日常の生活

赤月なつき(あかつきなつき)

絡まった蔦

 せっかく用意した紅茶をどうしてあの人は無駄にしてしまうのだろう。……そんなことを思い、品のない封筒の封を切る。

‘主人は我らが頂いた、返して欲しくば一千万リークを持ってこい’

「はあ……」

面倒くさい。この手の輩はだいたいこんなことを頼んでくる。その要求自体に応える気には全くなれない。だが、あの人の価値をそれをほど単価につける阿呆の顔を見てみたいと思ったのだ。


 鬱陶しい微笑み顔を唾液で綺麗にしてやろうと思ったのに仕返しに顔を殴られてしまった。その顔から滴る赤い蜜すらも彩の一端に過ぎないと言うのに。

 自由に動かすことのできない手足をギシギシと動かしてなんとか縄を千切ろうともがいて見せても、嘲笑を浴びるだけだ。


 「良いザマだなぁ」

薄汚くドブのような香りのするその吐息とともに吐き出された一言。ザマ、とは様、つまり様子のことだ。わざわざ解釈する必要のない簡単な言葉だがこの汚泥の如く霞んだ人間の言葉を理解するにはこうでもしないといけないのだ。


 ギラリとその目を光らせて舐め回すのだ。肉を、蜜を、心を、その甘さに惚れた男は必ず不幸になる、……魔女の誕生だ。


 ドカンッ!


弾みのいい音を聴いて安堵の吐息を漏らした。

「ふう……やっときたわね」

「全く、紅茶が冷めてしまいますよ」

「それはいけないわ。帰りましょうか」


「お、お前ら……」


縄を荒く引き裂くことなく、私は彼にそれを解いてもらった。


「そ、外にいた連中は!?……百人はいたはずだぞ!」


「おや、百人もいらっしゃったのですか。二十人くらいに思われましたが。失礼しました」

そう言うと彼は深々とお辞儀をした。


「そう謝ることでもないわよ。みんな逃げ出したのかもしれないわ」

「どう言うことですか?」

「私のことをご存知だった、ということよ」

「ああ……なるほど」


私は呆気にとられる間抜けな男の前に立った。


「逃げるなんて!ありえねえよ!……なあ?」

悦楽を求めるその瞳は悲願の目へと移ろう。

「ふふふ……私は魔女ではあっても超能力者じゃないからね、その真意はわからない。でもあなたは……裏切られたのよ」


「うああああああああ!!」


叫び声を出しながらこちらに直進してくるその男の手を見る。そこにはギラリと光る銀色のナイフがあった。それを見て私は何を思うこともなくかわし、隠し持った血生臭い刃物をその首に這わせたのだ。


 「ふう……ずいぶん遅かったわね」

「そのご様子ですと助けに来る必要はなかったみたいですね」

「そんなことを言わないで。私は悲劇のヒロインなのよ」

「この惨状を見て何も表情が変わらない魔女がヒロインですか?」

「世間体からすれば十分ヒロインよ。それに、それを言ったらあなたもヒーローではなくなってしまうわ」

「構いません。……貴女をお守りできるなら私はヒーローでなくてもいいのです」


私はその白い額に口付けた。チュッという音が無機質で血の溢れる空間に響き渡る。


「ありがとね。……ヒーローでもいいと思うけれど」


 退屈な日常を変えてしまうほどの刺激を求め、この仕事をしている。私はこの世界で生きる為に栄華を極めるためだけにこの国の頂点にとって不要な凹みや出っ張りを削り取ってきた。その報酬は平民が百年働いても決して届かないほどの財、商人が世界中のものを集め売り捌いたとしても触れることのできないほどの豊かさ、上級貴族がその地位を売って手に入れるそれよりも遥かな贅沢をもたらした。


