第59話 調和と変容
「うーん、なんかキャラが違う。
書き直し」
俺が原稿を突っ返すと、その綺麗な顔は一瞬で般若にかわった。
「なんですってぇ!?
何が不満だって言うのよ!!」
銀色の髪を振り乱して叫んでいるのは、俺がこの旅に出る発端となった水の精霊である。
彼女は今、俺が今フェリシアと一緒に書いている物語の仕上げをしているところだ。
なぜ俺と仲が悪い彼女がこんなやりとりをしているかというと……。
先日の件で彼女は智の神から盛大に不興を買ったらしく、神罰を受けるのではないかと怖くなってしまったらしい。
よって、智の神にとりなしをつけるためにフェリシアを頼ってきたのだ。
正確には、フェリシアとつながりがある俺をだが。
あとの流れはなんとなく察してほしい。
で、フェリシアの薦めもあって彼女に物語のプロットを渡し、仕上げを任せる事にしたのである。
性格はかなり我が強くて、お世辞にも善良とは言いがたい彼女だが、文才だけは本物だからな。
ただし、作業のほうはそのほとんどが言い争いに終始している。
「いや、なんかそんなかっこいいキャラってイメージじゃなかったんだよね」
「あたしがそうイメージしたんだから、それでいいのよ!
お子様には、この良さがわからないかもしれませんけどねぇ」
とまぁ、こんな感じだ。
お互いに好きな物語の方向が違うらしく、奴はちょっと目を離すとベタベタの恋愛路線に走ろうとするのである。
おかげでこの恋愛脳精霊にダメ出しをするのが、最近の俺の主な仕事になってしまっていた。
「あらあら、トシキもレーシェも、二人ともすっかり仲良くなって……」
「どこがよ!」
「ありえないな」
フェリシアのそんなんのんきな声に、俺たちは一斉に振り返る。
そのタイミングが重なったことすら気に入らない。
「とりあえず、この原稿はボツだ。
レクスシェーナ・ニル=デクスプーギ、恋愛要素なしで書き直せ」
「真の名で呼ばないで頂戴!
名で縛らなくてもちゃんとするわよ!!」
「わかっていればそれでいい。
……俺は自分の作業が完成したから、ちょっと出かけてくる」
精霊たちにそう告げると、俺は書き終わったカードを持って立ち上がる。
「自分の作業って、アレ?
まったく……あんたって、とんだお人よしだわ」
「でも、それがトシキの良いところだと思いますわよ」
精霊たちのそんな評価を、俺はフンと鼻を鳴らして振り払い、防音の魔術が施された窓をすり抜けて広場に向かう。
そこには、楽しそうに人形を作っているクマのような青年と、その作業の邪魔をすべくかなり乱暴な絡み方をしている女性がいた。
「やぁ、ドランケンフローラ、アンバジャック。
いまちょっと時間あるかな」
「やぁ、トシキくん。 話だけなら大丈夫だよ?」
そういいながらも、アンバジャックは視線をこちらに向けようともしない
本当にマイペースな奴だな。
「なんじゃトシキ。 我に加勢しに来たか。
苦しゅうない。 その人形の材料を全部持ってゆくことを許可するぞ」
「いや、さすがにそれをやるとアンバジャックがキレるだろ。
そんなことより、ちょっとこれをみてくれないか?」
「なんじゃこれは?
カード……いや、魔導書かえ?
術理を書いたものではなく、文字自体に魔力を持たせて、読み上げることでその文章の内容を具現化させるものと見たが……ずいぶんと珍しいものを持っておるな貴様」
「魔導書?
そうだね、一見してカードにしか見えないけど、呪符じゃなくてこれは魔導書としての機能をもっているみたいだね。
うん、なかなかに面白いよ」
よし、どうやら二人の興味を引くことに成功したようである。
「これはピブリオマンシーという力で作った魔導書なんだけど、ドランケンフローラの指摘したとおりの代物で、たった一つの魔術しか発動できないんだ」
「ふむ、なにやらこれは木をたたえる詩のようじゃの。
なかなか良いではないか」
「でも、この詩を引き金にしてどんな魔術を発動させるんだい?」
「実はこれ、詩というより歌なんだ。
俺の故郷では冬至の頃にお祭りがあってね。
その祭りのときに歌う曲なんだけど……」
「ほほう? どのような歌じゃ?
歌ってみるがいい」
ドランケンフローラに求められ、俺は大きく息を吸った。
そしてこの歌を……ドイツのクリスマスキャロルである【
しばらくじっと歌に耳を傾けていたドランケンフローラだが、ふいに俺の後ろに回りこむと、手元のカードに視線を落とした。
そして、俺の声にあわせて美しいソプラノが響き始める。
やがて曲が一周すると、俺は無言で歌詞カードを彼女に渡した。
ドランケンフローラは微笑みながらカードを受け取ると、さらに大きな声で緑の木をたたえる歌を歌う。
すると、その歌声に軽やかな音が混じり始めた。
見れば、人形を作っていたアンバジャックの手にいつの間にか竪琴が握られているではないか。
しかも、彼の足元にあった人形の材料が綺麗になくなっている。
どうやら、謀らずとも彼の作業の邪魔に成功してしまったらしい。
その美しい音に誘われ、村に滞在している連中が一人……また一人と集まってきた。
耳を澄ませ、やがて歌詞を覚えると口ずさむようになる。
メロディーはとても簡単だしな。
気がつけば、羊たちまでもが蹄でリズムをとってこの音楽に参加していた。
やがて、この命の乏しい森に、
だが、そんな美しい時間にも終わりが訪れた。
ピィン……と音を立て、アンバジャックが爪弾いていた竪琴の糸が切れてしまったのだ。
その瞬間、皆の歌がとまり一斉に我に返る。
そして誰かがつぶやいた。
「あれ? この森ってこんな景色だったっけ?」
「いや、違う……森の中は杉ばかりだったはずだ」
そう、気がつけは周囲に生えていた毒のある杉はひとつもなく、ただ緑のモミの木が穏やかにゆれていたのである。
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