第61話 妖魔の餞別

「よーし、出発するぞー」


 元奴隷狩り共を見送った後のこと。

 俺たちも旅を続けるべく、移動を開始することにした。

 金羊毛をとりにゆくという目的がある以上、いつまでもここにいるわけにはゆかないからな。


「おい、俺が道を作るから、お前らはそこからあんまりはみ出すんじゃないぞ」


 ご機嫌な調子でそんな台詞を吐いているのは、なんとアドルフである。

 最近呼び出しがなくて拗ねているとヴィヴィから聞いたので、今朝になってから呼び出したのだ。


 ……とはいえ、最初は機嫌が悪くてなかなか大変だったんだよな。

 それを宥めすかして、森を安全に移動するにはアドルフの力が必要だから……と口説き落とし、ようやく話を聞いてくれるようになったのがお昼前。

 だが、奴を守護者にするにはさらにしばらく時間が必要だった。

 そして、『なんで俺はこんな三十路前ぐらいにみえるオッサンを口説いているのかと』自分の存在意義について迷いが生じはじめたころ、ようやく守護者としての契約に同意してくれたのである。


 まぁ、そこからはすごかった。

 なにせ、奴が視線を送るだけで森の中に土を固めた道が出来上がってゆくのである。

 さすが精霊。

 人間の扱う魔術とは次元が違うとしか言いようがない。


 そんなわけで先に道を作ってもらい、アンバジャックから例の人面アボカドと水を分けてもらったら出発だ。


 すると、なぜかアンバジャックとドランケンフローラも一緒についてくるといいだした。

 そして今は、巨大羊の背の上で俺のプレゼントしたカードを持って二人でもみの木を歌っている。

 どうやら、俺を町まで見送るついでに森の毒杉をもみの木に変えてゆくつもりらしい。


 実を言うと、今日はヴィヴィに守護者を頼むつもりだったんだよな。

 なんでも、このまま人間の町まで直進すると、魔物の多い場所を通過することになるらしくてな。


 アドルフって、見た目と違って魔術を武器として使うことに抵抗があるみたいだから、魔獣とばったり出会ったらどうしよう?

 ……そんな心配をしていた時期が俺にもありました。


「死に腐れ、ワン公がぁぁぁぁっ!」


「キャイィィィィン!?」


 おお、また一匹魔獣がアドルフにぶっとばされたようだな。

 まぁ、たしかに魔術で攻撃するのは嫌いだけど、武術でどうにかするのはお好きらしいです。


 今も狼系の魔獣が襲ってきていたんですが、アドルフってば敵を見るなり大槌を振り回して……まぁ、暴れる暴れる。

 あと、アイツめちゃくちゃ足癖悪いでやんの。

 魔獣の半分ぐらいは蹴り殺しているよな、あれ。


 まぁ、それでも多勢に無勢って事で全ての敵は撃退できないみたいだが、あいにくと俺の周りには魔羊たちが群れを成している。

 こちらの力量を見誤ったあわれな狼モドキは、次々と巨大な毛糸玉になっていった。


 それ以外にも、アンバジャックとドランケンフローラがたまに気が向くと攻撃に参加してくれる。

 だが、これもひどい。

 大量の眷属を呼び出した上に矢の雨を降らすのだから、魔獣もたまったものじゃなかった。


 ええ、お分かりですね? 完全に過剰戦力です。

 そんなわけで、『エンカウント多すぎ。 クソゲーじゃんこれ』な魔獣の襲撃に対し、俺は何もすることがありませんでした。


 そんな調子で町に向かって森を直進し、太陽の光が黄色くなり始めた頃である。


「あ、周りの木が杉じゃなくなってきた」


 周りの木々の中に、針葉樹ではないシルエットが混じっていることに気づき、俺は思わず口に出してしまった。

 すると、隣で楽器を奏でていたアンバジャックがふとその手を止めて語り始める。


「そうだね、このあたりはあとの時代になってから植林した場所だよ。

 だから、建材とは違う目的で植えられた木が多いんだ」


「ふむ、せっかくだから学ばせてやろう。

 こっちにきて触れてみるがいい。

 お前に縁の深い植物があるぞよ」


 羊の背から飛び降りたドランケンフローラが、一本の大きな木の前で俺を手招きする。

 いったい何だろう?

 気になった俺も羊の背から飛び降り、彼女の言うがままに木に触れてみた。


「なんか、すべすべした手触りの木だな」


 ついでに、とてもなじみのある感触だ。

 いったいどこで触れたことがあるのだろう?


「これは白布樫という樹木でな。

 その真っ白な皮をはがせば紙になる」


「へぇ、この……紙はこうやって作るんだ」


 頭に『この世界の』とつけそうになり、思わず言葉が途切れた。

 あぶないあぶない。


「この先にある街は、製材と木工のほかにも、この木の皮を輸出しておる。

 ただ、最近はうまくいっておらんようじゃのぉ」


 そういいながら、彼女は手を上に伸ばした。

 すると、頭上から一本の枝が音もなく落ちてくる。


 枝を空中で受け止めると、ドランケンフローラはその枝を俺に向かって差し出した。


「このあたりまでくれば、魔獣に襲われることもないじゃろう。

 我らはそろそろ森の奥に帰る。

 この枝は我等からの餞別じゃ」


「あ、ありがとう……」


 俺が枝を受け取り、彼女から一瞬視線をさらした次の瞬間である。

 ドランケンフローラとアンバジャックはいつの間にかその姿が消えていた。


「いいものをもらったなぁ。

 樹妖レーシィの祝福がついた枝なんざ、めったにお目にかかれるものじゃねぇぞ。

 金で買えるような代物じゃないから、大事にしまっておけよ」


 気がつくと、アドルフが俺の後ろから興味深そうにその枝を見つめていた。


「うん。 そうする」


 俺はその小さな枝を手ぬぐいに使っていた布に包み、リュックの中にしまいこんだ。


「そろそろ町が近い。

 背中の羽根が人目につかないよう、気をつけろよ」


 そう告げると、アドルフは俺をつかんで羊の背の上に押し上げた。

 やがて太陽の光が西のかなたに消える頃。

 俺たちはようやく次の町にたどり着いたのである。

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