 この仕事をし続けて心を歪め、手には血の香りが抜けなくなってしまったけれど人並みの幸せは手に入れている。たとえその屍が蘇りこの喉に手をかけようとも私はこの栄華な道を歩き続ける。それが殺してきた彼らに対する最適な姿勢だと信じている。


 とはいえつかれないわけではない。私は超人でもなんでもないのだから。そんな疲れを癒してくれるのは私の屋敷に住まう使用人たちだ。


私がマイクに抱えられている様子を見て彼らは口を開く。

「おかえりなさいませ!……おや、またマイクさん怒らせたんですか?」

「え」

私は自らを抱える人間の顔を見た。なんの感情も表さない真顔で前を見つめている。……あー、本当に怒っているな。

「私何かしたかなあ?……まあいいか。とにかく降ろして頂戴」

「お断りします」

「降ろせ」

「いやです」

「……」


そんな流れで私は彼にずっと抱えられたまま器用に体を洗われ、着替えさせられた。執務室についてようやく椅子に降ろされたが彼は一言も呟くことがなくその目を真っ直ぐ私に突き刺しているだけだ。


「おいマイク、なぜそんなに不機嫌なんだ?」

「お答えできません」

「……」

すると彼の顔が私の方へ引き寄せられた。背の高い彼の顔がようやく目の前に降りてきた。


「……なんですか」

「べーつに。教えてあげない」

彼の首元にある黒いネクタイを私が引っ張ったのだ。

「主人に隠し事なんてよろしいことではないぞ」

「隠し事なんてしていませんよ。貴女が気づかないだけです。それに、貴女にも同じことが言えますよ」

「……」


腹の立つ言い方をする。わかっててこう話しているのだ。それがわかるからこそより腹が立つ。仕返しをしたいと、浅はかな考えが脳裏を通り過ぎた。


ジッと見つめあっていた。すると突然唇を塞がれた。ハーブの香りが漂うその体に引き寄せられて私の虚弱な心はしばらくその甘さに酔いしれていた。


「……こういう誤魔化し方は感心しないぞ」

「何度も申し上げましょう。貴女が気づかないのがいけないのですよ」

「何に気づかないというのだ?」

私は彼から少し距離を取った。座っていた椅子から立ち上がりその人を目の内に収める。


「教えて差し上げません」


「……ちっ」


こいつのこういうところ、腹が立つ。


夕食を平らげて入浴を済ませる。その間の移動もずっとあいつに抱えられて移動していた。いや、楽ではあるのだ。しかしこの格好で自分の屋敷を歩くのは……なんというか恥ずかしい。私は彼の感情に気づかないまま一日を終わらせた。


他の使用人たちは私に挨拶を済ませると各自の部屋に戻った。私も今日は仕事が終わっているのでこのままお休みだ。寝室に潜り込んで私はベッドに包まった。


ワンピース風の寝巻きに着替えてため息をこぼした。

「私そんな鈍感かなあ……」


そんな時あの男の顔をふと思い出した。醜い顔をしたあの男の姿、行動の一端を軽く覗いただけで彼を殺してしまった。……私の仕事なんてそんなものだ。相手の家族や仲間たち、集団としての責任感、彼の人生、すべてを考えることもなく私は彼のすべてを奪ってしまったのだ。もし彼が貧しく、私を売り飛ばしていたら、彼の生活が向上したかもしれない。……そんなことを考える意味などないけれど考えてしまう。いや考えなければならない。私はこの仕事に


 「忘れられるわけがないよなあ」

この生活もぜんぶ彼らの死体の上に積み上がったものなんだ。

なんとなく眠れなくなってしまった。……声が聞こえるのだ。


赦さない


苦しい


悲しい


酷い


卑劣


そんな声をこの体で受け入れる。ぜんぶ、全部。


んー、眠れなくなったかも……、まあ月を見て時間を潰そうかな。魔女に睡眠は必要ない。



 翌日になり、屋根の上で寝転んでいた私は部屋に飛び降り、マイクに怒られるのだが私は気にしない。


仕事を待つ為に私は執務室に待機していた。私は仕事の依頼が来なければ一日暇になる。その暇をつぶす為にこの屋敷周辺の人々の悩み事を解決するようにしている。魔法を使って薬を作ったり、家屋を直したり……色々と。だが今日はその依頼も来ない。

