第2話 さざなみ


〜〜〜細波〜〜〜




pm6:00



すぐそこに海。

下は店、上は住処。

そもそもここはあいつの通学路。

今日は学校の後、寄ってくだろうか…



昨日キスをした。

大人になって初めてグウに。


避けられるかもしれない。

うん、その方が良いかもしれない。

この何年も離れていたんだから、

また距離を作ればいい。


本気でグウに嫌われるくらいなら、

離れて見てる方が良い。





波は例え1番に乗っても

まれに横入りしてくるやつもいれば、

予想もつかない所にいる初心者。

危なくてしょうがない。


只でさえケガなんていつもの事。

難しい技をやろうとすればその分失敗して

ボードと一緒に波に揉まれ…

ボードが凶器に変わる。


注意する事は沢山。


僕がグウに教えた。



これは…

グウに対しても同じなんじゃないか?



波は1番に乗った者のモノ。

………グウを1番に好きになったのは僕。


僕のモノになったらいいのに。

けど僕はそこまで楽観的じゃないし、

結局、

波は何処かへ消えるんだ。



挑戦すれば成功の期待もあるけど、

波に揉まれてケガする事の方が多い。

技に挑戦せずに流れに乗ってるだけでも

…サーフィンは楽しめる。









「頼りになる従業員が来ましたよー!」


来て欲しいような、来て欲しくないような…

…気まずいから来ないと思っていたけど、

普通に接してくれるみたいでありがたい。


「おつかれー。タダ働きどーもー。」


「…お客さんいないね?

チョットとりあえず、飲み物貰っていい?」


「従業員はセルフでー。」


グウが狭いカウンターに入って来て

冷蔵庫を覗く。

僕もいつも通りに接せてるはずだけど…

僕が飲み物出せば良かった。

狭いカウンターでは嫌でも近くなる。


「あ、このコーラは?」


「あぁ、ついでに。誰か飲むかと思って…」


「俺飲んでいい?頂きまーす。」


冷蔵庫に寄りかかり

汗ばんだ首、ゴクッゴクッと音まで聞こえ

喉仏が上下するのが分かるけど、

見ている事がバレないように視線を外す。


洗い物は終わったけど……近すぎる。

グウからの視線も感じるし、

カウンターから出たいけど

冷蔵庫の前を通らないと出られない。


「何かやる事ある?」


「あ…そうじ…かな。」


「どこ?」


「いや…特に無いな…。

帰る?お客さんいないし…。

お前受験生じゃ無いの?」


「まぁ。受験だけど…

サーフィンとか体育系の推薦で行くから。

あ、そうじしたら筋トレしていい?」





お客さんがなかなか来ない。


もともと繁盛させようと始めたわけじゃ無く

ここでのんびり過ごして、

仕事は別に、モデルの依頼が来たらやるし

主にパソコンを開けば出来る事を

するつもりでいる。

大学の後輩がすでに起業していて、

仕事の話をしに来るって言ってたな…。



2人きりの店内。


「…お客さん来ないね…

チラシ配ったりする?前、配ってたじゃん。」



グウはイスを使って腕を鍛えながら…

僕は近くのテーブルでパソコンを弄りながら

ポツリポツリと会話する。


「イヤいいよ。

何となく地元の人に知って貰って、

後は口コミとか…で、

常連さんになってくれればいいんだ。

…もっと繁盛させたくなったら、

僕のモデルとしての知名度を使うから。」


「…のんびり過ごしたいんだ?

ここで…。仁兄、海好きだもんね。」



好きだ。

グウと過ごした海が。

店からも、住んでいる二階からも、

いつでも海が見れるここで……

我慢したり、傷ついたり、疲れたり、を

1人で繰り返して、

ここで癒されながら過ごしていくんだ。



「俺も老後は

この辺でのんびり過ごしたいなー。」


「僕の今の人生、老後って言ってる?」


「え?そんな感じでのんびり過ごそうと

してるんじゃないの?

