第81話 煽動される民衆

「おいてゆくなんてひどいですよー」


 そんな台詞と共にポメリィがやってきたのは、魔術師の老人が帰ってしばらくしてからのことだった。

 

「ひどいも何も、昼まで寝ていたのはポメリィさんだし」


 ついでに寝癖ついてますよ。

 もしかしなくても、その頭で町の中を歩いてきちゃいましたか。

 指摘するべきかどうか、すごく迷っちゃいますね。


「起こしてくれてもいいじゃないですかぁ」


 ……と、ポメリィさんはダメ人間特有の不満をいいながら口をへの字に曲げる。

 そんなしぐさも人によっては可愛いとうつるらしく、隣のジスベアードはでろーんと音が聞こえそうなほど鼻の下を伸ばしていた。


「あと、なにかいい匂いしますね。

 こうばしくて、すごく食欲をそそるのですが……知らない匂いです」


 うわ、余計なことに気付きやがった。

 もしかしなくても、あのニンニクモドキの匂いだ。


「……気にしなくていいデス」


 ちらりと横を見れば、妖魔たちの目が怪しく光っている。

 どうやらまだ中毒症状が完全に抜けてはいないらしい。


「いえ、おなかすきましたし。

 何か食べるもの無いですか?」


 この異様な雰囲気の中でよくそんな台詞が出るな。

 大物だよ、君は。


「たぶんここには何も無いよ。

 繁華街に出れば何か食べるもの売ってると思うけど?」


「そうですね。

 じゃあ、ちょっとお出かけしてきます!」


 俺の提案を特に疑うことも無く、ポメリィさんは食事へと出かけてゆく。

 やれやれ、こういうところは素直だよな。


 だが、ほどなくして彼女は帰ってきてしまった。

 しかも硬い表情で。


「ただいまです」


「やけに早かったけど、どうかしたの?」


 俺が理由を尋ねると、彼女はしばし頭の中で言葉を選んでからこう答えた。


「なんか……町の様子がおかしくて」


 その言葉に、ジスベアードが反応する。

 こういうところみると、やはりこいつも町の平和を守る人間なんだな。


「どうおかしかったんです?」


「なんか、みんな怖い顔しているんですよ。

 それで聞き耳を立てていたら、なんかトシキさんを捕まえるみたいな話してて」


 その答えに、ジスベアードは表情を硬くした。


「……連中、もう動き出したのか」


「予想以上に動きが早いですね」


 正直、この不安定な状況で事を起こせば彼ら自身もただではすまない。

 不安にかられた民衆が暴動を押す可能性は非常に高いし、それを煽動したという話になれば国が黙ってはいないだろう。


 なによりも、怪我人の治療と保護にリソースが割かれ、組織としてまともに動く体力は無かったはずだ。

 そうなると、そうせざるをえない理由があるはずだが……。

 俺にはまったく心当たりがなかった。


「トシキは建物の奥へ。

 連中の相手は俺がやる」


 そう言ってジスベアードが俺を後ろへと追いやろうとするが、俺は首を横に振った。


「子供扱いしないでください。

 それに、彼らの行動に対して問いただしたいことがいくつかあります」


 危険は承知だが、ジスベアードだけに任せていてもたぶん何も解決はしないだろう。

 問題を先送りにするのは、あまり好きではないのだ。


 ジスベアードはまっすぐに俺の目を覗き込むと、しばらくしてからため息をついて肩をすくめた。


「ヘマこいて怪我なんかしないでくれよ?

 俺の評価に響いちまう」


 笑いながら突き出された拳に、俺もまた自分の小さな拳をぶつける。

 森の神殿の連中に煽動された民衆がやってきたのは、それから三十分ほど後のことだった。


「森の神に仇為す小僧を出せ!」


「俺たちの森に木を返せ!!」


 押し寄せた民衆から口々にそんな台詞が飛び交う。

 うわぁ、なんかこう、姿は人間なのに人間に見えない。

 悪意に満ちた民衆ってこんな感じなのか。


 日本にいた頃にデモなどと遭遇する機会がなかったせいか、俺はこの手の集団の悪意に慣れていない。

 なんともいえぬ独特の圧力に、俺の胃は悲鳴をあげていた。


「大丈夫でかえ?

 顔色が悪いようじゃが」


「大丈夫だよ、ドランケンフローラ。

 平気ではないけど、このぐらいでは引けないから」


「フローラでよい。

 この花の香りを嗅いでおれ。

 少しは落ち着くはずじゃ」


 ドランケンフローラからわたされたチューリップのような花を受け取ると、予想に反して墨を吸ったときのような落ち着いた香りが漂う。

 すると、確かに胃のムカつきがスッと楽になった。


「……助かったよ。

 あ、アンバジャック。

 肩車してほしいからちょっとかがんで」


「いいですよ。 落ちないように気をつけて」


 俺はアンバジャックの背中によじ登り、高い場所から敵の様子を探る。

 すると、怒り狂っている民衆の後ろでニヤニヤしている奴らがいることに気付いた。


 おそろいの鎧姿で、樹木を形どった紋章をつけているところを見ると、森の神に仕える神殿騎士といったところだろう。

 民衆をあおるだけあおって、自分は高見の見物か?

 なんともムカつく連中である。


 耳を澄ませば、罵声の中に混じって騎士の連中が民衆をあおっている声が聞こえる。


「さぁ、もっと大きな声で!

 皆で森に木々を取り戻すのですぞ!」


「自警団の連中など何するものぞ!

 この町は森の神の慈悲によって成り立っているのだ!

 領主の飼い犬など一捻りにしてくれようぞ!!」


 ……とまぁ、言いたい放題だ。

 今のところはにらみ合っている程度で済んでいるが、実際に衝突すれば子虎が不利になるだろう。

 自警団の数のほうが圧倒的に少ないからだ。


 だが、奴らは知らない。

 ここに、森と共に生きるのであれば絶対に敵にしてはいけない存在がいることを。

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