WAVE

けなこ

第1話 うねり



〜プロローグ〜


1年で今が1番嫌いだ。

暑さにうかれて陸も海も人で溢れている。


そこそこの波しか来ないのに、

沖にはサーフィンをする人が沢山波待ち中だ。

…どうせその波

1番に乗っても小さくてすぐ終わるよ、と嘲笑う…

けどサーフィンを愛する者として

同情する気持ちも多少持ちながら、

趣味で入っているくらいであろう

サーファーを横目に、

俺は自身が通う高校まで

海沿いを潮風や暑い日差しと戦いながら

自転車で15分くらいかけて向かう。



通い慣れたこの道もオシャレな飲食店が増えた。

昔からあるお店もあれば、

この夏休み前にオープンするような新しいお店も。


…あの人いるかな…

何日か前、ここでチラシを配っていた。

お店を出すとは思ってなかった。


俺がまだ小さくて、

子供用の板やウェット…彼のお下がりで全身包み、

彼のあとを追って波に向かい、

慣れないパドリングを繰り返した日々は遠い昔。

彼が大学生になってからは

学校やモデルの仕事が忙しかったみたいで

殆ど顔を合わせる機会が無くなっていた。


そして俺が高校3年の今。

再会して、ここに来れば毎日会えるかも。


少し自転車のスピードを抑えながら

店の中を覗いてみると、

……いた。

お店は海が見渡せるように

中からも外が良く見えるようで、

手を振ると俺に気づいて

手を振り返してくれた。

今日は会えた。

また学校帰りに覗いてみよう。



1番嫌いな季節に何年かぶりの再会を果たし、

また一緒に過ごす時間が出来そうな期待で

通行人を避けて進む自転車のペダルも

何となく軽く感じた。







〜〜〜うねり〜〜〜




am4:00



海まで5分。

見た目はボロボロのサーフボードを抱え、

片手で自転車に乗る。もう慣れたもの。


7月に入って日の出が早い。

まだ薄暗い海に入り、波乗りしてる間に

東の空には光るピンクが現れ

更に白や黄色や紫を作って混ざっていく。



1番キレイな空って言っていた。

昔、仁兄と何度も見た景色。


…この景色は昔と変わらない。


…いや…景色が何年も同じはずはない。

雲の形も空の色も絶対何か違うけど…

同じと懐かしむ僕の気持ちは

間違いだとは思わない。

気持ちだって、いつまでも同じはずはないけど

変わらない気持ちもある。

何年も。






郡司ぐんじまた授業中寝てて怒られてやんの…

夏休みに補習とか、最悪だかんな?」


クラスも帰り道も同じ友達と

話をながら自転車を漕ぐ。


「夏は毎日3時半起きなんだよ。

昼寝しないとやってらんねーし…

…夏休みかー…大会もあるなー…

またあの良い波スポットの民宿行こうかな…」


「また1人民宿泊まって、海ざんまい?

ホント海だけー?女でもいるんじゃないのー?」


男友達との会話によくあがるのは女の話題。

高校生は、みんな彼氏彼女が欲しいらしい。

友達の彼女の友達を何度紹介された事か…。

中には居心地もまぁまぁ良くて、

感じの良い子とは付き合った事もあるけど。


あまり自分からは話題にしない。

あの子は胸がどうだとか、

あの子は顔がどうだとか…

ヤレる、ヤレ無い…とか。


話題にする程、楽しいとは思えない。



「あ!俺、ここ寄ってくから!

お前彼女と会うんだろ?じゃーな!」


「あ?ここ何?店?おー、じゃあまた明日なー!」



いるかな…。


チラシを貰った時、普通に話せた。

今朝、手を振り返してくれた。


もう俺も拗ねたまま

自分からじん兄との距離を置く事を

やめる事にする。


ここに来たら会えるなら、

たぶん俺は毎日でも会いに来る。



お店の傍に自転車を停め、店へ入る。


「いらっしゃいませー!」


「…客じゃないけど…まぁ客だけど…」


「…わかってるよ。何か飲む?

僕が飲み物作って出すお店ですー」


「…コーラ。」


「…無い。その辺の自販機で買って来て。」


「じゃあコーヒー。」


「飲めるの?」


少しびっくりされた。

…飲めるようになってるよ…


「飲める。ブラックで。」



お店の中は大きめのテーブルが3つ。

あとカウンター席が5つ。

思ったより広く、お客さんもいた。


「他の従業員は?」


「まだ雇って無い。」


カウンターの中に入って仁兄が飲み物を用意する、

その1番近くの席に座る。


「俺が手伝おうか?」


「'お、れ'!」


「…お、れ!が手伝おうか?」


「…昔はぼくー…ぼくー…って

可愛かったのになー…」


「いつの話だよ。小学から俺だったよ。」


「そうだっけ?はい、ブラックコーヒー。」


「どーも。…ほんと仁兄は記憶力が無い。

頭は良いくせに…」


乾いた喉を仁兄の作ったアイスコーヒーで潤す。

苦味が少なく、俺にも飲みやすい。

…こんな事、仕事でしたかったのか。


店内はラフな感じ。

西海岸っぽい、シンプルだけど仁兄っぽい。

ランダムにテーブルやイスが並ぶ。

観葉植物もいくつか置いてあって

リラックス出来る気がする。


「ん?何?」


「ん?あ、だからバイト雇ってよ。」


「嫌だよ。

グウじゃ僕の言うこと聞かなそうだし。」


懐かしい。

'ぐんじ'と自分の名前を言えない頃、

俺は自分を'ぐう'と言っていたらしいけど

そう呼ぶのは今では仁兄くらいだし、

久しぶりに聞いた。


「…こんなに素直に育ったのに。」


「バイト経験あるの?」


「あるよ?ファミレス、コンビニ…」


仁兄と離れてた時の話。

知って欲しいような気もするけど、

改めて、俺の中2.中3.高1.高2.高3の今まで…

どれだけ会話すれば、この溝は埋まるんだろ。


「…暇だったら学校帰りに寄るつもりだから。

その時は暫くお試しでタダ働きしてあげるよ。」


「え、ホント?タダで?