気まずい沈黙がこの部屋を行き交うが私もどうしたらいいかわからない。


 本来執事はこういう時に昼食の支度をしたり掃除をしたり、勉強をしたりとやらなければならないことがあるのでこの部屋にはいないはずなんだ。それなのに、彼はずっとこちらを見ている。眉一つ動かさず、ジッとこちらを眺めている。なんなんだ一体。


「はあ……」


すると電話が無音に鳴り響いた。その音はかなり大きくドアを挟んだ廊下から聞こえる。マイクはその受話器を取りに廊下に出た。

おそらく仕事だろう。


ある意味助かった。しばらくして彼が戻ってきた。


「依頼です。お嬢様」

「了解、内容は?」

「……本城にてお伝えすると」

「……マジで?」


私はこの仕事のおかげでそれなりに高い地位にいる。だから本城に赴くことも少なくはない。しかしそれは晩餐会に招かれたり、報酬をいただく時だったりとわざわざ依頼を伝えるためだけに呼ぶなんてあり得ないんだ。……何かしでかしたか。


「いつまでに来いと?」

「明後日です」


「はあ……」


この屋敷は王都から離れた森林の中に潜り込んで建つ。そこから本城に向かうと馬車で最短三日かかる。だが馬を休ませたり荷物を抱えてあそこまで行くには三日で行くのは不可能だ。そうなると私が使う移動方は……



 風が頬をなぞり冷たい空気を頬張らせるのだ。この寒空の下、ほうきで空を飛ぶのは寒いから嫌だったんだ。だが絨毯だと時間がかかる。……面倒だなあ。


「準備はできたか」

「はい」

「では行くぞ」


私はコートに身を包み、煌びやかな箒にまたがって空を舞う。いつも泊まる私の別荘に腰を下ろし、身支度を整える。青を基調としたドレスに瞳と同じ紫色のマントを羽織り、色とりどりの宝石を身につける。すると私はマイクに対しこう言った。


「気を張る必要はないからな」


そしてその明後日になり、本城に入る。厳かな雰囲気が空気を張り詰め硬くする。天井画の華やかさと壁の装飾、灯りを掴む燭台の一端でさえも細やかな模様がついている。この城を作るためだけに集められた数多の芸術がその栄華を彩り、強さを物語る。赤い絨毯を歩き、黄金の扉が開かれる。すると一段と豪華な服を身に纏ったこの国の長が悠々とその椅子に座っていた。


「やあ、久しいね。ユリーナ・エリザベール公爵」

「お久しぶりです」


私はドレスの裾を両手で掴んで右足を後ろに出して左膝を曲げた。


そして正面を向く。裾を元に戻し服装を簡単に整え手を前に交差する。


この玉座の間、……通称獅子の間にはたくさんの人間がいる。私とマイク(扉の外で待機している)、国王、国王に仕える家臣が五人、国王を守る親衛隊が十五人、そして取り巻きの貴族が数名。私と彼が会う為にはこれだけの人数を呼びつけないといけないのだ。それは私の仕事柄もある。それだけでなくその彼の立場の重さから来るのだ。どんな人間からも狙われる危険な立場であるのだ。皆が心して守ろうとするのはそういうことがある。


「先日、他国の麻薬密売グループに捕らえられたというのは誠か?」


あれからそんなに日が経っていないのに。


「はい」

「君ともあろう者がそのような目にあうとはな」

「……はい、全て私の脆弱さ故であります。しかし捕らえられたのが私で良かったです。お陰で彼らの取り巻きの麻薬犯もある程度把握できました。そちらの処分は済ませておきましたので、後日報告書をお送りします」