なんか仁兄、人生疲れました感がすごいんだよ。

…疲労感?閉塞感?哀愁漂う感じが…

あ!そうだ、大学入ってから

たまに会うとこんな感じだった。今もそんな感じ。

何を諦めたらそんな感じに…

大学行きながらモデルの仕事もして、

一流大学卒業して…

これからって時じゃないのかよ…」


「人の心配はいいから。グウはどうなんだよ?

サーフィンの大会出るんだろ?

2年前に優勝して…最近は?調子悪いの?」


「…調子…悪いつもりは無いんだけど…

…8月…高校生だけの大会は絶対優勝する。

あと、9月も大会いっぱいあるんだけど、

優勝して……オリンピック出たいんだ。」


「…うん。わかる。

グウは目指してると思ってたよ。」


「……笑わないの?

みんなにジョーダンって思われるんだけど。

…枠、1人だよ?知ってる?」


「…知ってる。調べた。

けどグウなら目指してると思ってたし、

波とか、運とかあるけど…

グウに頑張って欲しいな。ん?どうした?」


隣の席に来て、グウもパソコンに目を落す。


「…暇でゲームしてるわけじゃないんだ?」


「これも、仕事のようなもの…」


「仁兄。キスしようよ。」


「………」


返事、してないのに。

横から頭の後ろを手で抑えられ、

僕の顔を覗き込むように…


チュッ、と音が鳴った。


僕はパソコンを見る体制のままで、

目も閉じれなかった。


「あのさ…、いくら子供の頃してたからってさ…

あー…昨日のはさ…」


「愛情表現でしょ?これも。いいじゃん。」


「…はぁ……子供の頃僕がしてたって、

恥ずかしいから誰にも言うなよ?

グウ、軽く口走りそう…」


「ふーーん、秘密ね。」


…さすがに、大人になってからしたのは

口止めしなくても言わないだろう…



グウのせいで、ドアの音がするまで

誰かが入ってくるのに気づけなかった。


「いらっしゃいませー!」



グウが立ち上がって声をかけた相手は、

お客さんでは無く

仕事の話をしに来たであろう後輩だった。






「わざわざこっちに来なくても…

僕が東京行ったのに。」


「いえ、昨日来れなくて残念です。

…けど今日で良かったかな?

空いてるみたいだし…」


「へへ…もっと集客しなきゃね…」


「ふふ…仁さんのペースで…

僕の仕事手伝って貰いたいし。

あ、これオープンのお祝い…」


受け取った大きな紙袋を覗くと、

サボテンと箱が入っている。


「わーありがとう!サボテン、飾る!

あと何かな?後で開けるね?」


「扇風機です。欲しいって言ってたから。

お店にでも、仁さんの部屋にでも…」


「おー!さすが南だねー。

僕欲しいって言ってた?自分で言ってた?

カウンターに置けるかな。

あ、座って?何か飲む?」


「じゃあ、アイスコーヒー。」



時間はもうすぐ19時。

今のところ20時がクローズの時間だけど…


「グウ、今日はもう店閉めるから。

明日も学校だし海も入るだろ?」


「…わかった。また適当に寄るよ。」


南にアイスコーヒーを出し、

グウの後について店を出る。

少し追い出すような感じになってしまった。


「これから仕事の話をするんだ。

僕出来る男だから、いろいろ頼まれてさ。」


「……」


「…波乗り頑張れよ?

あ、明日の朝見に行こうかな?!

昔と同じ場所?波選ぶとしてもあの辺…」


「何か欲しい物ある?」


「え?……あぁ…ははっ

グウから物は要らないよ。

あの人は年下のくせに稼いでるから。」


「…オープン祝い…」



そんな事気にするのか。

背伸びするグウ。

…昔を思い出す。


5歳も違うと一緒にいたくても

いれる時間が限られてた。

同じ小学校でも同じ遊びは出来なかったし、

僕が中学生になったらお互い友達がいたし、

高校生になったら時間も限られて…


最優先はいつも

グウと波乗りをする事。

グウはそれ以外も一緒に過ごしたがって…

僕だってそうしたかったけど…


グウを選び過ぎたら

2人の世界が狭くなるっていう怖さがあった。



『僕は僕の友達と遊ぶ』

『部活があるから遊べない』

『勉強もあるし、時間も遅いから無理』


グウに断るセリフを使うたび、

僕も傷ついてきたよ。

グウを傷つけてるのが凄く分かっていたから。




こんなに大きな身体になったくせに…

高校生になって、恋愛もしてきただろうに…

5歳の差を気にしてる?

