第113話 神の旧友
「精霊って、えげつないな。
こんなことまで記録しているのかよ」
図書館に集められていた資料は、俺の予想をはるかに超えた代物であった。
このあたりの地域に住んでいた精霊はそれなりに多く、長命である彼らはこの地域で起きた様々な出来事を克明に覚えていたのである。
それも、かなり込み入った個人情報まで。
「しかし、南の町の女神が思ったより脅威じゃなくて助かったよ。
まぁ、フローラが取り押さえていた時点でたいした事は無いとは思っていたけどな」
そんな独り言を呟きながら、千二百年前に町で起きた貴族同士の派手な痴話喧嘩の記録を閉じる。
うん、読み物としてはなかなか面白かった。
これを書いた精霊には、たぶんゴシップ記事を書く才能がある。
「けど、問題は森の神だよなぁ」
今の森の神の力は毒……というより状態異常といったほうが分かりやすいものを得意としているそうだ。
それも、同格であれば神でさえ、覚めることの無い眠りに落としてしまうほどの威力を持っているらしい。
これで性格も悪いということだから、かつて信者がつかなかったのも当然だ。
あの杉の木の毒も、この神の仕業で間違いないだろう。
そして、なぜ毒杉の森なんかを作ったか、その原因もはっきりした。
エルフたちを迫害するためである。
資料によれば、先代の森の神とエルフたちが密接な関係にあったらしい。
むしろ先代の神に仕えていた神官のほとんどがエルフで、この森に住むエルフたちは新しい森の神に従うことを拒んだ者の末裔なのだそうだ。
ゆえに、火山の神を眠らせた後もエルフたちが苦しむよう、わざわざ彼らの住む場所を食料の乏しい環境に仕立て上げたということらしい。
なんとも陰湿なやり口である。
だが、一連の調べ物の中で最大の収穫はこれだ。
「先代の森の神が生きている可能性……か」
俺はその仮説について書かれた本を手に取り、一人つぶやく。
なんでも……その精霊は先代の森の神と親交があり、神の力を封じた道具を持っていたらしい。
木で出来た踊る熊の人形だったらしいのだが、神が滅びたと伝えられた後にその道具が勝手に動き出したという事件があったのだ。
まるで、助けを求めるメッセージのように。
しばらくすると、その奇妙な現象は起きなくなってしまったそうだ。
だが、もしも神が滅びているならば、その道具も効力を失わなければならない。
ならば、かの神はまだ封印されてどこかで生き延びているのではないだろうか?
少なくとも、木彫りの熊が踊っていた間は生きていたはずだ。
その後、動きが止まってしまったことについては非常に不安だが、もしかしたら自力で脱出するために力を溜め込んでいる可能性もある。
「……この件、さらに調査する必要があるな」
すでに千年近く前のはなしだが、神々や精霊にとってはそう昔でもない話だ。
当時のことを覚えている存在も多いだろう。
「できれば生きていてほしいな」
そう神に祈ろうとして、助けるべき相手も神であることに気付く。
なんとも皮肉なことだ。
だが、もしも生きているならなんとしてでも助けなくてはなるまい。
その神が復活して町と森の守護神に返り咲けば、マリベールが生贄にならなくてすむかもしれないからだ。
今の森の神を罷免し、役に立たない生臭神官共と一緒に町から追い出す。
蘇った神には、火山の神と話をつけてもらって大噴火を回避。
そしてお姫様はいけにえにならずにすみ、俺以外のどこかの王子様とでも幸せに暮らせばいい。
めでたしめでたしのハッピーエンドじゃないか。
……全てが希望通り動くならばな。
そんなことを考えていると、フェリシアが読み終わった本の回収に現れた。
「トシキさん、何か分かりましたか?
ずいぶんとスッキリされた顔をなさってますが」
「ええ、おかげさまで次に何をするか、その方針が決まりましたので」
「そうですが、それは何よりです」
「ところで、この本の著者と話がしたいのですが、繋ぎを取れますか?」
「ええ、可能ですわ。
今も執筆室にいると思いますので、呼んでまいりましょう」
やがて現れたのは、灰色の髪と青白い肌を持つ背の低い少女だった。
男物の礼服を纏い背筋の伸びたその姿は、軍人を真っ先に思い出す。
目の下にクッキリとくまができたその顔は、よく見れば整っているものの、その雰囲気とあいまって思わずのけぞりそうな威圧感があった。
「我に用があるというのは貴様か?」
やや険のある台詞とは裏腹に、その声は実に愛らしい。
なんとも癖の強い精霊である。
「貴女が森の神のご友人……?」
俺がそう尋ねると、その精霊は柳の葉のように細い眉をピンと跳ね上げた。
「森の神とはどちらのことをさす?
先代の神ならば間違いなくわが友であるが、今のクソゴミのことならば直ちに撤回せよ」
その返答に、俺は内心ひそかにほくそ笑む。
これはよい関係が築けそうだ……と。
「心配無くとも、先代のほうですよ」
すると、精霊は薄い胸をそらし、尊大に名乗りを上げた。
「よろしい。
私の事は、暗き風の精霊ネグローニャと呼ぶがいい」
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