「さすがだな。しかし君は……なぜ彼らに捕らえられたのか、という明確な原因は分かっているのか?」

「はい。私の力不足にございます」

「それだけではない」


そう言うと彼はその玉座から立ち上がった。


丈の長いケープを羽織り、絹の服を召すその人はこちらに歩み寄る。そして私の頬を触る。


「君の美しさだよ」


「君はその権力だけでなく美しさによってさらわれた……そのはずだよ」


「めっそうもございません。私は醜い魔女です。そのようなことは……」

「あるよ。だって君の仕事はその美しさすらも道具になる。その成功は君の輝きのお陰でもあるのさ」

「……」


「どうだね、一度この城に住んでみないか?」


硬い空気がさらに張り詰める。


「お断りします」


すると彼の手は私の掌を優しく包んだ。


「……分かっているさ君が私達よりも遥か高みに居る、神の使いであることは。でも耐えられないよ、君が仕事や危険な場所にいるせいで辛い目に会うのは」

「……お心遣いありがとうございます。しかし、私は罪を侵したのです。他者を虐げその上に栄華を重ねてきたと言う罪が。だから私は貴方のもとにはいけないのです。……ご理解くださいませ」

「……そうか。まあ時々会いにきておくれよ。私は君が……」

「?」

「なんでもない」


そう言うと彼は玉座に座り直した。瞬きをして息を吸い込んだ。


「では本題に行こう。次の依頼だ」


彼はうなずいた。すると家臣の一人が私に紙を手渡した。

「拝見します」

くるまったそれを開いて中身を拝見する。


「確認しました。……まだ薬物は居ますか」

「そのようだね、次もよろしく頼むよ」


先ほどと同じように裾を掴み、膝を曲げる。


「かしこまりました」


その部屋を出る。私は目の前にマイクがいるのに気がついた。


「お待たせ」

「……随分長かったですね」

「そうね、……まあ色々あったわ。とりあえず戻りましょう」

私は本城を飛び出し、別荘に移動する。


せっかく王都に来たのだから皆の土産物を買って行こう。皆が喜ぶような素敵なものを。


「マイク……」


彼はまだ不機嫌なのか、いやむしろ悪くなったのか口も聞いてくれなくなった。執務室の扉付近で立ちっぱなしでこちらをじっとみてる。買い物に出かけたいと言いたいのに話を聞いてくれない。主人の頼みを聞かないとは執事としてはどうかと思うが、……私が悪いのか。


「おーい、マイクゥー聞こえてる?」


別荘の執務室、屋敷よりもはるかに狭く本も少ないこんな陳腐な部屋で仕事ができるはずがない。そんなことはわかっているはずだ。だからこのまま用事を言い出すのは予想の範囲内であろう。


「なあ、お前何に怒ってるんだ?私が何かしたか」

「……」

「教えておくれよ。私はお前の気持ちを察せるほど出来上がってないのはわかってるんだ」

「……」


とんっ


「ねえお願い、教えてよ……」


低俗な真似をしているのはわかっている。私が男に使う色香の魔法を一番大切な人にかけている。体を見せて上目で見て。この方法だとどんな男も落ちる。でもそれは彼を特別視していないと言っているようなものだ。私はそれをわかっていてしている。


「なんでもするからさ……」

「はあ……」



 我慢をするこちらの気持ちにもなってほしいものだ。そして彼女の鈍感ぶりにも疲れてきた。


私の主人は凄い人だ。自らの全てを使って国王の酷い命令にも従う。圧倒的な知識で様々な場所に潜り込んで、抜群の交渉力で情報を得る。いかに狭い場所でも潜り込める柔軟さ、巨漢の男にも臆せず、立ち向かい倒すほどの強さ。そして何よりも、その美しさよりも魅力的なその優しさ。私たちに向ける心は普通ではない。使用人を雇う豊かな人間が民に魔法を使ったり、使用人に土産を用意したり、たかが執事の気持ちがわからないと言う理由だけでここまでしてくれる。……たしかにこれで惚れない男はいないだろう。こんなに味わい深い人は。