背伸びしなくていいのに…



「…グウはタダ働きで、

僕の手伝いしてくれるんでしょ?

1人で全部やろうと思って店出したけど

グウがいてくれて心強い。ホントに…」


視線がずっと足元だったけど…

やっと目が合う。


「……」


「今日もありがと!お疲れ様!」


ハグして背中を叩く。ただの挨拶。

…のつもりだったのに、抱きしめ返されて

離れられなくなってしまった。


凄く力強い肩、腕。

昔だったら断然僕の方が強かったのに、

今、力を込めてもビクともしない。


「グウ…?」


心臓の動きが、大きく速くなるのが分かる。

意識しだしたらこんなになるのか。

ノリでハグしたはずが…


「…俺、本気だから。」


「……?」


「俺、これから優勝だけ目指してくから。

夏休み大会前、千葉に1週間は行くし…

その間、手伝えないけど…」


「ああ、いいよ。僕だって自分の他の仕事で

店休むかもしれないし。

…大会、見に行こうかな…」


回された腕に更に力が入れられる。


「くるしいよ…」


「…今年の夏は、一緒に過ごせるかな。」


「…うん…」



僕が高校3年の夏は、

何年もグウと距離を取るとは

思ってなかったな。


グウはこれから大人になるし、

夢だって大きい。

来年、再来年…

2人の距離はどうなってるか……







「南ごめん!お待たせ!」


店に戻ると、

カウンターにパソコンを開いて南が待っていた。

'いいえ、大丈夫です'とか

笑顔でいつも言ってくれる南。

なのに、いきなり真顔で…


「今の子が仁さんの片思いの人ですか?」


キスとか…見られたかな…


「いや?違うよ。

さっきの見たんだったら、

あの子とはスキンシップが激しいだけ。」


「…まぁ、そういう事にしといても

いいですけど…かなり年下って言ってたし…

同性とは聞いてなかったけど、なんか嬉しいです。

…僕、仁さんの事好きです。

僕の片思いの辛さ、分かってくれる気がする。」


「え?ちょっと待って。

なんかいろいろ言われた気が…」


「え?そんなビックリするような事では…」


カウンターに入り、

水を飲む。さっきから喉が渇く。


「ずっと、抱きたいって思ってましたけど、

仁さんと仕事したい気持ちの方が上…

って言うより、無理やり抱いても

好きになって貰えないと思うので、

仕事しながら近くにいて、

信頼度を上げて、絶好のタイミングで…

とか思ってますけど。」


またいろいろ言われた…。


「ちょっと待って。

僕の能力を買ってくれたんじゃないの?

違うなら仕事はしないけど。」


「仁さんの能力を買わないと、

こんな起業したばかりなのに頼まないですよ。

けど、あの子…仁さんを抱けるのかな…

仁さんはあの子を抱こうとしてます?

…あの子の雰囲気は…謎ですね…

あんな可愛い顔してノンケなのかな?

まだ高校の制服でしたよね?

そしたらまだネコもタチも微妙ですよね…

ちなみに仁さんは、絶対ネコですよね?」




南は紳士だと思ってた。


悪気は無い、僕が男を好きと知っての

普通の会話なんだろう。

けど、ノンケ?ネコ?タチ?

想像すると少し気持ち悪い。



…グウは小さかった時も

性格は男らしかった。

けど可愛い見た目、可愛い仕草、

可愛いく甘えられたら、

抱きたいと思う事もあった。

…けど何故かネコやタチ…当てはまらない。



もっとこう… 特別な存在。



久しぶりに会った17歳の彼は


僕の想像を遥かに超えて

成長していたけど。






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