人形師と麗しの乙女
もなか
人形師と麗しの乙女
その部屋には、窓はない。
椅子がぽつんとおいてあるだけだった。
遠い街より持ってきた材料は、本当に美しい腕をしている。ほっそりとした腕で、透けるような肌、桜貝が嵌められた指…どれひとつとっても、美しい。
椅子に座る材料の腕に、うっとりと味わうように指を這わせた。
「ありがとう。君のおかげでまたひとつ、理想の人形に近ずけるよ…あ。もう死んでるから聞いてないか。もうちょい早くお礼は言うべきだったかな…」
唇をちろりと舐め、音階が狂ったような笑い声を響かせて、私は腕を頂戴した。
これであと残すは、顔だけになった。
それ以外の材料は全て揃えた。
柔らかくなだらかに隆起した胸と、高く括れた腰を持つ胴体。桜貝が嵌め込まれた指を持つ、白魚の腕。触れれば甘く沈み込む、足。
そう、全ては理想の芸術品を、麗しの乙女を腕に抱くために。
さぁ、行こう。
理想の芸術品を、貴方を作り出すために。
私は隣町へ材料を取りに行った。
「こんばんは、お嬢さん。恋人へ送る花を探してるんだってね?」
最後の材料となる、顔。
すなわち…
「ええ、そうなの。とびっきり綺麗で、愛らしい花を送りたいの。」
彼女、だ。
部屋に入り、扉の4つの鍵を閉めた。
…彼女に声をかけたあと、人目につかない森の中へと言葉巧みに誘い込み、襲った。
もがき、爪を立て、歯を立て、のたうち回り、逃げ出そうとする彼女に、腹に一撃くれてやると、面白いほど大人しくなった。その隙に、麻酔を打って箱へ詰め込み、部屋へと帰ってきたのだった。
ゆっくりと箱へ手を伸ばす。
ずっと欲しかった贈り物の包みを解くようで、興奮により手が震える。
無骨な部屋に似つかわしくない、甘い香りがふわりと広がった。サラリとした髪、小さな頭に、今は隠れているが、宝石のような瞳。滴るような唇や、ミルク色の肌は不思議と艷めいて見える。
知らず、嚥下する。
箱に手を付けた。そして、唇をそろりと盗みとり、私は自分が何をしたのか気がついた。
その瞬間、彼女の目がゆっくりと開かれた。
はじめ、ぼんやりと瞳を彷徨わせていたが、徐々に思い出してきたのだろう、目の前の私に視点を定め、怯えた。
「貴方、誰なの?なんでこんな、酷いことするの?お願いだから、私を家に返してよぉ…」
震える声。宝石の瞳からは、真珠のような涙が溢れ出した。静かに指で拭う。瞳が涙で溶けてしまいそうに思えた。
「私は人形を愛しているんだ。だが、まだ理想の人形に出会えていない。貴女は私の理想だ。貴女を取り込めば、私はっ…!!」
何かが身の内を食い荒らしているように、痛くて苦しい。これで私は彼女を手に入れられるのに、なぜだろうか。
私が愛しているのは人形だ。
痛みを飲み干し、彼女に手を伸ばす。
「ひっ…!!嫌!!来ないで!!嫌あああああ!!!!!」
布を引き裂いたような悲鳴が部屋に響き渡り、やがて消えた。
ああ、やっぱりあなたは美しい。
真っ赤な薔薇が咲いたようだ。
ぼんやりとそんな事を考えながら、
私は彼女の首に手をかけた。
そして、血の滴る唇に口付けた。
真実愛する乙女にするように。
集めた材料を、一つ一つ組み立てていく。
そして、最後に出来た人形へ白いウェディングドレスを纏わせ…
「なんて…美しい…」
声が掠れた。私が求めた、理想の芸術品がそこにはあった。この日のために用意した、真っ白なウェディングドレスを纏わせたモノは、あまりにも美しすぎた。それは、人形の美しさでも、もちろん生き物の美しさでもなかった。この世の美しさを逸していた。
だが、その美しさに身も心も奪われ、私は気付かなかった。4つの鍵が全て解錠され、真っ黒な殺意が背後で揺らめいていることに。
頭が割れるように痛いことに気がついた。私の顔が血に濡れている?人形に触れようとした手がない…
そのまま、倒れ込んだ。
私が最期に見たのは、美しい理想の芸術品でも、血溜まりに移る死霊のような顔をした自分でもなかった。
そういや、彼女に恋人がいたんだっけ。
随分迎えに来るのが早かったな。
呑気にそんな事を考えながら、私の意識は消えた。
人形師と麗しの乙女 もなか @huwahuwa_yuttari
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