第58話 やりきれない森の事情

 妖魔共のお遊びに振り回された翌日。

 フェリシアに物語を記録させる作業の休憩時間に、俺は前々から気になっていることを考えることにした。


 ……エルフの村襲撃に関する考察である。

 改めて振り返ると、いろいろとおかしいのだ。

 せっかくだから、そのおかしなところを列挙してみよう。


 まずひっかかったのは、村が襲われたというのならば、あの家族のほかの住人たちはどうなったのだろうか……ということである。

 襲ってきた奴隷狩りの連中を返り討ちにしたあとで疑問に思ったのだが、連中はほかのエルフを捕獲していなかったのだ。


 まぁ、すでに隣の国へと送ってしまった後だったということも考えられるだろう。

 だが、だとしたらあの一家四人にたいし、三十人もの人間が追っ手として送られてきたことになる。

 これは明らかに変だ。

 さすがに多すぎる。


 次に、エルフの村というものは三十人ばかりの手勢で攻め落とせるものなのだろうか?

 俺の知る限り、それは無理だ。


 『攻撃三倍の法則』といって、相手の拠点を攻める場合には守り手の三倍の兵力が必要になる。

 さらには暗視や魔術というエルフならではのアドバンテージを考えると、五倍から六倍の兵力はほしいところだ。


 そこから逆算すると、相手の戦力は五人から六人という計算になってしまうではないか。

 もはや完全に限界集落である。

 エルフの繁殖力が低くても、若者が森の外に出ないことを考えればこの数字はちょっとありえない。

 非戦闘員を守るのに人手を割いていることを考えたとしても、まだ少なすぎる。


 ……という事はだ。


「奴隷狩りが襲ったのは、エルフの村ではない・・・・・のかもしれない」


「へぇ、いい勘しているねぇ」


 俺のつぶやきに反応したのは、いつのまにか近くに座っていた隊長だった。


「やっぱり、あの家族は売られたのか?

 ……エルフの村に」


 すると、隊長はやんわりと嫌悪の混じる声とともに俺の言葉に頷く。


「ご名答。

 詳しい事はあたしも知らないけど、内部の手引きがあったのはたしかだよ。

 本来のあたしたちの仕事はエルフ狩りじゃない。

 商品の護送さ」


 予想通りの答えではあるが、あまりの胸糞が悪さに俺は自分の胸に爪をたてそうになる。

 クズだ。

 本当にクズみたいな話だよ、クソが。


「集落のお偉いさんにによって売られたエルフは、あんたがかくまった家族のほかにもうひとりいたんだよ。

 こっちのエルフは孤立無援だったせいか、簡単につかまってくれてね。

 あの家族を追う前に六人の部下をつけて隣国に輸送したあとだったのさ」


 よくわかったよ。

 先日彼女が口にしかけた本当のクズとは、おそらくエルフの村の長老たちのことだろう。


 そして彼女たちが奴隷狩りになったのは、あの家族が逃げ出した後のこと。

 その時までは、ただの商品輸送をする奴隷とその護衛だったのだ。


「しかし、なんでエルフたちは仲間を売るようなことをしたんだ?」


 思わず口にでた言葉だが、誰かの答えを期待したわけではない。

 だが、思わぬところから言葉が放たれた。


「それはねー、たぶんこの森に食料が全然ないからだよ」


 答えたのはアンバジャック。

 この村をつくった変わり者の妖魔である。

 どことなく熊を思い出す青年は、お気に入りの人形を壊されてしまったので、しかたなく本来の体で給仕をしてくれている。


 彼は俺の前に茶をおくと、そのまま正面の椅子に腰をおろした。


「だいたい二千年ほどまえかなぁ。

 この森のあるあたりが、火山の大規模な噴火で焼け野原になったんだよね。

 いやぁ、あれはひどかった」


 に、二千年って……口ぶりからするとその現場に居合わせていたみたいじゃないか。

 こいつ、どんだけ長生きなんだよ。


「広い範囲に高熱の火山灰が降ったせいで、森の木々もほとんどが消し炭になっゃってねぇ。

 僕もフローラもあの時ばかりは死ぬかと思ったよ。

 それで仕方なく休眠期に入ったんだけど、目を覚ました時にはこの森がほとんど杉林になっていたんだ。

 どうも、僕たちが寝ている間に人間が植えたものみたいだねぇ」


 そこで、俺の記憶にふと引っかかるものがあった。


「あぁ、聞いた事がある。

 もともと杉の林って、あまりよくないんだっけ?」


「そうそう。

 松の林ならよかったんだけど、何で杉だったのかねぇ」


 おそらく商業的価値というやつだろう。

 人間にとって有用な樹木である事はまちがいないのだ。


「ちょっと、あたしにもわかるように説明しておくれよ」


 俺とアンバジャックが納得していると、隊長が口をとがらせた。

 別に説明してやる義理はないんだが、まぁいいだろう。


「杉林って言うのは、土によくないんだ。

 杉が地中に撒き散らす薬物のせいで、杉以外の植物が生えにくくなる」


 もっともこのあたりは松なども同じであり、広葉樹でも同じようにほかの植物の生育を阻害するものはある。

 だが、問題となるのは……。


「もともと杉は森の動物の食べ物としてあまり適していないんだ。

 とくにこの森に生える杉は丈夫に育つ代わりに樹液に弱い毒のある種類でねぇ。

 その皮や葉を食べつづけると野生の鹿でも体調を崩すよ」


「じゃあ、さっさと切り倒してほかの木を植えなおせばいいじゃないか!」


「それができたらいいんだけどねぇ。

 杉も生き物だし。

 好きでこんなふうにしているわけでもないのに、それはあんまりだよ」


 隊長の素直な感想に、アンバジャックはそう答えてため息をついた。

 そのまま黙りこくっってしまった彼のかわりに、仕方なく俺が話を引き継ぐ。


「あのなぁ、森を崇拝するエルフにそんなことができるわけないだろ。

 大方、飢えに耐えながら自然とほかの植生に変わってゆくのを今も待っているんだろうな。

 人間にはまねできないが、馬鹿みたいな寿命をもつエルフなら無理ではないんだろうよ」


 だが、エルフの数が増えるとそうもいられなくなってくる。

 いくら彼らが長寿でも、食事を取る必要のない仙人とは違うのだ。


 結果、エルフが安定してこの森で暮らすには、増えすぎた同胞を売り飛ばして人間から食料を買うのがもっとも効率的だ……という考えにいたったのだろう。

 もっとも、これらの話は全ては推測に過ぎないが。


「いずれにせよ、部外者の俺にどうこうできる話じゃないさ」


 俺には、ただそうつぶやくことしかできなかった。

 いや、本当に何もできないのだろうか?

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