鉄夫の夢は夜ひらく

深森

第1話「嫁は、し殺しました」

鉄夫は、夕方5時ごろになると、メイクを始める。

メンズの白いタンクトップと、柄物のボクサーパンツで一丁で、

胡坐をかき、小さな鏡をのぞき込みながら、

着け睫毛、真っ赤な口紅に、腰まである長い黒髪のウィッグ、

それらを、いつも通り、決まった順番でこなしてゆく。


テーブルでは、息子の彰が宿題をしている。

「晩御飯はカレーやけん、チンして食べとって。火は使うなよ」

彰は振り向きもせず、

「わかった・・・」と言った。



タンクトップの上に黒い革ジャン、赤いタイトなスカートに、網タイツに、

着替えている。勿論、下着もボクサーから女性用のピンクのレースパンツへと。

割とがっちりした体形の男に、この格好は、

なんとも違和感があり、笑わせたいのか?と思う井出達だった。

玄関まで行くと、彰が見送りにくる。

これは、必ず、出かけるときには行われる。

「行ってきます、鍵かけとけよ」と鉄夫。

ぶっきら棒に、彰は「いってらっしゃい」と言った。

27センチある黒いハイヒールを履いて、鉄夫は、出かけて行った。

小学6年生の彰は、一人家で黙々と宿題をこなしていた。




鉄夫が働いているのは、「ギャグマン」という、

カウンター10名、ボックス席2つの、こじんまりとした

スナックだった。

ママと呼ばれる女は、御年、41歳で細身の体育会系で、声はガラガラで、髪は短髪、ママも男と間違われることが多かった。

その店で、鉄夫はホステス、兼、用心棒として雇われていた。



7時から1時までの営業で、お客様のご要望があれば1日2回、ショータイムが行われていた。ショータイムといっても、

ママがセーラ服姿でカウンターに立ち、

「石鯛、石鯛、イシダイだい・・・」と曲に合わせながら、

黒と白のシマシマのパンツをチラつけさせるという、しょうもない芸で、初めての客は何故か、爆笑する。

それは、ママのガラガラの歌声と何とも言えない、妙な動きがツボに刺さる人が

多かった。

鉄夫の芸は、チョッカン、チョッカン!!とママが歌い出すと、

缶ビールの下に穴を開け、3秒で一気飲みする、口の中でクラッカーを鳴らす

という身体を張った芸の、この2点だけだった。



1時過ぎに店を閉めると、ママは先に帰り、

彼は、後片付け、ゴミ捨て、鍵をかけて店を出る。

そして、もう一つの仕事へ向かう。

仕事といっても、職場は顔がはっきりと見えない、路地裏通りに立つだけ。

だた、そこへ立っている。


スーツを着た男を連れたキャバレー勤め帰りの、赤木さんが、鉄夫へ声をかける。

「あら、アリサちゃん、最近どう?」

「どうもこうもないわよ」と答える。

連れの男がまじまじと見つめてくる。

「なぁに?そんなにいい女かしら?」と高めの声で鉄夫は言った。


そんな空気を気遣ってか、赤木さんが、

「アリサちゃんの今日のパンツは何色~?」と笑う。

「今日はねぇ、レースのピンクよ~」

「アリサちゃんの嫁はどうしたんだっけぇ??」

「嫁~??嫁はし殺したのよ~~」

がっはっは、と、下品な笑いで、赤木さんは男と共に路地の奥へ消えていった。


「し殺したって?」

男は、赤木さんへ聞いた。

赤木さんは、「嫁が好きすぎて、Hし過ぎて死んじゃったんだって」

といいながら笑う女を、男は少し怪訝な顔でチラ見してすぐに目を反らし、

何か決断したように手をつないで、目を瞑ってキスをしていた。







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