から情報を集め、それを整理して冒険者に再配布している。

 また討伐ノウハウや危険なダンジョンの情報を国や騎士団、周辺地域に教え還元することにより、冒険者組合や冒険者の社会的地位向上を狙う、そしてそういった大衆や組織からの見返りとして情報をもらうという目的もある。

 なので、組合はどんな情報でも喜んで集めるし、それをどんどん公開している。


「でも旨味も少ないですよ。情報が集まってるってことはめぼしいものはあらかた回収されているってことですからね」

 Vの言葉はダンジョン探索を行う冒険者のジレンマの一つを表している。


 高い利益を目指すには情報がなく危険性もわからない未開のダンジョンを切り開く、つまり高いリスクを覚悟する必要がある。

 組合の情報を使ってリスクを下げることもできるが、それは同時に利益が減ることも意味している。

 このバランスは冒険者業の永遠の課題。


「そこはちゃんと考えがある。ダンジョン探索よりもモンスター狩りをメインにしようと思うんだ」

「モンスター狩りを?」

「あぁ、ダンジョンはモンスターが集まりやすいから成り立つ、とか前言ってただろ?」

 言ったけ?とVは思ったが、まぁ実際そうだ

 なんらかの事情でモンスターが集まりやすいからモンスターが集まるダンジョンと呼ばれるものが生まれる。

 モンスターが集まらない場所は宝があろうがダンジョンではない。

「討伐後のダンジョンにモンスターが集まる、ってのは確かに珍しいことではありませんが」

「だろ?ただそれ一本じゃ採算が取れるか怪しい。だからモンスター狩りとダンジョン探索を行ってリスクを分散させる」

 Vは考える。


 確かにダンジョン探索をして、利益が思ったよりも少なければモンスター狩りに移行するのは珍しくない。それにモンスター狩りの際に近くにダンジョンなどを見つけた場合、そこの簡単な探索を行うというのもある。けれどこの2つを並列させる、という例はあまり聞いたことがない。

 装備も準備も必要な技能も変わってくるのだ。両方を平行にやるとなると大規模では無理だ。


「しかも、これが重要なんだが、首都の北の方ではモンスターによる獣害がひどいってことでモンスター狩りの成果によって補助金がでるらしい。専業向けじゃなくて、地域の猟師なんぞへの優遇策で冒険者が狙うほどではないらしいんだが、あそこらへんは開拓されてて初心者向けダンジョンも多いだろ?」

「なるほど、その補助金も狙っちゃおうってわけですね」


 行政の補助金を狙う、というのは冒険者ではあまりない発想。

 冒険者は存在自体が社会から外れているので、そういった補助金の対象外になることが多いからだ。

 それにパーティーを組むと少額の補助金だと利益がでにくい。

確実に受け取れるかわからない上に少額なものを期待するよりも、行政が発注する依頼を受けたほうがマシというわけ。


「モンスター狩り、それに伴う補助金、ダンジョン探索。小さな収益三本立てで収益を確保しようってわけですか。少なくとも大赤字にはならないと思いますね」

「あくまでも第一の目的はダンジョンだが、まぁ俺がダンジョン探索したぞ。って満足できりゃそれでいいからな。赤字がでなけりゃいい。どうだ。まだ設計図書いてる段階だが、乗ってみないか。少人数で回したいから、お前みたいな補助技能を複数持ってるやつは活躍するだろう。報酬については、本決まりしてからだが」

 Vは少し考えた。


 悪い話ではないだろう。リスクヘッジによる赤字の回避。裏方仕事は全部回されそうだが、そういうのは得意だ。それになんだかんだ言ってこの人とは腐れ縁で成功率は高い。


「いいですね。乗らせてください」

「ありがとう。まぁ他のメンツが決まるかだけどさ」

「僕の方も少し声をかけてみますよ」


 そんな話をして、二人は別れた。

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