 体を自分の体に寄せて体全てを見せる。美しく整えられた髪や肌、豊満さも存分に。そうやってああ言われたら、俺も怒る気になれないよ。


「お嬢様……いえ、大天使リューナ」

「その名で呼ぶな……もう捨てた名だ」

「しかしなんでもするとおっしゃったじゃないですか」

「それは私がなんでもする、と言うことだ。お前がするわけではない」

「わかっております……でも、忘れたくないのですよ。貴女とお会いした時、私が貴女の名を呼べたのがどんなに嬉しかったかを」


そう、リューナは私の……俺の大切な人だ。


「そんなの、私からすれば毎日の出来事だ」

「……」

「さあ、答えろなぜそんなに怒っているんだ?何に怒っている?」

ズイ、と彼女の顔が近寄る。

「……貴女が他の男と接するのが嫌だったんですよ」

「えっ……そんなことで?」

「そうです。……以前も申し上げましたが、貴女は自分を犠牲にしてああいうのにああいうことをされるのはよろしくないと」

「だが、私の仕事の内容はそんなものではないか」

「本当ですか?」

「あ、ああ……」

「本当に?リューナは昔からそう言って怪我ばかりして俺を……心配させたでしょう?」

「あっ……」


ようやく気づいたのか、目をまん丸にしてこちらを見るその瞳。


「だからお仕置きです」

自分は彼女の手を引いて壁に押し付けた。

「……っ、仕置き代行人のエリザベール公爵家の当主にお仕置きをするのか?」

「ええ、だってお許しいただけましたからね」

「だから……!……まあ、良い。だが待て。皆への土産物を買ったからだ」

そう言って俺の手を振り解いた。


男の、それもそれなりに強い力で押さえつけたはずだったんだがな。


「さあ、行くぞ。日が暮れてしまう」


そう言って彼女は自らコートを着出した。本当、とんでもない人だな。


山積みの土産を持ってその後、私たちは屋敷に戻った。


「おかえりなさ……凄い量ですね!」

出迎えてくれたのは若い秀才、テレトゥス・ミナル。彼はここに勤めて三年の、まあ中新人みたいなものだ。

「ああ、お前たちの土産だ」

「ぉおおおおおお!!これタルトじゃないっすか!俺めっちゃ好きなんすよ!」

「喜んでくれてよかった。以前、タルトが好きだと言っていただろう。フルーツの乗っている方にしたが、これでよかったか?」

「はい!……しかもこんなに!」

彼向けへのタルトの箱はおよそ三十箱だ。積み上がったそれは持ち帰り方がわからないほど多く、目を見張る。

「ありがとうございまっす!こんな俺の好みまで覚えていてくれてまじ感謝っす!」

「ふふ、存分に味わってくれ」

「はい!」


そんなことをしていると奥から同じ服をした男女がこちらにやってきた。そして口を開いたのは屋敷内最高齢のヨハネス・ストーレン。


「テレトゥス、お嬢様に対しその口調はなんだ。直すよう申しただろう?」

「すっ、すみません!」

そう言うとテレトゥスは深々とお辞儀をした。

「お荷物、部屋に置いてきます」

その仕事はマイクが……と言おうとしたが、彼は駆け足でその場から立ち去ってしまった。


「まったく……良い子ではあるのですがね」

そう言ってため息を吐いたヨハネス。

「お嬢様、お疲れでしょう。奥で温かい紅茶をご用意しておりますがいかがなされますか?」

「では頂こうかな。……マイク、皆をルーム(くつろぎの間)に」

「かしこまりました」


日は落ち、空は赤く染まる。風は寒さを連れて葉を巻き上げる。寒さから逃げるように人々は暖炉のそばに近寄って談笑する。


 「お待たせしました」