…オーダーとるのは簡単でしょ。

掃除も出来るでしょ?

重い飲み物を運んで貰ったり…」


「やっぱり時給500円?400円?

少しだけでも設定する?モチベーション的に…」


「なんだよ、男だろ?」


「…タダ働きね…。」


まぁ仁兄の事を手伝うのなら、

タダでも別にいい。


話し方。

何も変わらない。

落ち着きの無い話し方の時は元気な時。

疲れてる時はものすごく落ち着いたトーンになる。

凄く分かりやすい。

よく笑うし、すぐ怒る。

そんな仁兄に甘えるのが好きだった。

優しいし、甘やかしてくれた。

怒る時の拗ね方は昔から可愛いまま。

仁兄に拗ねられたら

俺の対処は昔から従順になるだけ。


俺も相当仁兄に甘い。




夕方から夜にかけてどんどん客が来た。

メニューを急いで覚え、

オーダー取りの手伝いと

飲み物、デザートを運ぶ手伝いが出来て

少しは役に立てたはず。


片付けまで終わったのが21時近く。

…実家が近いのに店の二階に住んでる事を知った。

ホントに大人になって自立してるんだな。



「…ホント最後まで…

オープン当日でわりとお客さんも来てくれたし、

スムーズに出来て良かったけど…

お前学校の後でこんな時間まで疲れたでしょ?」


「体力はあるから…けどお腹すいた。」


「あぁ、近くに食べに行こう。奢る奢る。」


両親に仁兄と一緒にいる事で

帰りが遅くなると伝えたら、喜んでいた。

両親も、仁兄が大好きなのに

何年も連絡を取り合わずにいて心配していたから。




近くの牛丼屋でさくっと食べた。


仁兄は今日来てくれたお客さんの事を

嬉しそうに話してる。

自転車に跨がり、ゆっくりと

仁兄の歩くスピードで進む。


「あ、グウの家この道行った方が早いだろ?

明日も学校で…朝…海も…まだ毎朝入ってるの?」


「ああ、毎日のように入ってるよ。

こんな体にしたのは仁兄だよ。」


「は?」


「もう2.3日入らないと、

ストレスが溜まって無理。」


「ああ…お前は才能も実力もあるから…

海は入った方がいいよ。

大会で優勝したのも知ってるよ。」


「ほら、乗って!送るから!」


「え?2ケツ…座る所無いじゃん…」


「棒に乗れるでしょ!ほら!」


どうにか仁兄は足を乗せて、

俺の後ろに立ちながら、重心を俺に。


「そういえば、

よく僕が後ろに乗せてあげたよねー」


「だから…記憶力…

俺が前で漕いでる回数の方が絶対多いし!」


「それはグウがある程度

大きくなってからでしょー?

小さい時は、僕がほぼ漕いでたよ。」


「いーや!小さくても俺もよく漕いでた。」


遠い記憶を手繰り寄せる会話。

話せば当時が蘇る。


仁兄の身体は俺よりも大きくて、

俺が後ろに乗っても余裕で進むから

頼れる移動手段だった。

逆に俺が前で漕ぐ時は、

対等になりたい一心でどうにか進んだ。


何も対等じゃなかったけど。


仁兄が高校生の時、

俺はまだ小学校高学年とか中1のガキで。

俺が普通に夜、家で過ごしてる時、

仁兄は遊びに行っていたり…

彼女と過ごしていたのを知っている。




「到着。」


「おーセンキュー。」


仁兄の店、家に着いた。

後ろから降りた仁兄は

少しよろけて俺の腕に手を置いた。


…その手をとり、仁兄を見た。

この俺の行動を不思議に思っているかも。

目を見開いてこっちを見ていそう。

少し暗くて、表情がわかりにくいけど…。


この人の記憶力。


俺の幼いながらの記憶。


どっちが勝つか…勝負になるかな。


「仁兄、俺が中学に上がる前までは

しょっ中俺にキスしてきたよね?

可愛がってくれてると思って普通に喜んでたけど。

たまに、口にもしてたはず。

仁兄が…中学とか高校生の時…

別にふざけてしてたのはいいんだけど…

覚えてるよね?」


覚えてないわけ、ないよね?


…返事をするまで、手は離さないつもり。

仁兄の手を更に強く握った。


深いため息と共に、薄暗い中、近づく顔。

仁兄の左手が俺の耳から顎をなぞる。

その手が俺の肩に置かれると同時にキスをされた。


昔のキスとは違って、

お互い自転車の2人乗りで受けた風で、

唇は乾燥していて…

さらっと唇が重なるだけのキス。


「…僕は、こういう……

気づかないフリ…忘れたフリ…

しててくれれば良かったのに…」




…覚えてるか、覚えてないか。

その答えは覚えてる、か。


何をそんなに思い詰めてるんだ?


子供の頃のキス。…今のキス。



そんなに暗くならなくたって、いいと思うけど。



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