夫婦喧嘩


 妻と喧嘩をした。

 きっかけは些細なことだった。妻は夕食に中華炒めを作った。けれど、料理に少し失敗をしたのだ。塩味が強すぎて、喉がヒリヒリするくらいだった。

「中華炒めは失敗しないだろう、普通。簡単な料理だのに」

 とふざけた調子で言った。

 それがよくなかった。

 彼女の虫の居所が悪かったのだ。

 妻は油に火をつけたかのように、無数の怒号を私にぶつけた。止まることを知らず、雪崩のように、それは彼女の上気した頭の上から降り注いだ。一秒一秒、たつごとに熱してゆく。過去を引っ張ってきて、関係のない遠い世界から連れてきて、土の中から掘り起こして、間違い探しの間違っていない部分にさえ、彼女は指差して指摘した。

 時々、私が耐えきれず言い返したもので、その喧嘩は収まるところを知らなくなった。

 月がいくらか動いてしまった。

 妻は最後、

「もう知らないわ。あなたとは、一緒にいられない」

 と叫んで、トイレの中へ逃げ込んだ。私はため息とともに、ドアをノックする。鍵がかちゃりとかかった。

 出てきたら謝ろう。こじ開けることは叶わないし、彼女の頭が冷えて、出てくるのを待つしかない。そしたらすぐ私から謝るのだ。元はと言えば、やはり私が悪かったのかもしれない。

 少し真剣に反省した。

 そして私はトイレのドアの前、廊下に腰を下ろして、壁にもたれたまま、妻が出てくるのを待った。

 百年がたった。

 さすがに長すぎるな。

 待ちすぎた! と私は思った。見ると、いつの間にかドアの鍵は空いている。それが妻からの合図だったのだ。見逃していた。

 私はドアを開けた。中に妻はいなかった。

 いつの間に逃げたのだ。ずっとここに座って見張っていたのに。

 慌てて、私はリビングへ移動した。机も椅子も腐ってしまい、崩れ落ちたところに苔が覆う。壁紙は剥がれる。床には水たまりもできている。アメンボが泳いだ。

 なんだこれは。下を向くと、見たことのない形の虫が、足の横を這って行った。

 私は気が遠くなり、ふらふらと玄関に移動した。

 とりあえず、外へ出て人に話を聞こう。

 扉を開けた。そして私はあまりの光景に気を失った。

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