マイクはそう言うとその部屋に百人の使用人を集めた。土産物も詰めたらかなり狭いが、そこは魔法で土産物を小さくすればなんとかなる。

「よく来たな、皆のもの。まずはただいまだ」


『おかえりなさいませ』


礼儀を叩き込まれた彼らは跪いてそう答えた。


「ああ、なおれ。……今回の招集の理由は仕事の依頼だ」

私はマイクに目を這わせた。


「今回の依頼は麻薬密売グループの『ゼヘラ』を壊滅させることです」

「『ゼヘラ』とはどう言った組織でしょう?」

使用人たちの中から挙手をして質問をする、メイドのリリエラ・ナナルーシ。

「『ゼヘラ』は隣国、アラン帝国の違法入国者、ゼヘラ・ストラトスが作ったグループで十年前にできた大きなグループだ」

「そのような大きなグループがどうして今も存在しているのでしょうか?」

その質問は真っ当だ。私の国、ケーヘル王国は薬物を固く禁ずる国で有名だ。その取締りも当然厳しく、この国に持ち込むだけで二十年以上の懲役が科せられる。それほどあの国王が麻薬を嫌っているのだ。そんな国で麻薬密売組織が長く存在してなどいられない。

「それは彼らの賄賂のせいだ。『ゼヘラ』は毎年、そこを管理する領主に多額の賄賂を渡し口止めをさせていた。そして力をかなり強めそちらではほぼ貴族と同じくらいの権力を持っているそうだ。ごく最近彼らの存在と状況が明らかになり、依頼が来たのだ」

「ごく最近……もしかして」

「ああ、察しの通り、この間のやつだ。あそこの生き残りに拷問をしたらすぐに吐いたらしい。お陰で私はすぐに仕事……なのだが、協力してくれるか?皆よ」


『はっ!大天使の御心のままに』


一斉に高まるその声に安心し、その場で解散となった。

私は入浴を済ませ、寝室に潜り込んだ。


鍵を閉めて、彼と二人きりだ。


「……ようやくですね」

そう言ってジリジリとこちらに近づく彼はなんとも楽しそうに笑っている。私からすると少し怖いが。きつく縛ったネクタイを緩め、私をベッドに押し倒した。

「そうだな……」


空は日を落としきり、すっかり月も出切ってしまった。赤い夜をそっと照らす優しい光は私たちを包んで雲に隠れる。


そうして唇を重ね、舌を絡ませる。


「……っ」


吐息は淡い光のもとに儚く消えて溶け込まれる。


「貴女は……っ私のものです」


するとノックがその熱を冷ました。


「マイクさん、よろしいですかな?」

その声はヨハネスだ。少し不機嫌になったマイクは私と自分の服装を整えると扉を開けた。


「お楽しみのところ失礼します、結界周辺に敵襲が現れました。いかがなさいましょう?」


私はベッドから立ち上がり、彼を見据える。


「場所は……北か。どこの連中かわかるか?」

「いえ、ここからでは暗く所属を把握しきれません。しかし持っている武器から、この国の賊ではなさそうです」

「そうか、……ならばリーダーを捕らえろ。それ以外は殺せ」

「はっ!大天使の御心のままに」


そう言うとヨハネスは素早く屋敷の外へ出た。


「残念だったな」


私はマイクにそう言い放った。


屋敷の外では屋敷の守護担当指揮官、ルーカス・タージュが意気揚々と指示を伝えていく。顔を隠した無礼者は次々と倒れ、やがて一人だけ取り残された。血塗れな土の上を一掃すると、そのリーダー格の子を捕らえ、拷問を開始する……のは疲れるので明日だ。とりあえず素っ裸にして鎖に繋いでおけば心は折れるだろう。


ふふ、マイクには悪いが私へのお仕置きはまだ先だ。
















 
























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る